サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

2018-01-01から1年間の記事一覧

「明晰」の極限的形態 三島由紀夫「天人五衰」 3

三島由紀夫の『天人五衰』(新潮文庫)を読了したので、改めて感想の断片を認めておきたいと思う。 この「天人五衰」を以て掉尾を飾ることとなる厖大な「豊饒の海」の全篇は悉く、三島由紀夫という一人の異才の文豪が長年に亘って真摯な追究を重ねてきた、或…

「明晰」の極限的形態 三島由紀夫「天人五衰」 2

引き続き、三島由紀夫の『天人五衰』(新潮文庫)に就いて書く。 三島由紀夫にとって「美しさ」という或る感性的な基準は、個人の実存の総体を統括する重要な規矩であり、至高の基準である。「美しさ」は、その他のあらゆる社会的な価値を超越する重要性を認…

「明晰」の極限的形態 三島由紀夫「天人五衰」 1

目下、三島由紀夫の『天人五衰』(新潮文庫)を繙読中である。 「春の雪」及び「奔馬」においては、情熱と行為との密接に絡み合った実存の形態に主要な焦点が宛がわれていた「豊饒の海」であるが、第三巻の「暁の寺」以降は徐々に主題が「認識=理智」の領域…

美と芸術の蠱毒 三島由紀夫「暁の寺」 8

三島由紀夫の『暁の寺』(新潮文庫)を読了したので、余り整理の行き届いた内容にならない自信があるものの、一応は節目として総括的な感想を綴っておきたいと思う。 「暁の寺」に限らず、この長大な「豊饒の海」という物語の中心には二条の対蹠的な光芒が底…

美と芸術の蠱毒 三島由紀夫「暁の寺」 7

引き続き、三島由紀夫の『暁の寺』(新潮文庫)に就いて書く。 隣室の妻が寝静まってから、かなりの時が経った。本多は書斎の灯火を消し、ゲスト・ルームの壁ぞいの書棚へ歩み寄った。何冊かの洋書をそっと抜き出し、床に重ねた。彼が自ら客観性の病気と名付…

美と芸術の蠱毒 三島由紀夫「暁の寺」 6

引き続き、三島由紀夫の『暁の寺』(新潮文庫)に就いて書く。 芸術作品とは、時間の或る断面図である。滔々と流れ続ける無限に等しい時間性の或る特定の瞬間を切り取り、凍結させ、その細緻な構造を余すところなく明瞭に抽出し晶化させること、それが芸術と…

美と芸術の蠱毒 三島由紀夫「暁の寺」 5

引き続き、三島由紀夫の『暁の寺』(新潮文庫)に就いて書く。 これは漠然たる感想に過ぎないのだが、三島の「理想」を象徴するのが「春の雪」における松枝清顕や「奔馬」における飯沼勲であるとしたら、三島の「現実」を象徴するのは「暁の寺」において一挙…

美と芸術の蠱毒 三島由紀夫「暁の寺」 4

引き続き、三島由紀夫の『暁の寺』(新潮文庫)に就いて書く。 長大な「豊饒の海」の物語の劈頭から登場する本多繁邦は、第一巻「春の雪」及び第二巻「奔馬」においては、飽く迄も脇役の位置を堅持して、主役に当たる松枝清顕と飯沼勲の苛烈で絢爛たる「夭折…

美と芸術の蠱毒 三島由紀夫「暁の寺」 3

引き続き、三島由紀夫の『暁の寺』(新潮文庫)に就いて書く。 作中に登場するドイツ文学者の今西という奇妙な男は、本多繁邦の別荘開きの祝宴に招かれ、客人たちの前で自身の抱懐する「性の千年王国ミレニアム」に就いて長広舌を揮う。「柘榴の国」と名付け…

Cahier(霜月・「豊饒の海」・老醜)

