サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

日常の「彼岸」に憧れて 三島由紀夫「離宮の松」

 三島由紀夫の短篇小説「離宮の松」(『真夏の死』新潮文庫)に就いて書く。

 退屈な日常への嫌悪、恐るべき倦怠への絶望的恐懼、これらの心理的現象は、如何にも三島由紀夫に相応しい主題である。延々と繰り返される単調な生活には、絢爛たる栄誉も残酷な悲劇も共に欠けている。言い換えれば、胸騒ぎのする「物語」が欠けている。日々の細々とした瑣末な雑役、歓びも哀しみも伴わない機械的日課の反復、代り映えのしない光陰の迅速、これらの果てしない無味乾燥な継起は、三島が最も呪詛した実存の形態である。「夭折」の華々しい栄光に憧れ続けた三島は、劇的な「宿命」を常に待望し、安閑たる平俗な日常の連鎖を心から侮蔑していた。

 その一方で、彼は自身の内なるロマンティシズムを扼殺することにも多くの労力を支払っていた。彼の人生は、華麗なるロマンティシズムと辛抱強いリアリズムとの目紛しい相剋によって構成されている。それは所謂「社会的成熟」への憧れであろうが、生半可な努力で抑え込めるほど、彼の精神の基底に浸潤したロマンティシズムの濃度は薄くなかった。退屈な日常を絶えず超越しようと試みる悪戦苦闘が、彼の生涯の主要な旋律であったのだ。

 非の打ち所のない完璧な「幸福」は、演劇の主題としては平板である。何故なら「幸福」は、眼前の現実に対して如何なる不足も感じないという静謐な精神的形態であり、そこから何らかの目映い「物語」を引き出すことは著しく困難であるからだ。「幸福」は劇しい渇仰や抗い難い衝動と根本的に無縁である。「幸福」は、それ自体が一つの堅固な帰結であり、最終的な到達地点であり、あらゆる欲望の死滅した閑寂な墓地なのである。言い換えれば「幸福」は、総ての「物語」が終幕した後に訪れる「溶暗」の沈黙に覆われた境地なのだ。

 従って必然的に、劇的な「物語」への欲望は、如何なる過不足とも無縁の「幸福」の裡に留まることを拒絶する。純然たる「幸福」、完成された「幸福」は、新たな物語の起動を促進しないからである。持ち前の「幸福」の裡に留まる以外の選択肢を得る為には、我々は「幸福」を上回る何らかの価値を信じなければならないし、求めなければならない。

 「幸福」が現状への全面的な肯定であり、如何なる不足も欠乏も感じない境涯に授けられた名称であるならば、一般に「幸福」を希求する総ての人々は「不幸」であるということになる。「幸福」への憧憬や渇仰は何よりも明瞭に、当人の「不幸」を立証している。退屈な日常の反復を肯定しない限り、人間が安定的な「幸福」を享受することは原理的に不可能であるが、不幸な人間は往々にして「幸福」を手の届かない「彼岸」の領域に探し求める。厳密に言えば、そのとき人が求めて得られずに苦しんでいるものは「幸福」以外の何かなのだろう。

 「離宮の松」において、子守の少女が願っているのは恐らく素朴な「恋愛」であり「家族の幸福」である。しかし、彼女の日々の生活は他人の子供を預かって世話を焼くことで埋め尽くされ、自分自身の子供を養育する歓びは夢想の裡にしか存在しない。

 どの女たちもその背中に、赤ん坊を背負っていないのを美代は見た。別段ふしぎなことではない。銀座通りを歩いても、ねんねこおんぶには滅多に会えるものではない。それだけに美代には、自分の風体が何だか恥かしくてならないのである。そればかりではない。こんな重荷を公然と背負っていては、人並の仕合せに到底めぐりあえないような気がした。(「離宮の松」『真夏の死』新潮文庫 p.124)

 事実がどうであれ、少なくとも彼女の心理的な現実においては、預かっている他人の子供は、彼女の欲する「人並の仕合せ」の到来を妨げる障碍として存在している。そして彼女は、名前も知らない一組の男女の手に子供を委ねて、そのまま行方を晦ませる。彼女は自身の生活を呪縛する退屈な規律に背いて、公序良俗埒外へ向かって駆け出し、俄かに失踪したのである。

 だが、それによって彼女が長らく待ち望んできた「幸福」が手に入ったかどうかは不明のままである。この短篇において描かれるのは「脱獄」の決断の局面だけで、檻を逃れた囚人の末期は省かれている。だが、出発の刻限に人が感じる、恐怖と綯い交ぜになった「希望」は、それ自体が既に美しいものなのだ。たとえ刹那的な鼓動の高鳴りに過ぎないとしても、人は常にそこから出発するより他ないのである。

真夏の死―自選短編集 (新潮文庫)

真夏の死―自選短編集 (新潮文庫)

 

Cahier(創造と管理)

*働きながら、日々考える。それが人間の普通の暮らしである。仕事というものは、殆ど総ての人間が関わりを持つ普遍的な営為で、その形態は歴史的状況や環境の強いる条件に応じて数多の変遷を重ねてきたけれども、それが人間の生存の中核を占めるものであることに変わりはない。「ワーク・ライフ・バランス」という言葉が近年頻々と我々の鼓膜に触れる機会が増大しているが、それは過重な労働によって病気や自死に至るような本末転倒の悲劇を予防する為の考想であり、浮薄な連中が誤解するように「仕事の分量は最低限に抑えるべき」「仕事よりも私生活を重んじるべき」といった怠惰な信念を補強する為のものではない。

 人間は太古の昔から労働を重ねてきた。狩猟や採集に出掛けたり、田畑を耕して穀物や青果を収穫したり、そのような食糧の確保や、寒暖を凌ぐ為の住居の建設や被服の製造が、つまり「衣食住」の安定的な確保が、原始的労働においては直接的な目標であっただろうと考えられる。その目的は今も変わらないが、分業社会が発達し、高度で大規模な集住が世界的に展開されている現代においては、総ての労働者が直截に食糧の調達や住居の建設に携わる訳ではない。農家は農業に、大工は建築に邁進し、それぞれの職分において全力を尽くす。そして作り上げられた成果を相互に融通し合う為に「貨幣」という便利な媒体が考案された。作物を売って手に入れた金で農家は住居を買い、被服を買う。同様に大工は家を建てた報酬で日々の食糧を購入する。そうやって互いに分業し、労働の成果を分有しながら総体としての社会を成立させ、運営している。

