サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

艱難と克己 セネカ「怒りについて」 1

 古代ローマの政治家であり哲人であるセネカの『怒りについて』(岩波文庫)を目下繙読中なので、覚書を認めておく。

 本書の劈頭に収録された「摂理について」は、何故、正義を遵守する善人に対して種々の災厄が降り掛かるのか、という伝統的な疑念への応答を目的とした書簡体の文章である。古代ギリシア以来、正義は人間の信奉すべき重要な徳目として尊重されてきた。多くの哲学者は、正義を遵守することが善と幸福への確実な通路であることを繰り返し強調した。同時に彼らは、世界を超越的な絶対者による被造物として捉える考え方に基づいて、諸々の徳目の遵守と善行の蓄積は、この世界を設計した絶対者の意図に適合する営為であることを重ねて説いた。
 しかし現実には、明瞭な美徳に鎧われた賢者や善人でさえ、無数の不幸と悲惨に襲われることは稀ではない。神の御心に適う正しい言行を貫徹しても猶、悲劇的な宿命に見舞われるのだとしたら、果たして正義に殉じることは真に有益であり妥当であると言えるのだろうか。こうした疑念の提示が行われるのは至極当然の成り行きである。超越的な「摂理」が存在するにも拘らず、何故、正しい人間が酷薄な宿命によって蹂躙されねばならないのか、という疑念は、あらゆる宗教的=道徳的信仰の枠組みを瓦解させる危険な要素を濃厚に含んでいる。例えば遠藤周作の「沈黙」は、信仰に殉じる者を苛む悲劇的な宿命に対して何故「神」は「沈黙」を堅持するのか、という切迫した問いを作品の主題に据えている。そもそも「神の子」であるイエス・キリスト磔刑という歴史的事件が、同様の疑念を生み出す重要な源泉であることを看過すべきではない。
 こうした問いは、アテナイの哲学者プラトンが著した対話篇(例えば「ゴルギアス」)においても執拗に論じられている。正義を遵守する善人が往々にして、私利私欲の貪婪な追求に明け暮れる不正な人々の生贄となりがちである現実を踏まえて、正しい人間が幸福であり、不正な人間が不幸であるというソクラテス倫理学に対する疑念と反駁が提示される。言い換えれば、正義などの倫理的徳目と人間的幸福とを結合する考え方に対して、所謂「義人の不幸」という現実は極めて有力な反駁の根拠として機能するのである。
 この主題に就いてセネカが与えた回答は、義人の身の上に襲来する種々の不幸に関する解釈の変更に基づいている。先ず前提として、セネカは「摂理」を主宰する「神」が、正義を遵守する義人に害悪を及ぼすことは有り得ないと宣告する。つまり、傍目には不幸であり悲惨であると見える事象が、実際に義人の生涯を毀損する災厄である筈はないと推論するのである。それならば何故、数多の艱難辛苦が義人の身を襲うのか。それは神の寵愛によって齎された「試練」であるというのが、セネカの回答である。寧ろ堕落した悪人こそ、不幸や災厄から見限られるのだという論理的アクロバットが、彼の考え方を支えている。
 災厄や艱難は不幸ではなく、寧ろ恩寵であり救済なのだという解釈の変更は、必然的に、偶発的な不幸、無意味な悲劇というものの存在を排斥している。無意味に生起する災厄、神々の摂理とは無関係に勃発する艱難の存在を認めることは、義人こそ試練としての不幸に見舞われるという考え方の基層を破壊してしまうからだ。だからこそ、セネカは「摂理について」の冒頭で「摂理があらゆる事象を統括し、神がわれわれに関わりをもつということ」(p.11)を強調しているのである。森羅万象に単一の「摂理」の介在を見出す態度は、伝統的にストア学派の好敵手と目されてきたエピクロスの「クリナメン」(clinamen)というアイディアと対立する。ストア学派は「必然」の貫徹を信奉し、エピクロスは「偶然」の介入を容認するのである。

 贅沢を逃れよ。力を抜き取る幸福を逃れよ。それにひたっている精神は、何か人の定めが忠告すべく割り込んでこなければ、永遠の酩酊に眠るように腐って溶けてしまう。いつでも玻璃窓が風の吹き込みから守った者、次々交換される罨法で足を温められた者、その晩餐の間を、床に仕組まれ壁沿いにまわる暖気が心地よく保った者、こういう人間は、微風すら危険に感じ、わが身を凝らせるだろう。何にせよ度を過ぎれば害になるが、節度なき幸福は何より危険である。脳を揺さぶり、心を虚ろな妄想へ誘い込み、偽りと真実の中間の靄を大量にまき散らす。徳の支援の下に絶えざる不幸を凌ぐほうが、はてしない度外れの善で破裂するより、どれほどましなことか。断食の死のほうが楽である。食いすぎは破裂させる。(『怒りについて』岩波文庫 p.28)

