サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

「Hopeless Case」 14

 厚かましく不敵であること、それは往々にして集団の調和を擾す悪しき性質であると目されるものだが、どんな悪徳も、適切な分量と用法を守れば思わぬ画期的な効能を発揮することがあるのは、経験的に知られた地上の真理である。椿の豪胆な自己顕示は、辰彦の儀礼的な仮面の縁を僅かに欠けさせるくらいの威力は実地に示した。並外れた格式と巨大な実績を誇る名流の企業であれば、大袈裟な演技で一か八かの博打に踏み切る血気盛んな志望者も珍しくないだろうが、高踏の社風ゆえに地味な成果を強いられている衰燈舎のような零細出版社の門戸を、驚嘆すべき図太さで抉じ開けようと試みる若者は実に稀な存在だった。
 上司に向かってどのように説明すれば良いだろうかと、辰彦は密かに頭を悩ませながら、日々の業務に邁進していた。彼の愛する衰燈舎は、特段の人手不足に苛まれている訳ではなく、そもそも多少の繁忙は珍重して受け容れねばならないくらい、貧困な所帯であった。どんな業種でも、事業の劇的な拡張が見込めないときに高い費用を投じて新たな社員を雇おうとは考えないものであるし、少し風向きが変われば一挙に経営の難渋する危険な局面に陥りかねない痩せ衰えた肉体の企業に、素性の知れない若者を推挙するのは容易なことではなかった。とはいえ、あれほどの積極的な情熱を衰燈舎に向かって示してみせてくれる若い女の存在は確かに稀有だ。このまま看過するのは聊か勿体ない気もする。どんな商売であっても、一番手に入れ難いのは、本物の意欲を漲らせた新規の人材であることは明白なのだから。
 しかし、そもそも本当に、彼女の熱意が真摯で純一なものであるのか、その証拠を示せと言われれば、咄嗟に辰彦の舌先も巧く回るとは思えなかった。読書が好きだというだけでは、敢て衰燈舎を熱烈に志望する理由には足りない。読書が好きな人間は世間に掃いて捨てるほど転がっているし、一概に読書好きと言っても、その趣味嗜好が衰燈舎の社風と合致する例は稀である。大体、本を読むことと、本を作ることとの間には千里の径庭が広がっている。実際、光り輝く大衆のアイドルであることと、アイドルの熱烈なファンであることは、聊かも類似していないではないか。

 差し当たり自分の一存では決めかねる話なので、辰彦は編輯部長の荒城に相談を持ち掛けることにした。荒城は五十代半ばの、饒多な灰白色の毛髪を律儀に撫でつけた男で、その口許は何時も神経質な寡黙に縫い合わされていた。三十代の頃までは、日暮里の地味なレストランにコックとして勤めていたという噂を聞いた覚えがあるが、辰彦自身は本人にその風聞の真偽を尋ねてみたことはなかった。手の甲に大きな切傷の古びた痕跡が残っているのは、往時の職業的な過失の片鱗であるかも知れない。しかし、銀縁の眼鏡を掛けて、いつも不満げに唇を引き結び、整理の行き届いたデスクを侵犯しようと新たに押し寄せてくる様々な紙片と用事の群れを呪詛しているように見える荒城の風貌と手の甲の古傷の取り合わせは、もっと陰惨な過去の履歴を妄想したくなる気分を、辰彦の内面に醸した。

 昼下がりの閑散としたオフィスで(営業部員たちは軒並み出払っているのだ)莨を吸いに立った荒城の巾広な背中を追って、辰彦は椅子から静かに立ち上がった。廊下の衝き当たり、採光の好い黄ばんだ喫煙室には幸い、荒城の他に客がいなかった。扉を引いて入ると、壁際に凭れてハイライトを吹かす荒城の鋭い一瞥と出逢った。彼は頑固な紙巻派で、加熱式の莨を取り出す辰彦の仕種を冷ややかに見凝めていた。

「何か用事か」

 煙の代わりに吐かれた単語は妙に明瞭な響きを伴っていた。尾行を悟って内心身構えていたのだろうか。灰色と紺青を混ぜたような高価なスーツ(尤も、荒城は「背広」という言い方を好んでいた)を纏って、頑丈な胸板をワイシャツの向うに潜めた荒城の問い掛けには、此度に限らず、普段から剣呑な空気を帯びている。