 その意味では、労働の構造は大幅に変貌したけれども、その最終的な目的が「生き延びること」に存する事実は聊かも動かない。従って労働とは、自己実現や快楽以前に先ず「生き延びること」に寄与するものでなければならない。

 どんな会社でも組織でも、規模が大きくなれば「管理部門」が肥大するのは世の習いである。それは個々の労働を通じて創造された「成果物」を管理し、計量し、分配し、保存する機能である。従ってそこには権力が集中し易い。けれども、管理は既に存在するものを支配する技術であって、創造ではない。それは新たな価値を生み出すものではなく、既成の事物を管轄する「交通整理」の役回りなのだ。

 要するに私が言いたいことは、どんな労働においても、最終的に重要なのは「管理」よりも「創造」であるということだ。「創造」は未だ存在しないものを新たに作り出す営為である。無論、あらゆる労働は「管理」と「創造」の複雑なグラデーションでありアマルガムであるから、両者を部門として明瞭に切り分けることは出来ない。問題は、その優先順位である。「創造」の存在しない場所で「管理」だけに明け暮れても、それは新たな未来を開拓する見込みを持たない。「管理」の精度を高める為に「創造」に附随する不確定性を抑圧したり減殺したりするような本末転倒の判断は差し控えられるべきである。

 この「創造」という概念を、殊更に芸術家の専売であると看做してはならない。或いは一般企業においても「企画」や「開発」と称される職能だけが特権的な創造性を享受する部門であると思い込みがちであるが、無論これは浅薄な誤解である。創造性は、特定の職能と無条件に紐付けられた能力ではない。管理部門に所属していても、それが創造性の発揮を妨げることはない。管理の方法において創造性を発揮する余地は充分にある。

 そもそも「創造」とは何か。その定義に関しては様々な議論が活発に行われている。大体の場合、それは「無から有を生み出すこと」ではなく「異質なものを交配すること」であると結論している。それによって新しい現象や成果を作り出すことが「創造」の本義である。古色蒼然たる既定の設計図に則り、いわば雛型を幾度も模写するようにして何かを製造することは必ずしも「創造」であるとは看做されない。重要なのは、それが不透明な見通しの下に行われる一つの挑戦であり博打であるということだ。既存の事物を複製することは創造とは呼ばれない。そこに僅かであっても構わないから、何かしら異質な要素を混入する必要がある。例えばそれは遺伝子における「突然変異」(mutation)に譬えられるべきであろう。繰り返される複製の最中に突発的且つ偶発的に生じる微細な変異が、新たな事物の創造を作り出す。ここから、古代ギリシアの哲学者エピクロスが提唱し、ルクレーティウスが継承した「クリナメン」(clinamen)という概念を想起するのは自然な帰結である。

 恐らく「創造」の本質とは「変異」或いは「偏差」を惹起することに存する。従って、それは組織における職能の内容とは原則的に無関係な問題である。ただ、創造と管理という一対の二元論的構図において、創造が変異を愛好し、管理が変異を忌避するという一般的図式を素描してみることは可能であろう。私も含めて、社会人として何処かの組織に十年以上も勤めれば、否が応でも何かしらの対象を管理する業務を宛がわれるものである。いや、労働者でなくとも、例えば学生であっても、時間を管理したり学業の課程を管理したりすることは家常茶飯の事柄であろう。そういう管理の場面において、管理者が忌み嫌うのが「変則」や「例外」であることは明白である。総ての事象が規則に基づいて整然たる行進を持続してくれれば、管理者の業務的負担は大幅に減殺される。「変則」や「例外」の逓減は、管理者にとっては業務上の成果に他ならないのである。

 だが、創造することは、そのような「変則」や「例外」にこそ「勝機」や「希望」を見出す作業である。如何なる逸脱も偏差も存在しない場所では、厳然たる必然性の規律だけが無限の進行を続ける。優れた技術を有する画家であっても、彼の作品が千篇一律の規則に忠実であるならば、彼は有能なクリエイターであるとは認められないだろう。彼は定められた製品を大量生産する有能で精密なプロデューサーとして評価されるが、その製品は画期的な創造性、斬新な価値とは無縁である。何故なら彼は、只管に既成の雛型から無限の複製を積み重ねることに専心しているからである。

 「創造」とは、無から有を取り出す超越的な奇術の名前ではない。それは事物の裡に変異を持ち込むことであり、その変異が微細なものであっても、累積すれば出力における変化の総量は莫大なものとなる。現状の変革、それが「創造」の根源的本義であり、芸術家のように作品を生み出すこと自体が「創造」の名に値する訳ではないのだ。そうした謬見は、事物の表層だけを見て「創造」という概念を漠然と定義することから生じる軽率な断定に過ぎない。「変異」だけが「創造」を可能にする。そもそも何かを作り出すという作業自体が、既存の事物を「変異させる」作業に他ならないではないか。野菜や肉を一皿の料理に変化させることも「創造」であり、油脂の汚れに塗れたガスコンロを艶やかに磨き上げることも一つの「創造」である。何も手を加えず、何も変化させようとしない頑迷な保守性が「創造」にとっては不倶戴天の宿敵なのである。こうして自分の頭の中身を日本語の文章に置き換えることも間違いなく「創造」の一環だ。そういう「創造的作業」を生活の内部に根付かせること、それがより善い生を営む為の基礎的な心得であると私は思う。

「生成」と「実在」の協奏曲 三島由紀夫「金閣寺」

 古代ギリシアの哲学者プラトンの書き遺した夥しい対話篇の数々を読んでから、改めて三島由紀夫の小説を断片的に読み返すと、様々な箇所に、プラトニズム的な認識の形態が挿入され、象嵌されていることに気付く。例えば「美しい星」に登場する円盤は、対話篇「国家」において「太陽の比喩」を通じて語られる「善のイデア」のことではないか、或いは「金閣寺」における次のような記述は、プラトンの論じる「生成」と「実在」との二元論的区別に照応しているのではないか、といった考想が徒然に脳裡を掠めるのである。

 おしなべてしょうあるものは、金閣のように厳密な一回性を持っていなかった。人間は自然のもろもろの属性の一部を受けもち、かけがえのきく方法でそれを伝播し、繁殖するにすぎなかった。殺人が対象の一回性を滅ぼすためならば、殺人とは永遠の誤算である。私はそう考えた。そのようにして金閣と人間存在とはますます明確な対比を示し、一方では人間の滅びやすい姿から、却って永生の幻がうかび、金閣の不壊の美しさから、却って滅びの可能性が漂ってきた。人間のようにモータルなものは根絶することができないのだ。そして金閣のように不滅なものは消滅させることができるのだ。どうして人はそこに気がつかぬのだろう。私の独創性は疑うべくもなかった。明治三十年代に国宝に指定された金閣を私が焼けば、それは純粋な破壊、とりかえしのつかない破滅であり、人間の作った美の総量の目方を確実に減らすことになるのである。(三島由紀夫金閣寺新潮文庫 p.246)