 艱難を幸福と看做す以上、享楽的な生活は人間を堕落させ、麻痺させる根源的な不幸として定義されることになる。この勇ましく苛烈な実存的方針は、外在的条件に対する自己の超越という企図を暗黙裡に含有している。外在的な条件に左右されない堅固な自己の確立ということが、ストア学派的な幸福論の要諦である。その為には、艱難さえも幸福と読み替える理智的な努力が欠かせない。一般的な不幸を「幸福」として再定義すること、この異様なオプティミズムは、例えばキリスト教にも重大で決定的な影響を及ぼしていると思われる。

怒りについて 他2篇 (岩波文庫)

怒りについて 他2篇 (岩波文庫)

 

「意志」という名の欺瞞 ラ・ロシュフコー「箴言集」

 十七世紀フランスの所謂「モラリスト」の一人として名高いラ・ロシュフコーの『箴言集』(講談社学術文庫)を読了したので、感想の断片を書き留めておく。

 人間の生活や行動、歴史的な故事を調べて独自の知見を引き出すという著述の骨法は、特段モラリストに限られた手法ではない。彼らが断章や箴言といった形式を好み、例えばアリストテレスのような体系的記述を好まなかったということは確かに一個の事実であるが、そもそも人間が自らの思索を書き留める際の文学的様式は様々であり、殊更に「モラリスト」という枠組みや範疇を自明の秩序として珍重する必要は稀薄であると言えるだろう。執筆の様式には各自の個性が自在に反映されていればそれで良い。「モラリスト」というラベリングで何事かを説明し得たような錯覚に陥るのは、私の望む事態ではない。
 ラ・ロシュフコーの書き遺したテクスト、夥しい数の「箴言」(maxim)と簡素な哲学的随筆は、原則として人間の本性を「堕落」という条件の下に定義しているように思われる。「道徳的考察」の劈頭に掲げられたエピグラフ「われわれの美徳とは、たいていの場合、偽装された悪徳にほかならない」(『箴言集』講談社学術文庫 p.17)が鮮明に告示しているように、彼は人間の根源的な清浄を是認していない。如何に崇高な美徳に鎧われた行為や発言を目の当たりにしても、その根底に「自己愛」という牢固として抜き難い衝迫の働きを見出すのがラ・ロシュフコーの認識の特徴である。一見すると紛れもない善行と感じられる犠牲的な営為さえ、煎じ詰めれば旺盛な「虚栄心」の齎した果実に過ぎないと彼は診断する。このペシミスティックな人間観は、訳者の前書きによれば、所謂「自力作善」による意志的な救済の可能性を徹底的に否認するジャンセニスムの濃厚な影響下に生じたものであるらしい。無論、他者からの影響のみならず、彼自身の味わった苛酷な政治的=軍事的経験の記憶が、そうした人間観の醸成と構築に決定的な寄与を成したことは確実であろうと考えられる。
 全体を通して言えることは、恐らくラ・ロシュフコーという人物は、人間に備わった謹直な「意志」の力や価値、その決定的な意義に、頗る深刻な疑念を有していたのだろうということである(「人間は、何かに動かされているときにも、自分から行動していると思い込むものである。知性によってある目的に向かっているつもりでいても、いつの間にか、心が別の目的に向かわせている」p.25)。理性的な意志の力による自己の統御を金科玉条としたストア学派の重鎮セネカに対する批判的言及も、そうしたラ・ロシュフコーの思想的特性を裏付けているように思われる。彼は理性的な判断に対する信頼さえも棄却している訳ではないが、少なくとも人間の主体的な意志が人生に及ぼす影響の多寡に就いては、禁欲的な鑑定結果を堅持したのである(「われわれは、自分の理性が命ずるままに生きようとしても、それだけの力がない」p.25)。
 ラ・ロシュフコーは、人間の主観的な思い込みに重点を置く態度を斥け、人間の行動を支配する情念や欲望の構造を客観的な仕方で見究めることに思索の焦点を合わせた。人間が自分自身の主体的な意志の権限を駆使して、自分自身の行動や生活を随意に統御し得るというストイックな考え方を、彼は明確に拒絶したのである(「自分の情念を抑えることができる場合もたしかにあるが、それは、われわれの意志が強いからというよりも、むしろ情念が弱いからである」p.38)。意志的な克己心の奨励は、主観的な信仰に過ぎず、それを事実として主張することは傲慢な虚栄心の帰結に他ならない。ストア学派は、理性による自己統御に加えて、外部的な条件による自己の制約を否認し、主体的な超越に価値を見出したが、そのような人間観は虚妄でしかないというのが、ラ・ロシュフコージャンセニスムによる思想的診断の結果なのである。
 同時に彼は、あらゆる人間の行動を無意識の裡に支配し汚染する「自己愛」の作用に着目した。如何なる美徳も、その裏側に潜在的な悪徳を抱えているという観察は、彼の人間観及び世界観の基調を成す重要な命題である。言い換えれば、彼は「自己評価」というものの極めて曖昧で不適切な性質を強調することに意を尽くしたのである。自分の思い通りに自分は行動することが出来るという発想は、ストア学派の意志的な克己主義・禁欲主義を成立させる根源的な土壌である。しかし、ラ・ロシュフコーは「意識」と「現実」との間の齟齬や断層に読者の注意を喚起する。他者は固より、自分自身でさえ、主観的な意識の専制的命令に一から十まで服属することは有り得ない。人間の主観的な自己評価ほど、身も蓋もない現実の状況から乖離しているものはない。それゆえ、彼にとっての「思索」の意義は、両者の断絶を少しでも補填し、精確な自己理解を樹立することに捧げられていたのではないか。空疎な過信によって現実から遊離するのではなく、自己愛と虚栄心に汚染された歪んだ視野を浄化すること、それは無論、自己愛及び虚栄心という凡夫の度し難い性向そのものの廃絶を意味する訳ではない。寧ろ、廃絶し難い醜悪な現実を凝視し、明晰に解剖することが、セネカを論難するラ・ロシュフコーの本懐であり野心であったと思われる。