「御相談がありまして」

 辰彦は椿に関する一連の経緯を説明した。廻りくどい説明は嫌われるので、要点を鮮明に述べつつ、一蹴されないように後から補足を塗り重ねる。荒城は時々鼻の頭に皺を寄せて、むず痒いような表情で紫煙を吐いた。太い眉毛の中にも数条の白線が混じって見える。

「公私混同じゃねえだろうな、お前」

 低い声音が遠い地鳴りのように喫煙室を充たした。辰彦は慌てて首を振った。

「生憎、私に不倫の願望はありません」

「余計な揉め事に繋がるんじゃ、迷惑なんだよ。大体、厚かましい小娘じゃねえか」

 荒城が、大英図書館閉架に眠っている古書の如く頑迷な男であることを今更想い出しながらも、辰彦は迅速な撤退を自らに禁じた。

「その厚かましさを、私は評価しているんです」

「物好きだな」

「こんなに熱心に入社を志望する若者なんて、滅多にいませんよ」

「だから疑ぐってるんじゃねえか」

 荒城の瞳孔が窄まって、辰彦は磔刑に処されたような居心地の悪さを感じた。

愛の破獄と、その蹉跌 三島由紀夫「果実」

 三島由紀夫の短篇小説「果実」(『鍵のかかる部屋』新潮文庫)に就いて書く。

 同性愛の女性カップルの悲惨な末期を描いた「果実」は、その全篇が不穏な臭気に覆われている。初期の作品とは異なる稠密で無駄のない硬質な文体は、三島の作家的成熟を濃密に実感させると共に、二人の異様な情熱と破局の過程を丹念に活写している。

 破綻はこの年の春から来た。破綻という言葉が当らないなら、飽和状態というべきである。極度に愛し合って、しかもその一風変った愛が袋小路のような梗塞された構造をもっているので、愛し合えば愛し合うほど足掻きがとれなくなる。その愛は本質的に堕落を知らない。堕落を知らない愛の怖ろしさは、決して外れを知らない賭事があるとすれば、そういう怖ろしさである。終りがないのだ。逸子が時折自分たち二人の生活を絵の中に塗り込められた生活だと考えるのは、アトリエに起居していることの自然な聯想であるが、絵具の膠が画中の人物を放恣な姿勢の磔刑にかけたので、部屋のそとでも二人の女は磔刑にかかっている人間の特質を微妙に示した。歩くときの二人の指はいつも絡み合ったまま離れない。断末魔の叫喚のようなけたたましい笑い声を立てる。時によると、喪心の体で小一時間もものを言わずに坐っている。それでいてこうした生活は、それが日ましに重荷になり、日ましに厭わしいものになってゆくのをどうすることもできない。(「果実」『鍵のかかる部屋』新潮文庫 pp.213-214)

 熱烈な愛情が得体の知れぬ閉塞感を齎すということは、経験的には想像し得る事態である。他者への常軌を逸した執着が、愛情の一般的な様式を超過して、奇怪な変貌を遂げるという現象は充分に起こり得る。気の向いたときだけ相手に関心を寄せるという浮薄な態度が備えている優れた通気性は、こうした極度に濃縮された関係性の当事者にとっては極めて冷酷な背信に他ならない。愛することが、常時相手の心身を凝視し続ける息苦しい情熱だと定義されるならば、確かに瞬時の余所見すら愛情の減退の確たる証拠として法廷に提出されることになるだろう。また恐らく彼女たちの愛情が極端な凝結を強いられる背景には、同性愛という関係に固有の特徴が関与しているのではないかと推察される。一般に恋愛の価値は、結婚や出産といった社会的な営為へ帰着するかどうかで判定される慣例である。一組の異性が、銘々の自由な意志に基づいて相互に愛し合い、その存在の価値を称揚し、社会的結合を成し遂げることによって、営まれた恋愛は遡及的に評価され、その正しさを承認される。この一連の過程から疎外された愛情は、欠損を抱えた不完全な事例として侮蔑され、場合によっては迫害される。特に同性愛に対する偏見は、極めて厖大な歴史的蓄積に基づいた強烈な差別的意識に由来しており、未だに同性愛の婚姻を合憲と看做す法律は、本邦には存在していない。