 この記述において、三島はプラトン的な「生成」と「実在」との区別の構造を反転させているように思われる。「金閣」が「実在界」に属し、「人間」が「生成界」に属するものであることは明らかである。プラトンにおける「実在」とは、時間的な枠組みを超越した永久的な普遍性を備えた事物のことであり、他方「生成」とは絶えず不安定な流動と変異を重ねる有限性の裡に内属する事物のことを指す。言い換えれば、プラトンにとって「実在」とは「不壊」の同義語であり、「生成」とは「滅亡」の同義語なのである。

 けれども「金閣寺」における三島の精密で煩瑣な議論は、そのような等式の性質を書き換えている。「実在」は、その本性において「厳密な一回性」を有している。何故なら、それは如何なる代用品とも無縁であるからだ。しかし「生成」は当初から恒久的な性質を奪われており、何度も生み出される代わりに何度も滅亡する。「生成」における離散的な一回性は、「実在」における厳密な一回性とは根本的に異質である。

 或いは、このように考えるべきだろうか。「人間」という類的な名辞は、夥しい個体的存在(無論、それは「生成界」に属する)の集合的な同一性であり、従って「人間」という理念的実在そのものは、極めて長大な時間を通じて持続する。しかし「金閣」という名辞は、そもそも特定の個体的な存在に授けられた限定的な名辞なのであり、それに属する複数の個体を抱えている訳ではない。それは理念的実在でありながら、同時に生成的個物としての一回性を両義的な仕方で孕んでいるのである。

 このように考えを進めていくと、三島が考えていた問題は、プラトン的な「実在/生成」の二元論的構図とは必ずしも重なり合わないことが看取出来る。言い換えれば、彼は「一回的な生成/集合的な生成」との対比において世界を眺めながら思索を重ねていたのではないか。夥しい個物を包摂する生成的存在と、厳密な一回性によって覆われた生成的存在との区別が、彼にとっては重要な指標となる。換言すれば、彼にとって最も強烈な魅惑を放つ主題とは「厳密な一回性」における特権的な栄光ではないだろうか。

 彼は要するに特権的な存在に憧れたのだろうか? いや、話はそれほど単純ではないだろう。何故なら、彼はその特権的な存在を滅ぼす為の手段を「金閣寺」に登場する若い僧侶に語らせ、思案させているのだから。こういう問題を考えるに当たっては、三島にとって「滅亡」という主題が備えていた特別な就いて事前の省察を深めておく必要がある。三島にとって「滅亡」は時間の超越を意味する。それは単に地上から永遠に消え去ることを意味するのではない。最も美しい状態で死ぬこと、生の特権的な絶頂において、そのまま壮麗な剝製の鳳凰のように、時間の洗礼を享けぬ特別な次元へ移行すること、つまり「夭折」の審美的価値が、三島の年来の宿願であり、切なる希求と憧憬の対象であった。

 それは「生成」を「実在」に作り変えようとするプラトニックな野心に似ていると言えないだろうか。「金閣寺」の前半においては、語り手である若い僧侶が金閣に対して懐く異様な執着と、両者の合一の不可能性が綿々と綴られる。そして一時的に両者の紐帯が認められたのは、戦時下の京都で「空襲」の懸念が「私」の意識に前景化した時期に限定されている。

 晩夏のしんとした日光が、究竟頂くきょうちょうの屋根に金箔を貼り、直下にふりそそぐ光りは、金閣の内部を夜のような闇で充たした。今まではこの建築の、不朽の時間が私を圧し、私を隔てていたのに、やがて焼夷弾の火に焼かれるその運命は、私たちの運命にすり寄って来た。金閣はあるいは私たちより先に滅びるかもしれないのだ。すると金閣は私たちと同じ生を生きているように思われた。(『金閣寺新潮文庫 pp.57-58)

 「現実の金閣」よりも「心象の金閣」を美しく感じる「私」の屈折した感性、つまり「現実の金閣」を「心象の金閣」の不完全な模造品のように囚える思考の倒錯は、超越的実在としての金閣が、空襲によって焼け落ちるかも知れないという認識に包まれた途端に「現実の金閣」の「悲劇的な美しさ」に開眼する。それは「実在」を「生成」の領域へ下向させることに等しい。「私」と「金閣」との恒常的疎隔及び束の間の幻想的な親密は、言い換えれば「生成」と「実在」との関係性の文学的転写なのである。

 けれども、本質的な意味において、この「金閣寺」という作品は決して超越的「実在」に対する憧憬に貫かれたものではないと私は考える。寺僧が金閣寺に放火したのは、三島が「夭折」に憧れるような意味で、特権的な美しさを「剝製」にしようと思い詰めたからではない。明らかに寺僧は「金閣」に対する憎悪に駆られて、己の実存を防衛する為の方途として、許されざる大罪に踏み込んだのである。それは「実在」という理念が孕んでいる侮蔑的な害毒の介入に苛まれた日々の帰結である。言い換えれば、この「金閣寺」という作品は「プラトニズムとの対決」という構図を密かに隠し持っているように見えるのである。

 私に或る種の眩暈がなかったと云っては嘘になろう。私は見ていた。詳さに見た。しかし私は証人となるに止まった。あの山門の楼上から、遠い神秘な白い一点に見えたものは、このような一定の質量を持った肉ではなかった。あの印象があまりに永く醗酵したために、目前の乳房は、肉そのものであり、一個の物質にしかすぎなくなった。しかもそれは何事かを愬えかけ、誘いかける肉ではなかった。存在の味気ない証拠であり、生の全体から切り離されて、ただそこに露呈されてあるものであった。

 まだ私は嘘をつこうとしている。そうだ。眩暈に見舞われたことはたしかだった。だが私の目はあまりにも詳さに見、乳房が女の乳房であることを通りすぎて、次第に無意味な断片に変貌するまでの、逐一を見てしまった。