箴言集 (講談社学術文庫)

箴言集 (講談社学術文庫)

 

Cahier(榎本武揚・誠品書店・箴言集)

*近頃は『他人の顔』を読み終えた勢いに乗じて、安部公房の『榎本武揚』(中公文庫)を読んでいたのだが、段々と気が進まなくなって中断した。先日の仕事の帰りに、日本橋室町のコレドに入っている誠品書店へ立ち寄り、台湾のテント生地を使用した水色のブックカバーと併せて、新訳のラ・ロシュフコーの『箴言集』(講談社学術文庫)を衝動的に購入したのが、直接的な引鉄であったかも知れない。「榎本武揚」は、非現実的な設定を駆使して、我々の属する社会的現実を随意に改変してしまう奇抜な作風を旨とする安部公房の文業においては、異色の系統に列するもので、所謂「歴史小説」の特性を備えている。作品が退屈という訳ではない。安部公房の作風なるものを勝手に決定して、それを基準として、逸脱を望まない態度は、読者の心構えとしては余りに偏狭で、殊勝さを欠いている。だから、私が繙読を中絶したのは作品の側の瑕疵が原因という訳ではない。恐らく「物語」という形態に、性急さゆえの倦怠を覚えるタイミングというものが、時折私の精神を掠めて陰翳を投じるのである。
 或いは単純に、同一の作者の作品ばかりを集中的に通読するという近年の習慣に飽いたということかも知れない。それは文学に飽きたから思想や歴史を扱った書物に鞍替えしたいという意味ではなく、端的に言って、多様性に餓えているという意味だ。同一性に対する反復は、確かに有意義な習熟を人間に齎す。しかし、それは視野を単一の論理に隷属させる危険を常に孕んでおり、世界を狭めて、思考や感性を硬直させる弊害を含んでいる。習熟と洗煉の価値は言うまでもないが、同時に粗野であっても拙劣であってもいいから、可能性の範囲を拡張するという努力も不可欠である。純化のみならず、貪婪な食欲を発揮することにも相応の労力を支払うべきである。
 以前にも多様な書物を読み漁ろうと一念発起して、セネカバートランド・ラッセルエピクロスの書物を手に取ったことがあった。そのときは、繙読を進める裡に、西洋の伝統的教養の基底を成す古代ギリシアの思想から出発して段階的に歴史を辿って行かないと充分な理解に達し得ないと悟り、来る日も来る日もプラトンの典籍を咀嚼する日々を過ごした。プラトンが終わればアリストテレス、という具合に予め順序を定めてしまうと、何年経ってもデカルトスピノザライプニッツには辿り着けないことになってしまう。古代ローマストア学派の主要な文献だけでも、突破するのに数年の日月を閲するだろう。そういう前途遼遠の感慨に気後れして、やがて繙読も沙汰止みとなった。結局は同じことで、多様性の消失が精神の鬱屈と倦怠を醸成したのである。
 固より私は文学や哲学の専門家を志す訳でもなく、本職の学者の如く、特定の著者に狙いを定めて微に入り細を穿つ精緻な研究に打ち込む根性も能力も欠いている。飽く迄も素人の好事家どまり、飽き性のディレッタントを気取っているに過ぎないのだから、もっと自由に、もっと放埓に、もっと無節操に、書物の森林を渉猟しても一向に差し支えない訳だ。一知半解でも構わない筈だ。私は私個人の矮小な人生に些少の充実と成長を齎す為に、古今東西の賢人の謦咳に、和訳の活字を通じて接することを目論んでいるだけである。固より完璧な学術的理解を期することが無謀であり、古代ギリシア語を解さない私が、それらの典籍を訳した先賢以上の理解度に達する見込みは絶無なのである。それを望むのは知的好奇心というよりも単なる独り善がりの虚栄心の為せる業に過ぎない。思い立ったが吉日という俚諺に託けて、己の性急な気質を正当化するのが私の習慣である。だから、途端に「榎本武揚」を自宅の小さな書棚へ強制送還して、ラ・ロシュフコーの底意地の悪い「道徳的考察」を啄むことに急遽方針を革めたのである。恋人を次々に取り替えるのは不実の謗りを免かれないが、書物を次々に取り替えるのは何ら公序良俗に反する行為ではない。元来硬質で融通の利かない脳味噌を軟化させる為にも、今後暫くは幅広い分野の探索を金科玉条として取り組んで参りたい。