 それゆえに彼女たちの関係は、社会的な進展の可能性を奪われているし、彼女たちの愛情が法律と社会によって祝福され、公正な関係として庇護される見通しも立たない。彼女たちの真摯な愛情を祝福する者が彼女たち以外に存在しないという状況は、極めて陰惨な閉塞感を強いるものである。彼女たちの愛情は、第三者による承認や肯定を伴わず、当事者同士の強烈な感情だけが、彼女たちの紐帯を支える唯一の根拠である。こうした構造的要因が益々、彼女たちの情熱を濃縮し、愛情の証明に関して比類無い苛烈な道徳性の要求を助長することとなる。「その愛は本質的に堕落を知らない」という一文は、彼女たちの関係に附随する厳格な倫理的性質を示唆する表現であるように思われる。周囲の無理解と社会的抑圧が、追い詰められた恋人たちの愛情の濃度を極端に高め得ることは、例えば「心中」などの事例を鑑みても明らかである。それゆえに彼女たちは「余所見」をする余裕すら持たず、軽率な浮気に興じることも出来ない。相互の愛情が実存の骨格にまで高められているので、淪落と背信は直ちに両者の生活の根本的な破滅へ直結してしまうのである。愛することが生きることと同化し、一挙手一投足が恋人に対する絶対的な忠誠の証明として提示されなければならない状況は、確かに「堕落を知らない」と表現して差し支えないだろう。だが、こうした愛情が長期化すれば、内発的な愛しさよりも峻厳な義務の齎す抑圧の感覚の方が強まるであろうことは火を見るより明らかである。愛情は自由で主体的な意志の表象であることを諦め、関係の継続が最大の目的として重んじられ、生きることは愛することの手段に過ぎなくなる。しかし本来、愛情とは生きる為の手段であり、生きることの内訳を充実させる為の媒体ではなかったのか。

 四月半ばに学校友達が二人を花見へ誘いに来たことがある。偶々弘子が風邪で伏していた。逸子は誘いを断わり、客を送り出してドアを閉めた。忘れ物の煙草入れに気づく。客のあとを追って出ようとすると、寝床の中から弘子が狂暴な眼つきで「行かないで!」と叫ぶ。本心は病人の私を置いてお花見へ行きたいのだろうと厭味を言う。逸子は黙ったままアトリエに還って、煙草入れから他人の煙草をとり出して喫んだ。無意識の動作である。――枕に顔を伏せて泣き出した弘子はこれを見なかった。知らずに喫み出した煙草が他人の所有物だと気づいたとき、逸子は一瞬間、深い澄明な闊達の心持を味わった。弘子に気づかれぬように用心しながら、深々と吸った。ありふれた和製の煙草である。それがこれほど旨く感じられるとは何事であろう。しかしこの感情をつきとめることは恐怖のために出来かねた。ただこの時以来、お互いの愛がお互いに恐怖を与えもする所以を覚ったのである。(「果実」『鍵のかかる部屋』新潮文庫 p.214)

 愛情はその本質的な定義において自発的なものであること、主体的な決断の帰結であることを求められる。強いられた愛情、命じられた愛情が、愛情の本質的な定義を充たさないものであることは明白である。従って他人に真摯な愛の証拠を求めるのは矛盾した行為であり、望んだものを益々遠ざける結果にしか帰着しないのだが、相手の存在に自己の実存の基礎を置いている依存的な人間においては、そのような沈着な判断を保持する余裕など有り得ない。病床の弘子を気遣って花見の誘いを断わった逸子の態度は一般に、紛れもない愛情の証明として認められ得るものだが、絶対的な愛情を飢餓に苦しむ人のように求め続ける弘子にとっては、あらゆる逸子の振舞いが厳格な審判の対象となるので、与えられ、示されたものだけで満足するという健全な心理的節倹は選びようがない。過剰な愛情に呪縛された人間が、酷薄な裁判官の相貌を纏うことは稀少な事例ではない。こうした切迫した事態は、両者の紐帯の慢性的な脆弱性に対する暗黙裡の懸念によって喚起され、強められる。それゆえに逸子が「他人の煙草」から「深い澄明な闊達の心持」を引き出すのは自然な帰結である。厳重に塞がれた窓の彼方に、限りない紺碧の大空が広がっているという普遍的な事実を、「他人の煙草」は改めて思い出させてくれるからである。