 ……ふしぎはそれからである。何故ならこうしたいたましい経過の果てに、ようやくそれが私の目に美しく見えだしたのである。美の不毛の不感の性質がそれに賦与されて、乳房は私の目の前にありながら、徐々にそれ自体の原理の裡にとじこもった。薔薇が薔薇の原理にとじこもるように。

 私には美は遅く来る。人よりも遅く、人が美と官能とを同時に見出すところよりも、はるかに後から来る。みるみる乳房は全体との聯関を取戻し、……肉を乗り超え、……不感のしかし不朽の物質になり、永遠につながるものになった。

 私の言おうとしていることを察してもらいたい。又そこに金閣が出現した。というよりは、乳房が金閣に変貌したのである。(『金閣寺新潮文庫 pp.192-193)

 若しもプラトンの論じる「理性的認識」を完全に備えた人の感受性というものを想像するならば、正にこの「性的不能」に関する記述が相応しいのではないだろうか。事物の生成的な側面ではなく、飽く迄もその本質的な「実在」の部分だけを捉えようとする精神においては、欲望の官能的な興奮など有り得ない。周知の通り、プラトンは肉体的な感覚の齎す快楽を徹底的に侮蔑している。対話篇「パイドン」において、プラトンは「実在」に関する理性的認識の完全な実現は、肉体の棄却、つまり「死」を経由しない限りは達成されないとソクラテスの口に語らせている。これほどの極端な合理論、カント風に言えば「純粋理性」の働きの裡に逼塞した超越的賢者の生活は、生成するものを常時把握する感性的認識の徹底的な弾圧の上に立脚しているのである。「乳房は私の目の前にありながら、徐々にそれ自体の原理の裡にとじこもった。薔薇が薔薇の原理にとじこもるように」という文章などは、プラトンにおける「真実在」の定義に見事に適合しているように読める。

 他方、こうした純然たる理性的態度と対蹠的な認識の形態とは、例えば次のようなものである。

 私は蜂の目になって見ようとした。菊は一点の瑕瑾もない黄いろい端正な花弁をひろげていた。それは正に小さな金閣のように美しく、金閣のように完全だったが、決して金閣に変貌することはなく、夏菊の花の一輪にとどまっていた。そうだ、それは確乎たる菊、一個の花、何ら形而上的なものの暗示を含まぬ一つの形態にとどまっていた。それはこのように存在の節度を保つことにより、溢れるばかりの魅惑を放ち、蜜蜂の欲望にふさわしいものになっていた。形のない、飛翔し、流れ、力動する欲望の前に、こうして対象としての形態に身をひそめて息づいていることは、何という神秘だろう! 形態は徐々に稀薄になり、破られそうになり、おののき顫えている。それもその筈、菊の端正な形態は、蜜蜂の欲望をなぞって作られたものであり、その美しさ自体が、予感に向って花ひらいたものなのだから、今こそは、生の中で形態の意味がかがやく瞬間なのだ。形こそは、形のない流動する生の鋳型であり、同時に、形のない生の飛翔は、この世のあらゆる形態の鋳型なのだ。……蜜蜂はかくて花の奥深く突き進み、花粉にまみれ、酩酊に身を沈めた。蜜蜂を迎え入れた夏菊の花が、それ自身、黄いろい豪奢な鎧を着けた蜂のようになって、今にも茎を離れて飛び翔とうとするかのように、はげしく身をゆすぶるのを私は見た。(『金閣寺新潮文庫 pp.200-201)

 蜜蜂と夏菊の描写が、官能的欲望の暗喩であることは論を俟たない。こうした性的享楽の現場においては、具体的な個物は「形而上的なものの暗示」から切り離されて、純然たる感性的な対象に、即ち「形態」に還元されている。しかし、超越的で理念的な「実在」の来臨は、こうした純然たる官能的享楽の実現を根底から阻害する。それは総ての事物を「永遠の相の下に」眺めさせる。そのとき、個別的で具体的な「生成するもの」の価値は極限まで切り下げられてしまうのである。

 生きることが「生成」の裡に存することだとすれば、思惟することは「実在」の裡に住まうことであると言える。物語の前半においては、若い寺僧は「実在」の魅惑に支配されていた。しかし敗戦及び柏木との邂逅を分水嶺として、寺僧の実存的な方針は急激な「転回」を示す。彼は「実在」の介入に伴う「生成」の不能という厄介な病理に苦しみ始めるのである。

 誇張なしに言うが、見ている私の足は慄え、額には冷汗が伝わった。いつぞや、金閣を見て田舎へかえってから、その細部と全体とが、音楽のような照応を以てひびきだしたのに比べると、今、私の聴いているのは、完全な静止、完全な無音であった。そこには流れるもの、うつろうものが何もなかった。金閣は、音楽の怖ろしい休止のように、鳴りひびく沈黙のように、そこに存在し、屹立していたのである。(『金閣寺新潮文庫 p.81)

 「実在」は感覚的な認識の対象ではなく、ただ純然たる思惟を通じて抽出され、構成される透明な理念である。「実在」に魅惑され、その虜囚と化すことは、感覚的な世界、肉体的な領域への参与を禁圧する。そうした禁圧を撥ね返す為に「私」が選んだ最終的な手段は「放火」であった。無論、それは「金閣」という理念的実在そのものを完全に抹消する営為ではない。焼け落ちた金閣は、その歴史的価値ゆえに国策として再建される。そして再建という現実は「金閣」という理念的実在の不滅を傍証するだろう。だが、固より金閣寺への放火が或る象徴的な営為であることは言うまでもない。物語の結末において、不穏な「仕事」を済ませた「私」が「生きよう」と思うのは当然の帰結である。そもそも彼は「人生」に参与する為の止むを得ない手段として「放火」に及んだのだから。

金閣寺 (新潮文庫)

金閣寺 (新潮文庫)

 
パイドン―魂の不死について (岩波文庫)

パイドン―魂の不死について (岩波文庫)

 

プラトン「国家」に関する覚書 9

 プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。

 プラトンの強力な二元論的思考において、最も基礎的且つ重要な区分は「生成するもの」と「実在するもの」との峻別である。「生成するもの」は、我々の肉体的感覚を通じて把握される現象としての事物であり、一方の「実在するもの」は、感覚によっては決して把握されることのない、純然たる思惟の対象としての理念的な事物である。プラトンは、この弁別に関して異様なほど厳格である。彼にとって「教育」とは単なる知識の授与を意味するものではない。各自の知性が差し向けられる対象を「生成」から「実在」へ移行させることが、プラトンにおける「教育」の本質的な企図なのである。