榎本武揚 (中公文庫)

榎本武揚 (中公文庫)

 
箴言集 (講談社学術文庫)

箴言集 (講談社学術文庫)

 

サラダ坊主風土記 「勝浦・小湊・大多喜」 其の三

 旅行二日目の朝も早起きをした。ビュッフェ形式の朝食を摂り、部屋に戻って手早く仕度を整え、ホテルの玄関で記念写真を撮ってから、マイクロバスで安房小湊駅まで送ってもらう。途次、土産物屋と和菓子屋に立ち寄って買い物をした。地元の銘菓である「いろは堂」の「あんもり」を購入する。
 外房線で大原駅まで引き返し、いすみ鉄道に乗車して一路、大多喜城を目指す。いすみ鉄道は、大原から上総中野までを結ぶ第三セクター方式の所謂「ローカル線」である。菜の花を想わせる黄色い車両の内装は、事前の予想に反して小綺麗だった。少なくとも銚子電鉄の車両に比べれば、余り老朽化の印象は目立たない。幸いにも晴天に恵まれ、長閑な田園の風景の中をのんびりと揺られていく。窓際に陣取った娘は通り過ぎる踏切を数え、車窓を掠める樹林の懐ろにトトロが百匹くらい棲んでいるんじゃないかと妄想を逞しくして嬉しそうである。疎らな民家と広大な田畑の狭間を突き進み、漸く辿り着いた大多喜駅で記念写真を撮る。駅前の観光協会でトイレを借り、大多喜城までの道順を尋ね、コインロッカーに荷物を預けて出発した。踏切を渡り、緩やかな坂道を登って、県立高校の宏大な敷地を横切り、未舗装の階段を一歩一歩踏み締める。高台に聳え立つ大多喜城は、県立中央博物館の分館を兼ねており、構内一面に敷き詰められた夥しい玉砂利の上を、娘は早速踏み荒らして回った。
 抱っこをせがむ娘を持ち上げ、来た道を引き返し、昼食に相応しい店を探して歩く。その途中、地元の銘菓である「最中十万石」を購入した。ずっしりと重みを感じるほど、たっぷりと餡の詰まった立派な最中である。その頃には、娘は私の腕の中で眠りに落ちていた。頗る重たい。陽射しが豊かで全身が汗ばむ。
 目当ての蕎麦屋が品切れしていたので、向かいの「有家」という豚カツ屋へ入った。地元では名の知れた繁盛店らしく、芸能人の色紙も幾つか飾ってある。古典的な定食スタイルの豚カツは想像を上回る美味しさであった。恐らく地元の住人や勤人と思しき客が引っ切り無しに出入りする。
 満腹した躰を引き摺って駅へ戻り、再びいすみ鉄道に揺られて終点の上総中野駅まで往く。彼方此方で野焼きの煙が立ち、陽射しは徐々に夕暮れの兆しを滲ませ始めていた。本来ならば上総中野で、同じくローカル線の範疇に属する小湊鉄道へ乗り換えるのだが、生憎、上総中野から養老渓谷までの間の線路が損壊して不通となっており、代行輸送のバスで蛇行する山間の途を運んでもらった。日が翳ると、風が俄かに冷え切る。束の間の散策を卒えて電車に乗り込み、深い森の間隙を潜り抜けて出発した。
 小湊鉄道の線路は概ね養老川と並走するように敷かれている。走るうちに西日は刻々と沈み、物哀しい夜陰が田地を覆って身を横たえた。若い車掌が真剣な横顔でドアの開閉や車内放送に勤しんでいる。帰路に就く中高生の姿が目立った。終着駅の五井で、千葉行の内房線に乗り換える。朝から晩まで非電化の鉄路をディーゼルカーに揺られていた所為で、JRの駅舎と車両が近未来的なフォルムを備えているように感じられた。見慣れた筈の千葉駅も、南総地方から帰ってきた旅人の眼には、殷賑を極める大都会の心臓のように映った。千葉ペリエのレストランフロアで夕食を済ませ、京成電車で帰宅した。明日は午前四時に起きて仕事へ行かねばならない。可及的速やかに就寝の仕度を整え、娘と並んで瞬く間に睡魔の虜となった。