「まあ、可愛い!」

 二人の女は異口同音に叫んで顔を見合わせた。純粋な喜悦に心を貫かれ、愛を混えない共感の表情を見交わした。何という共感であろう。何カ月ぶりで、逸子と弘子は分け隔てのない心を、怖れ合わない心を、裸かの心を再び近づけ合うことができたのである。遠ざかる乳母車を見送って二人は身動ぎもしない。乳母車は樫の木蔭へ隠れた。二人は眼ざめた。そして完全な欠乏を、言いかえれば、或る完全な飢渇を二人の間に感じた。(「果実」『鍵のかかる部屋』新潮文庫 pp.216-217)

 愛情は恋人の存在そのものに対して直截に注がれる。他方、子供への愛情は一般に、夫婦における共通の理念の役割を担い、夫婦の密着した対面的な関係に一条の通風孔を穿つ効果を発揮するものである。恋人や配偶者に対する過剰な関心は、両者の紐帯が脆弱であればあるほど、存続の危殆に対する恐怖に煽られて、一層亢進する。逸子と弘子の関係は、その典型的な症例である。そうした閉塞の息苦しさを減殺する希望に満ちた理念として「赤ちゃん」が登場する。共通の理念に向かって生きることは、愛情の異様な梗塞を緩和しながら、同時に紐帯の確実性を高めるという意味で、二人の関係における重要な転換点を成している。同窓の女学生たちの悪意によって、望み通り「赤ちゃん」を手に入れた二人は、異様な情熱を燃え上がらせて育児に熱中する。

 逸子も弘子も倦怠と死の誘いから完全に免かれ、安全な共感の中にいた。二人はもう一緒に家を出ることはない。買物にはかわるがわる出た。買物は主に玩具である。四畳半の天井には幼児の眼をよろこばす玩具がとりかえ引きかえ吊られていた。それらが一せいに廻転するまばゆさは、幼児の神経を惑乱させた。

 晩夏の一日、赤ん坊は白い顆粒のある吐瀉物を吐いた。水分の多い下痢が数日前からつづいていた。しかし食慾は衰えない。逸子と弘子は栄養補充のために授乳の量を殖やした。嬰児は泣きつづけて止まない。時たま喪心したように眠りに落ちた。眠っている眼が心持釣り上ってみえる。呼ばれた医師は重篤な消化不良症という診断を下した。入院して三日目に嬰児は死んだ。(「果実」『鍵のかかる部屋』新潮文庫 p.221)

 嬰児の登場による束の間の蜜月と希望の恢復は、瞬く間に打ち砕かれて灰燼に帰す。密室で発見された二人の亡骸は、夏の苛烈な暑気を浴びて「熟み腐れた果実のように」異臭を放つ。この「果実」とは、二人の関係の幻想的な所産としての嬰児の暗喩であるように思われる。糜爛する「果実」のイメージは、愛情の悲惨な梗塞の残骸を表象している。三島の描き出す恋愛は「潮騒」という例外を除いて悉く、悲劇的な運命を免かれ得ないのである。

権威・支配・悪徳 三島由紀夫「怪物」

 三島由紀夫の短篇小説「怪物」(『鍵のかかる部屋』新潮文庫)に就いて書く。

 我々は日常に「善悪」という珍しくもない定規を振り回しながら、互いの長さや形状が異なるがゆえに衝突や係争を繰り返し、様々な事柄に「善」や「悪」のラベルを貼付して、それぞれの倫理的な世界観を構築し、絶えず編輯し続けている。けれども、この場合の「善悪」という観念は、通俗的な表現を伴って示される場合には概ね「好悪」の観念と同義語であり、同義であるというのが言い過ぎだとしても、両者の癒着は極めて根源的なものである。「悪」の普遍的な性質に就いて考究するということは必ずしも容易な作業ではない。何を以て「悪」と看做すかという問題は常に、何を以て「善」と看做すかという問題と不可分の関係に置かれている。そして「善悪」と「好悪」との区別が曖昧な状態へ向かって溶解している場合には、そもそも「善悪」とは主観的で相対的な問題であると定義されることになる。