 プラトンにおける「思惟」は、認識に関して「厳密さ」の極北を執拗に追求する。そうでなければ、思惟することは、茫漠たる感性的認識と何も隔たるところのない営為であるということになってしまうからだ。言い換えれば、彼が企てたのは感性的認識の厳密な明晰化である。不完全で流動的な知識は本来、知識の名に値しない。それは単なる受動的な認識であり、理性による厳格で行き届いた検討を経ていない。

 プラトンの理路に反発する者は、例えば我々が認識し得るものは感性を通じて把握される「生成界」の事柄に限られており、思惟を通じて把握される「実在界」の事物は総て人間の理性的機能が生み出した「仮象」に過ぎないと断じるかも知れない。だが、厳密に考察を進めるならば、こうした批判は致命的な威力を欠いているように思われる。若しも「実在界」に属すると目される事物が悉く理性的仮象に過ぎないならば、肉体的な知覚を通じて我々の意識に映し出される諸々の感性的情報もまた、一つの人為的な(或いは「生物学的」)仮象に他ならないと考えるべきだろう。視覚という一連の肉体的な機能は、光を媒介として外界の事物を感性的な情報に置換する。この置換によって得られた認識が、肉体の力によって形成された「仮象」であることは明白である。煎じ詰めれば、感性から出発しようと理性に依拠しようと、何れにせよ一切の認識が人間的仮象であることに変わりはないのである。それならば、感性と理性とを比較して、何れか片方のみを「仮象」であると批難することの無益な滑稽は明瞭である。仮象であることが認識にとって罪であり不当な欺瞞であるならば、我々は一切の認識から手を退き、全面的な晦闇の裡に沈没せねばならない。

 認識が悉く仮象であるならば、仮象であることを認識の蹉跌として定義する総ての思考は棄却されねばならない。重要なのは、有益な仮象と無益な仮象とを弁別し、銘々の仮象の特質を理解し、目的に応じて様々な認識の手段を柔軟に組み替える「編輯」の技術に熟達することである。感覚的認識を絶対化する極端な経験論が斥けられるべきであるのと同様に、理性的認識だけに「真理」へ至る権利と能力を認める極端な合理論もまた排斥されるべきである。その意味では、プラトンの「生成界」と「実在界」に関する差別的な議論を鵜呑みにしないことは重要な心得であると言える。しかし、プラトンが次のように述べていることを、不当に看過してはならない。

 されば君たちは、各人が順番に下へ降りて来て、他の人たちといっしょに住まなければならぬ。そして暗闇のなかの事物を見ることに、慣れてもらわねばならぬ。けだし、慣れさえすれば君たちの目は、そこに居つづけの者たちよりも、何千倍もよく見えることだろう。君たちはそこにある模像のひとつひとつが何であり、何の模像であるかを、識別することができるだろう。なにしろ君たちは、美なるもの、正なるもの、善なるものについて、すでにその真実を見てとってしまっているのだから。(『国家』下巻 岩波文庫 p.121)

 この重要な訓誡は、仏教における「入鄽垂手にってんすいしゅ」の教義を想起させる。解脱して輪廻転生の境涯を離れた者が、衆生を救済する為に俗世に帰還するように、プラトンは「実在界」の叡智に目醒めた者が、そのまま超越的な境位の裡に留まることを批判する。彼は「実在界」に関する理性的知識を「生成界」における感覚的認識に断固として優越させるが、生身の人間が「生成界」の裡に生き死にする宿命に縛られているという現実から眼を背けようとは考えていない。「世俗の論理を超越した人間にこそ、世俗を支配する権利と資格は与えられるべきである」というのが、プラトンにおける政治学の要諦なのである。

 極めて粗雑で卑俗な言い方を用いれば、プラトンが幾度も注意を喚起しているのは、肉体的感覚に映じる生成的認識に振り回され、錯覚や謬見に欺かれないように努めなさいということである。事物の表層に囚われるのではなく、眼に見えるものだけを信じるのでもなく、理性的な思惟を通じて、事物と世界に関する不可視の構造を正しく適切に把握しなさいということが、プラトンの教義の枢要なのである。それは感覚的認識の限界を突破するということであり、感性によっては捉え難い世界の構造を、理智の力を駆使することで捉えようとする意志の敢然たる表明である。その為に、プラトンは理性的機能を操る技法に就いて精密な議論を展開し、蓄積した。理性の厳密な運用の確立、こうしたプラトンの問題意識が後世に及ぼした影響の大きさは計り知れない。

国家〈下〉 (岩波文庫 青 601-8)

国家〈下〉 (岩波文庫 青 601-8)

 

Cahier(「共感」の超越)

*「共感」によって基礎付けられた紐帯は、狭隘な範囲に限って成立する。言い換えれば、感覚や思想や信条や文化に就いて、一定の同質性が保持されている領域においてのみ、辛うじて成立する危うい均衡の所産である。

 この「共感」の最も典型的な実例は「家族」であると言えるだろう。同じ住居に暮らし、同じ地理的共同体の裡に集住して、同じ時間を過ごすことで形作られる同質的な感覚が「共感」に基づいた連携や意思疎通を可能にする。相互に同質的な文脈を共有することで形成される「共感」の共同体は、直截な意思疎通を齎すゆえに居心地が良い。少なくとも「共感」の原理が円滑に作動している間は、成員は快適な関係性に置かれるだろう。

 しかしながら「共感」の原理を、物理的な「近さ」によって成り立つものであると考えるならば、それは普遍的で汎用性に富んだ「共同体」の構築には相応しくないと結論することになるだろう。「共感」によって成立する共同体においては、言語よりも「無言の諒解」のようなものが重要な価値を担い、積極的に称揚される。言語を介さずとも「無言の諒解」によって意思の疎通が成り立つのは、表情や挙措といった非言語的振舞いの解読において、同質性が非言語的な「媒介」の役割を果たしてくれるからである。言い換えれば、非言語的な文脈の共有が十全に推し進められ、保持されている関係性においては、言語に課せられている役割は大幅に縮小され、言語そのものの指し示す「意味」の内容は、いわば文脈から遊離した断片的な性質を備えるようになるのである。

 認識の共有が進められ、言語によって厳密に明示せずとも、相互の意図が汲み取れる状況というのは、快適な関係性であると言える。けれども、そのような共同体が異質な他者に向かって閉鎖的な性質を発揮することもまた事実である。余所者に冷淡な閉鎖的共同体は、濃密な「文脈」の共有によって成り立ち、その「文脈」に依存することでコミュニケーションのコストを大幅に節約している。この「節倹」が異質な他者に対しても同様に適用されるとき、そこには「無言の諒解」の代わりに「無言の拒絶」が顕現することとなるだろう。