*2018年も足早に暮れていく。つい此間まで異常な猛暑に苦しめられていたと思ったら、あっという間に霜月の末である。十二月に入れば、小売業の現場は俄かに忙しくなる。此処から年明けの初売りまでは一瀉千里である。そういう忌まわしくも刺激的な季節…

美と芸術の蠱毒 三島由紀夫「暁の寺」 2

引き続き、三島由紀夫の『暁の寺』(新潮文庫)に就いて書く。 「豊饒の海」の第一巻から、常に物語の重要な証言者として登場し続けている本多繁邦は、戦時中の生活を「輪廻転生」の研究に充て、洋の東西を問わず、多種多様な文献を渉猟する。作中における「…

美と芸術の蠱毒 三島由紀夫「暁の寺」 1

目下、三島由紀夫の『暁の寺』(新潮文庫)の繙読に着手している。繰った頁数は未だ序盤であるが、断片的な感想を撒き散らしておきたい。 「美しさ」とは何か、という問題に就いて答えを返すことは決して容易な所業ではない。「美しい」という内在的な感覚が…

転生の思想 三島由紀夫「奔馬」 6

三島由紀夫の『奔馬』(新潮文庫)を読了したので、総括的な文章を書き留めておこうと思う。 退屈で凡庸だが、小さな発見や些細な僥倖に満ちた静謐な日常の暮らし、というものへの素朴な憧れや慈しみと、完璧なまでに対極的な地点に立脚しているのが、三島由…

転生の思想 三島由紀夫「奔馬」 5

引き続き、三島由紀夫の『奔馬』(新潮文庫)に就いて書く。 「純粋」であることへの透明に磨き上げられた欲望、それは猥雑な事物の複雑な混淆として織り成されている我々の日常的な生活を蒸留することへの欲望だと言い換えて差し支えない。だが何故、勲はそ…

転生の思想 三島由紀夫「奔馬」 4

引き続き、三島由紀夫の『奔馬』(新潮文庫)に就いて書く。 三島由紀夫という作家は、我々の存在を否が応でも取り囲み、腕尽くで捕縛して決して解放することのない「時間」という奇妙な形式、権力、原理の有する「腐蝕」の作用に就いて、根深い敵愾心を胸底…

転生の思想 三島由紀夫「奔馬」 3

引き続き、三島由紀夫の『奔馬』(新潮文庫)に就いて書く。 純粋とは、花のような観念、薄荷をよく利かした含嗽薬の味のような観念、やさしい母の胸にすがりつくような観念を、ただちに、血の観念、不正を薙ぎ倒す刀の観念、袈裟がけに斬り下げると同時に飛…

転生の思想 三島由紀夫「奔馬」 2

引き続き、三島由紀夫の『奔馬』(新潮文庫)に就いて書く。 「豊饒の海」の第一巻に当たる「春の雪」においては、主役である松枝清顕は未来を削除された情熱的な恋愛の裡に、無時間的な「永遠性」の観念を見出して計り知れない陶酔に溺れた。それは「結婚」…

「堕落」に関する対蹠的な見解 三島由紀夫と坂口安吾をめぐって

三島由紀夫という作家は、生きることを一種の「堕落」として捉えていた。彼にとって「若さ」は常に美徳であり、一方の「老い」は醜悪な悪徳に他ならない。実存的な時間の流れに導かれて、生から死へと躙るように進んでいく我々の生物学的な宿命は、或る純粋…

詩作 「BUENA VISTA」

その馬は 私の息子と同じ年の 同じ日に生まれた 中山競馬場に足を運ぶ習慣が途絶えてから ずいぶん経って初めて知った 性別は違うけれど そもそも生き物の種類が違うけれど 私の息子は 北海道生まれの彼女のように 美しいフォームで 黒鹿毛のたてがみを風に…