 この「怪物」という短篇を通じて描かれるのは、血肉を与えられた「悪」の一つの形式である。松平斉茂という悪辣な貴族は、例えば金銭や名誉の為に他人の生命や財産や地位を毀損するのではなく、純粋に他人を毀損することそのものを目的として、数多の残虐な罪悪を犯してきた人物である。

 つねづね多くの人を傷つけ不幸にしているという自覚が斉茂の生きる支えになった。彼はおのれの身にそなわった、生れながらの一種仄暗い力を確信していた。たとえばまた、予感や当て物についての天与の才にも、狂的な自負を抱いていた。彼が或る男を呪う。その男は必ず死ぬか、重患にかかるかした。人の不幸を見ることはつきせぬ慰めであった。中年のころ柄にもなく慈善事業に凝った一時期を持ったが、それはひどい貧乏やひどい悪疫を見ることが目をたのしませたからである。

 彼は中傷や誹謗や離間工策や皮肉や罵詈雑言や根も葉もない噂や醜聞のたぐいをほとほと愛した。分不相応な出世をした男を失脚させたり、仲の好すぎる夫婦を破鏡の嘆に陥らしめたりすることには、おどろくばかりの情熱を賭けたが、この情熱は埒もない復讐の情熱であった。故ない幸福ほど彼の心に侮辱を感じさせるものはなかったのである。(「怪物」『鍵のかかる部屋』新潮文庫 p.184)

 「他人の不幸を愛する」という性向は一般に邪悪な特質として定義される。他者の不幸を祝福し、同時に他者の「故ない幸福」を劇しく憎悪するという斉茂の人間性に「悪徳」の名を冠するのは至極適切な判断である。しかも彼は、自らの幸福を願いながら果たせずに他人を逆恨みしているのではなく、他人を毀損し不幸の深淵へ陥落させること自体に歓びと生甲斐を見出している。つまり、彼にとって諸般の「悪徳」は何らかの欲望の充足に資する手段ではなく、それ自体が欲望の重要で執拗な焦点なのである。こうした考え方は、人間という種族に対して普遍的に適用される倫理学の試みの根底を突き崩すものである。何故なら、あらゆる倫理学的な努力や工夫は、人間に内在する「幸福」や「善」への欲求の普遍性を信頼し、前提することによって成立しているからだ。そのような前提を共有せず、寧ろ積極的に人間の幸福を破壊し、一般に「善」と看做されている諸価値の蹂躙や毀損に異様な情熱を示す性向は、純然たる「悪徳」の特徴である。作者によって次々に明かされる斉茂の過去の行状は、何れも他者に対する殆ど無益とさえ思える献身的な悪意に貫かれている。個人的な好悪を超越して、彼は只管「悪徳」の実現に向かって忠勤を励んでいるように見える。アリストテレスが「幸福」や「最高善」を、それ自体で完結する至高の価値と看做して称揚したように、斉茂は人間的不幸に対する迫害や侮辱としての「悪徳」を、至高の価値と看做して熱烈に信奉しているのである。

 しかしながら、作者は松平斉茂という反社会的な「怪物」の不道徳な行状を活写することに創造の情熱の総てを投じている訳ではない。彼は一種の不吉な実験のように、斉茂という「怪物」を重篤な病患へ追い込み、無力化し、純然たる「認識」の主体へ還元する。

 斎子の目の中に恐れがない。これが斉茂を絶望させた。憐れみもない。斎子は単純に親切でしていることである。今まで父の傍で家事を見てきたのも、結婚しないできたのも、決して犠牲のつもりではない。好きでしていることだ。斎子のその親身な「御気分はいい」の中に、斉茂はこれらの感情を見た。やりきれない発見である。向うへ行ってくれというしるしに目を閉じた。(「怪物」『鍵のかかる部屋』新潮文庫 pp.192-193)