 「共感」は「阿吽の呼吸」を齎す。しかし、重要なのは既に成立している従来の「阿吽の呼吸」に依存することではない。一つの環境に長く留まる人間は、その環境の内部においては絶妙な「阿吽の呼吸」を発揮することで、他者との宥和的な関係を保持することが出来るだろう。けれども、それは人間に備わっている自動的な性能のようなもので、同質の環境に長く所属すれば、規範的に明示されない諸々の「不文律」に通暁することは当然である。問題は、そのような「文脈」の共有が成立しない環境に分け入り、適応を遂げる為の方法の把握と実践である。慣れ親しんだ共同体が永久に堅持される絶対的な保証は地上の何処にも存在しない。

 「阿吽の呼吸」は素晴らしい。それが成り立つほどに関係性を深め、文脈の共有を推進することが出来たならば、それは人間的な矜持に値する。けれども、事前に投げ与えられた「共感」の秩序の裡に留まり、絶えず「阿吽の呼吸」が成立する範囲の外部へ踏み出そうとしない保守的な退嬰は厳密に批判されるべきである。そういう人々は「無言の諒解」の素晴らしさを誇大に吹聴し、言葉を尽くさねば互いの意思を汲み取ることの出来ない関係性を「空疎なもの」として排撃したがる。だが、そんな不毛な怯懦と怠慢に埋もれて生きているようでは、新しい世界の扉を開くことなど出来ない。年がら年中、同じ景色を眺めていれば、その細部に至るまで審らかに通暁するのは当然の帰結であろう。それをただ誇示するだけでは単なる鼻持ちならない面倒な「先達」に過ぎない。

 端的に言えば、異質な文脈に属する他者と意思の疎通を図る為には、我々は非言語的な表象に頼り過ぎてはならない。自分の推察が高い頻度で相手の抱懐する心理的事実を射抜くということは、往々にして「文脈」の濃密な共有によって支えられた現象なのであり、異質な他者とのコミュニケーションにおいては、そのような「予測」や「察知」よりも「言語的な確定」の煩瑣な蓄積の方が肝腎である。「恐らくこういう意味であるに違いない」という推察が高い精度で事実を言い当てるのは例外的な「奇蹟」であり、その「奇蹟」は「文脈」の濃密な共有が既に成立している環境においてのみ到来する。そのような「恩寵」に基づいて円滑なコミュニケーションを保持することと、異質な他者との間に「文脈」の共有を蓄積していく地道で報われ難い努力とは、次元の異なる問題である。豊饒な果実の美味しさを味わうことと、豊饒な果実を丹念に育て上げることとは全く異質な作業なのだ。

 「阿吽の呼吸」を異質な文脈に属する他者との間に構築していく為には、一旦「共感」の思考を手放さなければならない。安易に「共感」が可能であると信じ込むことは、他者の異質性に対する安直な毀損に他ならない。「分からないものを分かったように振舞う」という表層的な作法で真正の「共感」を構築することは不可能である。「無言の諒解」を諦めて地道に「言葉を尽くす」以外に「阿吽の呼吸」の創出へ至る方途は存在しないように思われる。言い換えれば「文脈の異質性」を理由に「共感」の構築の絶対的な不可能性を立証する必要はないのである。「無言の諒解」の甘美な安逸を貪ることに慣れ親しんでしまった幸福な人間ほど、異質な文脈に属する他者へ向かって架橋する能力は衰弱していく。そうであるならば、寧ろ「孤独」こそ「阿吽の呼吸」を創出する為の可能性の宝庫なのである。「共感」の創出は「共感」の超越によってのみ成り立つ。「阿吽の呼吸」の不在は、我々にとって必ずしも不幸な事柄ではないのだ。

Cahier(「配給品」の幸福)

古今東西を問わず、多くの人間にとって「幸福に生きる」という主題は、重要で切実な意義を帯びている。人間は無意味な生に堪えることが何よりも苦手で、現実に対する自動的な適応に安住する動物的な生存の形式から絶えず逸脱している。

 欲望を断ち切れば幸福が訪れる。既にあるものだけで満足し、これ以上の何かを欲しない。欲望の本質は欠如を埋め、不在を補いたいという衝迫であるから、「知足」の幸福に達する為には、夏の葉叢のように夥しく繁茂する煩悩を悉く除去せねばならない。そうやって雑草の刈り取られた庭のように、美しく整理の行き届いた夏の午下がりの閑寂な庭が、例えば三島由紀夫の「天人五衰」の掉尾に顕れる月修寺の静かな庭のように、寂然とした空虚な領域として胸に宿る。人はそれを解脱と呼ぶのだろうか。だが、そんな静寂が、動揺の欠如が、本当に人間の目指すべき幸福の実相なのだろうか?

 「老成の実際の空虚」と、坂口安吾は自伝的小説の一隅に書き付けた。合理的に考えることの価値は疑いを容れない。合理的に考えるならば、欲望の廃滅ほど合理的な選択肢はない。実際、世の中はどんどん合理的な規範に向かって傾斜しているように思われる。欲望の廃滅に向かって、社会的な規範は徐々に突き進んでいるように見える。野蛮で非合理な欲望に身を焦がすことの闘争的な価値は刻々と株価を下げ続けている。誰も買いたがらないのだ。手を伸ばせば火傷を負いそうな銘柄に見えるのだ。

 欲望の廃滅によって一身上の幸福を購おうとするストイシズム、これは極めて自閉的な発想に裏打ちされている。この境涯に留まる限り、人は退嬰の誹謗を免かれない。一歩間違えれば、この堅固な要塞はあらゆる諦観と絶望の吹き溜まりと化してしまう。眼前の現実から遊離して、一個の堅固な城砦に引き籠って、一切の葛藤から遠ざかり、他者との厄介で錯雑した関係を断ち切り、無風の幸福へ逼塞する。永久の蟄居、如何なる欲望にも希求にも煩わされない安定した謹慎の生活。それを幸福と呼ぶことに私は躊躇を覚える。戦うことを忘れた人間の、停滞した「凪」の時間。

 だからと言って私は、あらゆる瑣末な欲望の虜囚と化すことを、自分自身に向かって奨励している訳ではない。瑣末な欲望には、本質的で根源的な欲望が叶えられない場合の「代償」という性格が備わっている。非本質的な欲望と言い換えても構わない。自分自身に備わった根源的な欲望が満たされない為に、代わりの欲望で己の本心を欺くのだ。それさえ人間らしい生活の断面であるという事実に、私は全面的に同意するが、だからと言って、その狭苦しい頽廃に留まることを歓ぼうとは思わない。