サラダ坊主風土記 「勝浦・小湊・大多喜」 其の二

 外房線安房小湊駅は、鴨川市に属する鄙びた港町に鎮座している。駅前には巨大なセブンイレブン(天津小湊店)があり、恐らく通常のコンビニの範疇を越えて、地域に密着したスーパーマーケットの機能も兼ねているのではないかと思われる。見るからに儲かっていそうな規模と内装である。
 今宵は鯛の浦と誕生寺に程近い「吉夢」というホテルに投宿する予定であった。小湊の観光協会で昼食に相応しい地元の店舗を教えてもらう。少し歩いたところにある「なかむら」という海鮮料理の店を薦められて赴いた。妻は海鮮丼、義母はランチ限定の定食、私はアジのたたきの定食を頂いた。美味である。表の駐車場には引っ切り無しに車が出入りし、わざわざ此処の料理を目当てに訪れる人も少なくないのだろうと思われた。コロナ対策の一環で開け放たれた掃き出し窓から吹き込む風が力強く寒い。却って上気道を傷めてしまいそうだ。
 食事を済ませると、海沿いの道を歩いてホテルへ荷物を置きに向かった。ホテル三日月の巨大な建物を横目に通り過ぎ、土産物を商う小さな店を冷やかして、漁港の方面へ進んでいく。日蓮宗名刹である誕生寺の敷地から指呼の間に、今宵の宿は聳えていた。荷物を預かってもらい、紙の地域共通クーポンを受け取って、直ぐ近くの鯛の浦遊覧船の乗り場へ移動した。出航の時刻まで間があったので、併設された資料館を見物し、何枚か記念の写真をスマホで撮った。
 乗り込んだ遊覧船は小型で、沖合に出ると波に競り負けて劇しく揺動した。浮き上がる瞬間の無重力の感覚が苦手で、私は落ち着かない気分だった。小湊港から内浦湾を緩やかに旋回して帰って来る短い行程で、仰ぎ見る高台の森林の狭間に誕生寺の仏舎利塔の白い頭が眺められた。途中、停船して、舳先に陣取った老年の海の男が、鰯の身を千切った餌を海中に投げ込むと、競い合って巨大な鯛の群れが水面に姿を顕した。
 十一月の太陽が徐々に傾き始めていた。ホテルへ戻る前に、誕生寺へ立ち寄り、賽銭を投じて祈りを捧げ、妻は御朱印を貰った。御朱印の仕上がりを待つ間、娘にせがまれて二種類の御神籤を引いた。一つは凶で、一つは中吉である。待ち人は来ず、失せ物は出ず、縁談の見込みはない。ろくでもない人生である。
 娘が疲れて歩かないので、散策は諦めてホテルへチェックインした。五階の部屋に落ち着いて荷物を解き、早速浴衣に着替える。日暮れの前に露天風呂へ急ぐことにして、妻と義母は女湯に、私は娘と共に男湯へ入った。コロナの影響で日帰り入浴が休止になっている所為か、入浴する客の数は疎らであった。手早く躰と頭を洗い終えて、熱い湯に心行くまで浸かる。しかし飽き性の娘が長湯を許さない。直ぐに外のお風呂へ行こうと急かされる。露天風呂に浸かりながら、海面を彩る残照の波に見蕩れた。小高い山影に向かって、大きな夕陽は見る見る萎んでいき、遮るもののない空は刻々と色調を革めた。日没の後も、暫くは紅い片鱗が藍色の沖合に消え残り、潮風が冷たさを増した。
 例によって豪勢な旅館の夕餉を頂き、巨大な鮑のバター焼きを見物した(私は貝類や甲殻類を好まない)。港町であるから、献立の過半に海の幸が織り込まれている。料理の総量が多くて、締めの甘味を平らげるまで二時間ほど要したのではないか。娘はすっかり退屈して、ホテルから貰った折り紙に熱中して閑を凌いでいた。
 部屋に戻ると、ロビーの売店で買って冷やしておいた地元の麦酒(「九十九里オーシャンビール」と「安房麦酒」)を冷たいグラスに注いで呑んだ。部屋の灯りを消して、オーシャンビューの窓から夜空を仰ぐが、期待したほど星が見えない。露天風呂から眺めれば見えるのではないかと思い立ち、再びタオルを携えて屋上へ急いだ。最上階の露天風呂は人気がなく、貸切である。寒々しい夜風を逃れて湯舟に飛び込み、仰向けに浮きながら夜空を見上げる。眼を凝らせば、無数の星屑が確かに見えた。北斗七星もくっきりと視認出来る。幾ら眺めても見飽きず、娘に急かされて漸く浴場を出た。寒さに震えて慌てて娘の躰を拭い、浴衣に着替えて部屋へ戻る。その晩は疲れていて直ぐに眠りに落ちた。