詩作 「PASSIVE VOICE」

愛されることよりも 強く深い比重で 私のこころに迫るもの 静かな黄昏に あなたのこころを過るもの 手を伸ばして 指を開いて いつだってひたすらに求めていた 愛されることよりも 強く深い比重で 私を満たす 愛しさのスープ 階段をのぼるように 確実に私たち…

詩作 「そうやって少しずつ忘れていく」

そうやって 昨日が見えない場所へにじみながら消えていく たとえばフロントグラスを覆う夕立 たとえば明け方のベランダから見える朝霧の市街地 たとえばタバコの煙の向こうの君の微笑 たとえば削除したアドレスの複雑なアルファベット 初めて口づけたときの…

詩作 「着替えましょう」

着替えた 新しい服に 君に逢わなくなったから 今まで着ていた服を着る気がしない どの服にも想い出があり どの服にも 君の指紋がきっと残っているだろう 鑑識にしか分からない痕跡が 見え隠れする気がするから 古い服はクローゼットに封じこめて もう逢えな…

詩作 「MELANCHOLY」

要するに冷めた訳だ どんな秩序も エントロピーの法則に従って やがて崩壊に導かれていくものだから 別に不審には思わないよ 哀しくなんかないよ 涙は一つの生理現象であって 人格や内面とは関係がない だから電話が切れないのも俺のせいじゃない 騒めく胸が…

詩作 「砂漠」

砂嵐の吹く夜に 私は孤独の意味を知った 切り離されて在ることの冷たさを知った 月が明るく輝いている 私たちは生きることの 砂粒のような脆さに怯えている たとえば手を伸ばして掴もうとしたとき 残酷に振り払われたときの傷口が 今も紅葉のように鮮やかに…

詩作 「想い重ねて」

隔てられた距離が こんなにも果てしないせいで 僕たちはうまく 呼吸することさえ難しい いろいろなことが 障碍になって いつまでも繋がれずにいる 結び目が手荒くほどかれて 息がかかるほど傍にいた君が 無限に遠退きはじめる 一度は重ねられた掌 重ねられた…

転生の思想 三島由紀夫「奔馬」 1

三島由紀夫の畢生の大作「豊饒の海」の第二巻に当たる『奔馬』(新潮文庫)の繙読に着手したので、感想の断片を書き散らしておきたいと思う。 三島由紀夫という作家の精神に内在する特異な価値観の形式を、仮に一言で要約するならば「生きることは堕落するこ…

夭折の幻想 三島由紀夫「春の雪」 8

三島由紀夫の『春の雪』(新潮文庫)に就いて、総括的な文章を纏めておきたいと思う。これで「春の雪」に関する考察は一区切りとなる予定である。 三島由紀夫の文学には幾つかの典型的な特徴が存在して、それが個々の作品の垣根を越えて一つの長大な系譜のよ…

夭折の幻想 三島由紀夫「春の雪」 7

引き続き、三島由紀夫の『春の雪』(新潮文庫)に就いて書く。 聡子の納采の日取りが十二月に定まり、愈々禁じられた関係の破局が間近に迫って感じられるようになると、曖昧で抽象的な「罪悪」の幻想に溺れて情熱的な逢瀬を繰り返してきた清顕の心にも、微妙…

夭折の幻想 三島由紀夫「春の雪」 6

引き続き、三島由紀夫の『春の雪』(新潮文庫)に就いて書く。 美しく充実した人生の絶巓に自ら君臨して輝きながら、その稀少な瞬間を「永遠」の墓標の下に閉じ込めてしまいたいと願う心理の様態は、誰の心にも宿り得る普遍的な感慨であると言えるだろう。だ…

夭折の幻想 三島由紀夫「春の雪」 5

引き続き、三島由紀夫の『春の雪』(新潮文庫)に就いて書く。 「そうね。そんなことを言ってはいけないのね。私が自分のことを少しもふしだらだと思えないのに。 どうしてでしょう。清様と私は怖ろしい罪を犯しておりますのに、罪のけがれが少しも感じられ…