 断念すること、それは確かに一つの適切な、いわば幸福な人生の「処方箋」であると言えるかも知れない。だが、その断念は本当に極限まで追求された欲望の敗残として与えられているだろうか? 最初から断念を選ぶことで、無用な煩いから遁走しようという臆病な魂胆の果実ではないのか? けれども、本当に厳密な意味で「欲望」が廃絶された状況であれば、最早人間に生きる意味などない。「知足」の幸福で、つまり与えられたもの以上の何かを探し求めることを無条件に断念するような類の幸福に依拠して、それで万事解決するのならば、人間が生まれてきた意味など何処に存在するだろう? 我々が戦うべき本来の相手は「欲望」ではなく「断念」であり「諦観」であり「絶望」ではないのか。

 「知足」は、欲望の規模を眼前の現実に合わせて縮約することである。欲望に基づいて現実の変革に挑む雄々しい敢闘の精神は、そこには存在しないし、寧ろ野蛮な情熱として意識的に排撃される。言い換えれば、あらゆる「高望み」を排することが、エピクロスからセネカに至る古代の賢人たちの提唱する倫理学的規範なのである。その効用を全面的に批難しようとは思わないが、例えばセネカ自身は、ローマ帝国の政治家として、欲望に塗れた権謀術数の渦中で生き死にした。彼が「知足」を説いたのは、つまり「欲望の制御」に就いて誠実な思考を捧げたのは、そうしなければ発狂してしまいかねないほど夥しい欲望の交錯する世界を脱却し得ない状況に封じ込められていたからである。彼が語ったのは、或る意味では「不可能な理想」である。彼は賢者の静謐な生活に憧れながら、欲望の蔓延する血腥い俗界を脱出し得なかった。彼は決して欲望からの遁走を実践しなかったのである。その矛盾は、哲学者の敗北の形態だと人は嗤笑するだろうか? しかし、そういう人間が語ったからこそ、逆説的に「知足」の哲学は或る具体的で普遍的な説得力を宿したのではないだろうか。

 セネカは一般の人々よりも遥かに濃密で過激な現実に直面しながら生きていた。彼の思想は、彼の行動や実存と必ずしも直結していない。彼の語った「不可能な夢想」を、彼自身の生活の裡に見出すことは不可能である。若しも彼が、苛烈な政治的現実から離れて、文字通り山川草木に埋もれる閑雅な隠者の生活を送りながら、「知足」の思想を説いたのならば、それは結局のところ「老成の実際の空虚」の端的な証拠であるに過ぎない。

 けれども、現代は「知足」の時代ではないか。資本主義が成熟し、不況が蔓延し、人々の純然たる物欲は随分と磨滅した。立身出世の欲望は委縮して、多くの若者は野心よりも安定した生活に期待を懐くようになった。「草食系」という言葉が耳に馴染み、未婚率は上昇を続け、生殖に対する欲望は衰弱する一方である。同時に一部の若者は古典的な「婚姻による幸福」を先取りして、安定した生活を確保することに余念がない。経済的理由によって婚姻も生殖も断念する人々も増えている。そもそも他者との関わりを忌み嫌う人々も増大を続け、「孤独死」や「引きこもり」という言葉が重要な社会的問題として認知されるようになった。

 「野心」の欠如が当然の如く蔓延しているからこそ、例えば我々はその満たされない代償を、テレビ画面の向こうの優秀なアスリートたちに投射して補っているのではないか。いや、それさえ望まない人々も少なからず存在しているかも知れない。「野心」とは金銭や権力に対する狡猾で粗野な執着のことではない。それは、その人が生涯を賭するに値すると信じられるような「欲望の対象」を持つことを意味している。我々は「野心」に殉じて様々な艱難に見舞われることを割に合わない労苦だと考え、自らの欲望を予め念入りに剪定することに躍起だ。言い換えれば、我々は極めて体制的で順応的な人間となりつつある。体制的な人間は、配給品だけで幸福になれる。自分で選び取ったり勝ち取ったりすることより、投げ与えられた餌で空腹を満たす生活に質実な歓びを覚えるのだ。そうした精神にとって「知足」の哲学は如何にも甘美な誘惑に満ちて見えるだろう。それは我々の退屈な生活を、退嬰的で臆病な精神を肯定する論理であるからだ。現状追認の思想として作用するからだ。

 開拓者の精神、それを我々は失うべきではない。与えられたものだけで満足し、他者の思惑や温情に縋って自己の人生を形成する奴隷的な作法を棄却しなければならない。無論、人間は無力な存在であるから、完全に奴隷的な性質を克服することは出来ないだろう。けれども、完璧な克服が不可能であることを理由に、挑戦よりも断念を好んで選択するのは怠惰な振舞いである。四囲に絶えず気配りし、相手の感情を読み取って共感によって相互に熱心に繋がり合う、愛すべき人格者だけが持て囃される時代は、要するに無力な善人を輩出するように形作られた時代である。反抗を知らない善人だけで構築された世界を、本当に「理想郷」だと思えるだろうか? 善良であることは美徳だ。しかし、無力な善人であることは、私にとっては愉悦ではなく屈辱である。善良であるがゆえに愛されるのならば、それはペット扱いされているのと同じことではないか。愛玩動物の幸福を目指して生きるのは、人間の頽廃である。例えばフェミニズムの思想は、女性を「愛玩動物の幸福」の呪縛から解放して、自由な選択の権利を授ける為の運動である。しかし無力な善人は、そんな果敢で華々しい闘争よりも、恐らくは他者から恙なく愛玩されることを望むだろう。赤ん坊のように潤沢な愛情に抱擁されて生きることを望む大人というのは、端的に言って不潔な存在ではないか。

プラトン「国家」に関する覚書 8

 再び、プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。

 「国家」を読みながら、改めてつくづく思い知るのは、師父であるソクラテスの刑死が、プラトンの精神と思索に及ぼした影響の計り知れない大きさである。彼が「哲学者」の処遇に関して彼是と詳細な議論を弁じるのは、師父の刑死が巨大で衝撃的な「謎」であったからだろう。何故、あれほどの叡智に恵まれた人間が、あのような不当な刑死の悲運に見舞われることになってしまったのか、その問題を究明することは、師父の謦咳に接して自らもまた哲学的探究の困難な冒険に乗り出すことを志した若き日のプラトンにとっては、容易に看過し得ない重要な実存的課題であったに違いない。