サラダ坊主風土記 「勝浦・小湊・大多喜」 其の一

 過日、妻子に義母を加えた四人で南総地方へ一泊二日の旅行に出掛けたので、その覚書を認める。

 此度の企図の発端は、幸運にも妻が引き当てた「ディスカバー千葉」の宿泊者優待キャンペーンであった。一人当たり一泊最大五千円の割引が受けられる観光促進の企画で、国の推進する「Go To Travel」キャンペーンとの併用も可能である。九月に銚子へ旅行したので、今年はもう何処にも出掛けない積りでいたのが、折角の幸運を屑籠へ投げ入れるような真似は出来ないという妻の堅固な決意に絆されて、仕事の休みを調整して出立したのである。
 当日は早朝に起きて、千葉シーサイドバス京葉線海浜幕張駅へ向かった。外房線特急「わかしお」に搭乗する為である。見込みより早めに着いたので、駅前のタリーズで珈琲を一杯飲んだ。陽射しが注いでいても、早朝の風は随分と冷たい。改札口で義母と合流し、プラットフォームで電車を待つ。到着した特急列車は、案に相違して混み合っていた。油断して指定席券は買わずに済ましていたから焦ったが、辛うじて四人向い合わせで陣取ることに成功した。平日の朝、単身の男性客が目立つのは、仕事絡みの移動なのだろうか。次の蘇我駅で更に乗客は増えたが、その大半が茂原駅で下車していった。茂原は天然ガスの採掘が盛んな土地柄であるから、関係する乗客も多いのかも知れない。
 大原を過ぎ、終点の勝浦駅で降りた。勝浦の御当地キャラである「勝浦カッピー」や雛人形の立派な段飾りと一緒に娘の写真を数葉撮る。表へ出ると、陽射しには恵まれているのに吹き抜ける風は酷く冷たかった。駅前のロータリーには数台のタクシーが停り、暇を持て余した運転手たちが気儘な雑談に興じている。地味な観光協会に立ち寄り、タクシーを雇って「かつうら海中公園」へ向かった。海辺の途を走り、鵜原駅の前を過ぎて、短いトンネルを幾つも潜り抜ける。到着したタクシーは、路傍へ寄ろうともせず、車道の真ん中に堂々と停車した。それくらい交通量が乏しいのだろう。
 資料館の裏手へ回ると、幅の狭い入江になっていた。年配の男性が箒を使って、砂浜へ通じる石段を掃いている。雲が切れる度に、海面が白っぽくきらきらと輝く。娘と手を繋いで波打ち際まで迫った。寄せて返す度に、波頭と砂浜との境目が変動するので、思わず靴の爪先を濡らしそうになり、その絶妙なスリルに娘は上擦った笑い声を立てて躁いだ。
 チケットを買って入り口の長いトンネルを通り抜けると、背の高い海食崖が眼前に聳え立った。目当ての海中展望塔へ通じる廻廊から、足許の海面を覗き込むと、明らかに人工と思われる矩形の石棺のような岩場が幾つも視野に入った。どうやら生簀であるらしい。
 廻廊を更に曲がると、行く手に海中展望塔の偉容が出現した。沖合へ向かって直線に伸びた通路の先に屹立する白亜の塔は、見慣れない奇景であった。一面の大海原に、見捨てられた不吉な神殿が浮かび上がっているかのようだ。或いは、水棲人類の秘密基地のようにも見える。在るべき筈のない場所に存在する奇妙で静謐な塔。
 入口のブースに眼鏡を掛けた若い男性が控えて、チケットの捥りを担っていた。狭隘な螺旋階段を慎重に踏み締めて、海面の下に封じられた世界へ潜っていく。薄暗い空間に、潜水艦を想わせる複数の円窓が穿たれ、そこから海中の光景を硝子越しに眺めるというのが海中展望塔のセールスポイントである。ラピスラズリのような小魚の群れが、娘の鼻先で優雅な円舞を演じている。餌を容れた金網の籠が幾つか海中に吊るされていて、夥しい数の魚が互いに競り合いながら、貪婪な食欲を充たすべく不気味な遊泳を重ねている。のんびり泳いでいるのではない、生物学的な本能に支配された魚の身も蓋もない獰猛な動きは、余り快い眺望ではなかった。
 展望塔から引き返す廻廊の途中で娘が転んだ。大きな泣声が潮風に紛れて響き渡った。すっかり気分を損ねて自力での歩行を拒絶し、鵜原駅まで移動する間、十六キロほどもある娘を鞄と一緒に抱えて歩く羽目に陥った。陽射しが強まり、総身が汗に濡れた。辿り着いた駅舎は古く、自動改札もない。千葉県内の主要な路線に乗れるフリーパスを持っていたが、念の為、年季の入った旧式の券売機のような筐体のボタンを押し、乗車証明書という小さな紙片を発券してパスケースに挟んでおいた。その頃には娘の機嫌も復調し、手を繋いで階段を歩き、ログハウス風の待合室で安房小湊へ向かう外房線普通列車を待った。偶々居合わせた見知らぬ年配の女性が、元気を取り戻して気儘に燥ぎ回る娘の姿を、観音様のような微笑を湛えて見守っていた。義母の鞄の中で飲料のペットボトルが水漏れを起こし(蓋がきちんと締まっていなかったらしい)、一寸した騒動になって、それさえ娘には愉快な椿事であるらしい。益々上機嫌に大声で喋ったり笑ったりする。その度に観音様が微笑を深める。長閑な光景である。遂に観音様が口を開き、妻に娘の年齢を尋ねた。四歳だと答えると、随分大きく見えると驚いておられた。実際には、体格よりも態度の大きい娘である。
 やがて、電車が遅れてますねと観音様が言った。携帯で調べると、埼京線内の信号点検の影響で広範な区域に電車の遅延が生じているらしい。縦横無尽の相互乗り入れ・直通運転は便利だが、事故の皺寄せが遠方まで及ぶのは不便である。微かに聞こえてきた構内放送を頼りに、電車の気配を感じて席を立った。トンネルの闇から、外房線の車体が緩やかに出現した。車内は閑散としている。観音様も同乗しておられる。ボックス席に陣取った年配の女性三人組が、上昇する日経平均株価や、金の売買といった腥い会話に耽っているのが聞こえてきた。その途中、安房小湊で饅頭を買わなきゃと一人の女性が口走った。そうか、安房小湊には名物の饅頭があるのかと仄かに嬉しく思いながら、電車の単調な振動に誑かされて、知らぬ間に娘と並んで甘美な転寝の淵に沈んでしまった。