 この叙述は斉茂の「悪徳」に関するもう一つの根本的な省察を示唆している。強いられた訳でもなく、自らの主体的な願望に基づいて、娘が身辺の世話を焼いてくれることは、一般的に病身の父親にとっては紛れもない「幸福」である。しかし、斉茂は恐らく他人の主体的な自由や意志を忌み嫌っている。彼が他人の幸福を破壊し、不可解な惨事の裡へ陥れることに固執するのは、それが人々の主体的自由を瓦解させる結果に帰着するからである。言い換えれば、斉茂の「悪徳」に対する度し難い欲望の源泉は、他者の自由を剥奪し、徹底的に支配し、所有することへの欲望の裡に存するのだ。こうした見地から眺める限り、松平斉茂という人物は一個の明瞭なサディストである。単に他人の苦痛を歓ぶことだけがサディズムの本質的な定義であるとは言えない。サディストにとって重要なのは、他者の主体性や自由や尊厳を壊滅させ、人間を一個の物質に還元することである。だからこそ、斉茂は斎子の「目の中に恐れがない」という発見に、支配者としての自己の無力を実感して絶望するのである。自己に対する他者の恐怖は、自己の権威や支配力の有効性に関する最も即物的な明証である。寧ろ斉茂の立場からすれば、斎子の献身的な看護や奉仕は「強いられた不本意な犠牲」であることが一番望ましい。不本意であるにも拘らず、完璧な隷属と献身を選択する以外に途がないという状況こそ、支配が完璧であることの明瞭な証拠となるからである。

 斉茂は他者を一個の無力な物質に置き換えるサディズムの欲望を携えて、これまで悪逆非道の限りを尽くしてきたのだが、皮肉なことに、重篤な病身へ転じた為に彼自身が、一個の無力な物質への変貌を余儀なくされている。こうした逆説を描くことが「怪物」という短篇の芸術的眼目であるように思われる。口を利くことも、四肢を動かすことも儘ならない状態では、子供の無邪気な悪戯にさえ抗う術がないのである。

 斎子は黙っていた。黙っているのが非難のしるしであって、すでに彼女は父を看病されるための愛着のある人形として扱っていたのだが、こういう言葉をきくと、父にも聴く耳、見る眼が残っていることを考えた。父の耳、父の目は肉体とは別のところにあるようであった。それはむしろ、この世へひっそりと向けられている別の世界からの耳や目のようであった。その別世界へ何事が聴かれようと、この世の恥にはならないのだった。この耳、この目の前でだけ、人は無恥厚顔にも有りのままにも振舞うことができるであろう。(「怪物」『鍵のかかる部屋』新潮文庫 p.200)

 他者を人形の如く玩弄することが生きる歓びの枢要を成してきた斉茂が、病患の為に「看護されるための愛着のある人形」として処遇される。斉茂は最後の力を振り絞って娘の不幸を実現させるべく浅ましく奮起するが、所期の効果を挙げず、彼の弱体化したサディズムは敗北を喫する。無論、これは単純な因果応報の物語ではない。作者の冷徹な眼力は、皮肉な事態の推移を詳細に描き出すばかりである。

虚無と栄達 三島由紀夫「訃音」

 三島由紀夫の短篇小説「訃音」(『鍵のかかる部屋』新潮文庫)に就いて書く。

 有能で人心掌握の技術にも長けながら、その人格の根底において酷薄で、権力に対する妄執に身を焼かれている若い財務官僚の内面の変遷を描いた「訃音」は、アプレゲールの青年たちの抱え込んだ「虚無」の症候に関する三島の様々な作品の系譜に列なるものであると言えるだろう。

 足を組んで、煙草に火をつけて、それを読み出した。

『……些事にまして、この世でわれわれを苦しめるものはない。怖ろしいのはむしろ嵐ではなくて、水平線上にあらわれた一点の雲である。彫刻家は時として細部のために悩み、詩人はたった一つの詩語のために思い悩む。世界を圧倒するほどの苦悩と謂ったものは、哲学的な天才の専有物ではなくて、たとえば歯痛という形で万人に与えられているものである。歯痛のなかにも世界苦の表白があるのであり、苦悩の等質性オモジエネイテが精神の問題に先行することを人々は忘れている。……』