 「太陽」や「洞窟」や「線分」の比喩を用いて、プラトンは「認識」の構造に関する詳細な省察を縦横無尽に物語る。ソクラテスの刑死の必然性を、哲学者の「愚昧」ではなく「叡智」において導き出す方程式の構築は、彼にとって死活的に重要な課題であると感じられた筈である。若しもそのような仕方で論証することに成功しなければ、彼と彼の師父が生涯を賭して挑み続けた哲学的探究の意義は、社会的害悪の汚名の下に蹂躙され、棄却されてしまうからである。

 プラトンの抽象的な本質主義を、浮世離れした空理空論として嘲笑する言説は、恐らく往古のギリシアにおいても頻々と語られていたのではないかと推察される。「イデア」など現実から遊離した絵空事であるという批難は、プラトンの議論に接した者であれば誰でも容易に思い浮かぶ言葉の礫であるだろう。少なくとも、感性的な現実の裡に埋没して何の痛痒も覚えない多くの衆生にとっては、プラトンの理論は難解で秘教的な「異端の妄想」に過ぎなかったに違いない。

 一体、彼の抽象的な思考力は、何を目指していたのだろうか? 彼は何故、感覚によっては捉え難い事物の「本質」(ousia)を想定し、それを理性的な仕方で究明することに莫大な情熱を注ぎ込んだのだろうか。彼は何故、感覚的現実の「彼岸」を必要としたのか。

 或いは、このように考えるべきだろうか。人間は誰しも、その生得的な本能に衝き動かされて、眼に映る事物、耳に響く音色の「彼岸」を想像せずにいられない種族なのだと。けれども、その「彼岸」に関する見立ては、如何なる絶対的証拠も伴わない為に、個人によって様々に異なり、その方向性も精度も全く一貫しない。そもそも「彼岸」の「実相」に対する関心の熱量も、人によって大きく異なっている。他人の掲げる宗教的言説や、幼い頃から耳の孔に流し込まれてきた共同体の古伝を鵜呑みにしたまま、「彼岸」の世界に関するイメージの整合性を再審に附そうと思い立つことさえない従順で短慮な人々の姿に、プラトンは肯定的な感情を懐けなかったのではないか。

 「彼岸」を如何にして捉えるか、その「実相」に向かって如何なる方法を駆使して到達するか、如何にして厳密で精確な「認識」を作り上げるか。これらの問題に就いて、万人が熱烈で誠実な関心を寄せるとは限らない。「彼岸」に就いて深く考えずとも、眼前に映し出される経験的な現実への刻々の対処に明け暮れるだけで、人間は充分に生き延びていくことが出来るからだ。

 だが、そのような態度で生き続ける限り、つまり「彼岸」に関する粗末な思考や停滞した信仰に縋って日々を暮らす限り、我々は経験的な現実を超越し得ない。或いは仮に結果として超越し得たとしても、その意味や価値を自覚的に捉え直すことが出来ない。「彼岸」に特別な関心を持たず、その実相を究明することに情熱を有さない人間は、四囲に展がる日常的な生活の枠組みの「外部」を想像する力を養うことが出来ないだろう。眼に見えないものを「存在しないもの」として取り扱う極端な経験論的発想は、例えば表層に顕れない他人の秘められた感情や思考を察知する能力を衰微させる。感覚に顕れることのない「深層」や「潜在的本質」への知性的な探究心、それはプラトニズムの核心を成す原動力である。

 感覚を通じて得られる断片的な認識の数々を、パズルのピースのように比較したり組み合わせたりしながら、感覚によっては把握し得ない抽象的で透明な「関係」を読み取ること、こうした探究が人間的知性の主要な機能であり画期的な力であることは明瞭な事実である。感覚的情報を対象化するという理性の機能は、感覚の絶対化によって惹起される諸々の弊害を解毒する効果を有している。複数の感覚的情報を相互に照合する作業を省略してしまえば、人間は直ちに感覚の奴隷と化し、それは異質な他者との意思疎通の可能性さえも深刻に毀損してしまうだろう。

 人間の心は眼に見えるものではない。無論、感覚的に捉え得る様々な事物が、人間の心の働きを断片的に暗示することは日常的な事実である。しかし、そのような諸々の感覚的表象から相手の心理を推し量る為には、感覚的表象を操作したり解剖したりする理性的機能の介在が不可欠である。感覚は感覚的表象を捉えるだけで、その表象の包摂する「意味」そのものを感受する訳ではない。

 認識における感覚的限界の超越、それこそがプラトンの野心的な情熱の標的である。同時に、それは彼の卓越した論証に神秘主義の色彩を纏わせる原因としても機能している。恐らくエピクロスが批判したのは、プラトンの抱懐する独断的な「神話」の専横な性質であると考えられる。「彼岸」の実相は、専ら理性によって把握される対象であり、それを感覚的に実体化することは出来ない。「彼岸」は肉体的感覚によっては決して把握されない。しかし、幾度も繰り返し強調される「理性的知識」と「感覚的臆見」との峻別の禁則は、例えば「パイドン」において死後の世界に関する「神話」が縷説されるように、必ずしも厳守されているとは言い難い。感覚的限界の超越を志向する人間は、一歩間違えると、感覚によって捉えられることのない「彼岸」の実相に就いて、恰かも「見てきたように」語る過ちを犯しかねない。感覚の彼岸を実体化することは、危険な神秘主義的陥穽である。

 感覚に対する過剰な蔑視もまた、プラトンの思想に附随する陥穽の一つであると言うべきだろう。だからこそ、エピクロスは「感覚を認識の根拠に置くこと」という原則の重要性を強調したのである。それは感覚的事実だけを重んじて、感覚を超越した問題に就いては考察を峻拒するという経験論的な自閉を称揚する為の言説ではない。彼は感覚によって確証されない事柄に就いては、飽く迄も単一の「真理」ではなく複数形の「仮説」を語るべきだと訴えたのである。けれども、プラトンは恐らく単一の「真理」に到達することを哲学的探究の本領であると看做していたのではなかろうか。彼は「たった一つの正しい答え」に対する異様な執心を棄却出来なかった。それゆえに「彼岸の実体化」という秘教的な陥穽が、副作用の如く形成されてしまうのである。

国家〈下〉 (岩波文庫 青 601-8)

国家〈下〉 (岩波文庫 青 601-8)