My Own Scarface 安部公房「他人の顔」

 安部公房の『他人の顔』(新潮文庫)を読了したので、感想文を認める。

 業務中の不慮の事故で顔面に深刻なケロイドを負い、自らの「容貌」を喪失した男が、精巧な仮面を作り上げて他者との関係の恢復を試みる「他人の顔」の筋書きは、如何にも安部公房らしい主題を含みながら、極めて錯綜した重層的な構造を展開している。予てから「自己」の連続性や同一性に対する根深い疑念を、固有のオブセッションとして明瞭に表出してきた作者にとって、この「他人の顔」における「顔の喪失」という決定的な事件が、年来の課題と密接に関連した重要な意義を孕んでいることは確実である。「顔の喪失」によって惹起される周囲との関係の致命的な変容は、自己同一性に対する語り手の蓄積された伝統的な確信を揺さ振り、不安定化させる。

 そのときの狼狽の奥にかくされた意味を、ぼくはまだ本当には理解出来ずにいたようだ。身もだえするほど恥入りながら、しかし何に対してそれほど恥入っているのか、まだ正確にはつかめずにいた。いや、その気になれば、出来なくはなかったのかもしれないが、本能的に深みを覗くことを避けて、せいぜい「大人気ない行為」といった、ありきたりな慣用句の陰に身をさけていたのかもしれぬ。どう考えてみても、人間という存在のなかで、顔くらいがそれほど大きな比重を占めたりするはずがない。人間の重さは、あくまでもその仕事の内容によって秤られるべきであり、それは大脳皮質には関係しえても、顔などが口をはさむ余地のない世界であるはずだ。たかだか顔の喪失によって、秤の目盛に目立った変化があらわれるとすれば、それはもともと内容空疎であったせいにほかなるまい。(『他人の顔』新潮文庫 pp.16-17)

 「顔の喪失」によって俄かに齎された自己同一性の危機を、語り手は懸命に否認する。しかし、実際に「顔の喪失」が自己と他者との関係性の構造に不可逆的な変化を強いるのだとすれば、自己同一性の重要な支柱としての「顔」の価値は必然的なものとなる。言い換えれば、我々が「自己」という観念によって包摂している範囲や対象は、顔面に蒙った火傷の為に容易く覆されるほど脆弱な信憑に過ぎないのである。「ぼく」の懐いていた通俗的な信念は逃れ難い危殆に瀕し、妻との性的な関係さえ断絶してしまう。「顔の喪失」は「自己の喪失」に限りなく等しい事件であることが、具体的な事実の提示によって証明されたのである。
 そうであるならば当然、精巧な仮面の製作という「ぼく」の孤独な計画は「顔の恢復」を通じた「自己の恢復」を含意するものであると定義されるべきだろう。しかしながら語り手である「ぼく」は、旧来の自己の純然たる再生の為に、精緻な仮面を完成したのだと言えるだろうか。彼は自画像に基づいた仮面、仮面であることを明示した仮面を作る代わりに、得体の知れぬ「他人の顔」を拵えて、本来の自己へ回帰する代わりに「誰でもない他人」に扮することを選択した。その計画の眼目を「本来的な自己の恢復」という表現で要約するのは、厳密に考える限り、事実に反する解釈である。