 予期したとおり、断じて興味のある本ではない。局長は仮綴の翻訳書を鞄にしまうと、

「もう二三十分だね」

 と言った。(「訃音」『鍵のかかる部屋』新潮文庫 pp.140-141)

 「十九世紀の二流詩人の随想録」の翻訳として引用される上記の叙述は、この「訃音」という作品の主役である檜垣金融局長が後に陥ることになる、奇妙な精神的不均衡を暗示する伏線である。檜垣局長は異例の昇進を重ねた有能な自信家であり、自己の容貌に深い愛着を懐いて恥じないナルシシストでもある。彼は他人の印象を操作する為の身嗜みや振舞いに就いて非常に鋭敏な神経を備えている。この完璧な男が、愛用の象牙のパイプを紛失したという「些事」の為に心理的失調へ陥り、思わぬ社会的危殆に瀕するというのが「訃音」の筋書きの大雑把な要約である。

 大抵のものを軽蔑している結果、檜垣は愛想のよい人物と見られていた。酒の席では豪傑を装ったが、すこし人を見る目のある人間なら、彼の性格に豪傑風なところが微塵もないことを見破ったであろう。自然さが人間を大ならしめる要素であることをよく承知していて、あまり不自然な謙遜は差控えるほどに傲慢であった。彼はすこし中和した己れを世間へ示した。世間というものは、女と似ていて案外母性的なところを持っているのである。それは自分にむけられる外々よそよそしい謙譲よりも、自分を傷つけない程度に中和された無邪気な腕白のほうを好むものである。

 しじゅう冷たい満足、冷肉のような満足が彼の胃に溜っていた。満足が永つづきするためには、冷えていなければならない。或る人々にとっては野心がその身を灼くのであるが、彼の野心はものを冷やす作用をした。これは野心が高級で本物の証拠である。檜垣は「本物」という言葉を愛して、よく使った。(「訃音」『鍵のかかる部屋』新潮文庫 pp.145-146)

 世間に対する筋金入りの侮蔑が却って、機械的な愛想の良さを生み出すという絡繰は、正にニヒリズムの典型的な症例であると言えるのではないだろうか。本物の愛情は、本物であるがゆえに依怙贔屓の性質を持ち、誰に対しても等しく注ぎ得るものではないが、誰のことも愛さない人間は逆説的に、博愛主義の相貌を身に纏うことが容易となるのである。こうした消息は、如何なる価値の規範も信奉しないがゆえに、如何なる価値の規範に対しても束の間の忠誠を誓い得るというニヒリストの特徴の相似形に他ならない。厭世的な観念が常に、社会に対する露骨な敵意に帰着すると考えるのは早計である。檜垣の欲望は専ら権力の掌握に尽きているのであり、爾余の事柄は悉く「些事」に過ぎない。愛情が些事に過ぎないならば、如何なる対象を愛することも彼にとっては任意の容易な行為に他ならないのである。

 闇のなかで、ふと檜垣の唇に憐憫の微笑が泛んだ。これは時折、誰もいない折に発作のように泛んでくる微笑である。ありふれた微笑ではない。強いて譬えれば美しい女が、誰も見ていない場所で一糸まとわぬ姿になって寛ろぐときに、ふと洩らす微笑の他には類例のないものである。

 酒が心地よく体にゆきわたって、この一種慈悲のようなもの、自分以外の一切の価値に対する憐憫、というよりは人類愛みたいなもの、(檜垣にはこうしたものがみんな同じ種類の酩酊のように思われる)、こういう感情をなぞってゆくのに好適な音楽的な気分が醸し出される。(「訃音」『鍵のかかる部屋』新潮文庫 pp.155-156)

 こうした「憐憫」が極めて傲慢で虚無的な心情の所産であることは論を俟たない。自分だけが世界の構造を正しく把握し、誰も知らぬ社会の秘鑰を知悉しているという不遜な確信がなければ、このような驕慢な「憐憫」が檜垣の精神を充足させることは有り得ないだろう。他者に対する徹底的な侮蔑が、殆ど神秘的な友愛の仮面を作り出すという奇術は、ニヒリストが社会に適応し、迎合する為に駆使する欺瞞の常套である。そして檜垣は、持ち前の精錬された奇術が見事に奏功して、法外な社会的栄誉を自身に齎している世間の現実に満足している。その満足が「自分以外の一切の価値に対する憐憫」という醜悪な情緒的陶酔を分泌するのである。