 そのうち、急にそれまでの苛立たしさが消え、ぼくは変にたかぶった、挑戦的な気持になっていた。どうやら、仮面にまで酔いがまわりはじめたらしい。――顔、顔、顔、顔……汗のかわりの涙でうるんだ、眼をこすり、ぎっしり店内を埋めつくしている無数の顔を、タバコの煙と騒音をかき分けながら、これ見よがしに睨みまわしてやる……どうだ、文句があるなら言ってみろ!……言えはしまい?……言えるはずがないさ、そうして酒を飲みながら、くだを巻いているということ自体が、仮面をうやまい、憧れていることの証拠なんだからな……上役の悪口を言ってみたり、知人の知人の知人がいかに大物であるかを自慢してみたり、つまりは素顔以外のものになろうとして、やっきになっているんだ……それにしても、まったく下手な酔い方だよ……素顔には、仮面のような酔い方など、絶対に出来っこないのさ……素顔に、出来ることといったら、せいぜい酔った素顔どまりだからな……死ぬほど泥酔しても、やっと仮面の近似値で、仮面そのものにはなれっこない……もし、氏名や、職業や、家族や、戸籍までも拭い去ってしまおうと思えば、致死量をこえた毒薬にでもたよるしかないのだ……だが仮面はちがう……仮面の酔い方は天才的なんだ……一滴のアルコールの力さえ借りずに、完全に誰でもない人間になりきることだって出来るのだ……現に、この、ぼくのように!(『他人の顔』新潮文庫 pp.177-178)

 失われた「顔」の跡地に生じた空白を補填する為の精巧な「仮面」の計画は、当初の目的である「自己の恢復」という主題から逸脱し、徐々に「自己からの脱出」に伴う奇態な陶酔への欲望に吸引されていく。ケロイドに覆われた「蛭の巣」でさえ、一つの「顔」であり「自己」である点においては、普通の「素顔」と同族である。若しも彼が自己同一性の保持に心から固執するのであれば、寧ろ「蛭の巣」という新しい「素顔」に固有の価値を見出そうと努めただろう。しかし、横滑りした「仮面」の計画は、望外の心理的収穫を彼に授ける。「誰でもない人間」に転身することの異様な興奮、あらゆる種類の社会的制約を解除された、放埓で透明な「自由」の生み出す特権的な陶酔に、彼は中毒してしまうのである。自己同一性の断絶という危機は、却って彼の特別な幸福を成立させる重要な土壌の役割を担う。完璧な「匿名」という条件に附随する法外な「自由」の甘美な味わいは、他者との具体的な関係を恢復しようとする健全な社会的欲求を頽廃させ、専ら抽象的な人間関係に対する「痴漢」の欲望を急激に増殖させる。妻との関係の再建を望みながら、精巧な「仮面」の魔力を拝借して見知らぬ「誘惑者」の立場を演じようとする「ぼく」の企図は、明瞭な矛盾に引き裂かれているのだ。

 でも、もう、仮面は戻ってきてくれません。あなたも、はじめは、仮面で自分を取り戻そうとしていたようですけど、でも、いつの間にやら、自分から逃げ出すための隠れ蓑としか考えなくなってしまいました。それでは、仮面ではなくて、べつな素顔と同じことではありませんか。(『他人の顔』新潮文庫 p.267)

 妻からの痛烈な批判の書置きは、彼が陥った欺瞞的な泥濘の構造を明晰に照射し、剔抉している。けれども、その糾弾の声音は残念ながら夫の改悛には帰結しなかった。寧ろ、抽象化された人間関係、純然たる物質に還元されたかのような、無機質な人間同士の関係に潜む固有の可能性を、彼は最後まで追求しようと試みている。言い換えれば、人間は誰しも「自己同一性」の呪縛に責め苛まれ、無益な苦痛に耽溺しているというのが、人類の伝統的特質に関する「ぼく」の切実な見解なのである。歴史的文脈や地理的環境から「自己同一性」の核心的な部分を切り離すこと、自己の現在を特定の「本質」と結び付けて「宿命」に甘んじようとする旧弊な生き方を、彼は再審に附している。宿命的な関係だと思われたものが、所詮は可変的で恣意的な紐帯に過ぎないことを明確に表現することで、作者は「自由」の生み出す果実の価値を綿密に測り直しているのである。

他人の顔 (新潮文庫)

他人の顔 (新潮文庫)