 こうした境涯を破壊するものは一般的に、秘匿された悪徳の社会的露顕であろうが、それ以前に先ず、檜垣の完璧な挙措に失調を齎すのは一つの「些事」である。つまり「愛用のパイプの紛失」という至極凡庸な蹉跌が、彼の流麗な立ち居振る舞いを混乱へ導くのである。

 檜垣はこんな沈滞した風景には興味がない。ましてこの土地は自分の生れ故郷でも何でもない。ただ失くしたパイプのことばかり考えた。あの手の象牙のパイプは、代りを探すのが難儀なものではあるまい。大して高価な品でもない。格別の由緒、格別の思い出のまつわった品でもない。どこで買ったのかさえはっきり思い出せない位である。人からの贈物であるかもしれない。いつからともなく彼の掌に馴れ、彼の指先に馴れ、象牙特有の哲学的な色艶を得、彼の生活に欠くべからざるものとなったのである。残り惜しさの理由は、使い馴れたという点にしかない。しかしかけがえのない感じは、これだけの理由で十分であった。おそらくこれ以上の理由は見つかるまい。

 檜垣の目は空しくパイプを夢み、その目には他の何物も映らなかった。理性が何度もこうした感情を笑殺しようと試みるが果さない。檜垣のような男が協議会へ赴く車中で参考書類に目をとおしもせず、失くしたパイプに心を奪われていようなどとは、有りうべからざることである。にもかかわらず、些細な失せ物は彼を思い悩ました。(「訃音」『鍵のかかる部屋』新潮文庫 p.163)

 あらゆる社会的価値への侮蔑によって法外な虚無的自由を獲得した男が、このような「些事」に心を囚われて失調するというのは皮肉な逆説である。或いは見方を換えれば「些細な失せ物」による心理的不安定化という事実は、檜垣の卓越した政治的才覚が、如何なる価値にも敬服しないニヒリズムによって賦活されていることを立証しているとも言えるだろう。しかも、そのパイプに対する奇態な偏執の理由は、檜垣自身にとっても定かなものではない。パイプ自体に、他の何物にも代え難い固有の客観的価値が認められるならば、檜垣は安心して失せ物の悲憤を訴え、八方手を尽して発見に奔走することも出来ただろう。しかし、パイプ自体が極めて凡庸で特別な由緒を持たないものであるがゆえに猶更、檜垣の固執は彼自身の従前の主義主張を裏切るものとなる。「些事」への固執は、彼の虚無的自由を破壊する危険な蹉跌となり得るのである。

 こうした檜垣の息苦しい屈曲を救済するのが、他ならぬ彼の妻の唐突な「訃音」であったというところに、我々は作者の意地悪な冷笑を見出すだろう。檜垣の憂愁は「些細な失せ物」ゆえの動揺の増幅された形態に過ぎないのに、周囲は彼を「妻の死という苦しみに耐えながら公務を全うする偉大な人物」として誤解し、讃嘆するのである。図らずも彼の小さな蹉跌は、望外の果報を齎したのだ。

 檜垣はまわりの誤解を正確に判断した。妻の死をいつも心の底から待ち希んでいたがそれがおそらく大々的な喀血のおかげか何かで突然こんな風に叶えられてしまったものであろう。彼は檜垣家の財産の完全な所有権者になり、英子は後妻に迎えられることとなろう。その上彼自身の原因不明の憂愁には、見事な表てむきの理由(これぞ唯一のもの!)が与えられたのである。檜垣は気力の回復を感じた。彼は到着した晩の彼と同じであった。象牙のパイプなんか糞喰らえだ!(「訃音」『鍵のかかる部屋』新潮文庫 pp.176-177)

 この結末において暗示される奇怪な「価値の逆転」は、檜垣という男の邪悪なニヒリズムを殊更に強調しているように見える。愛用のパイプの紛失は、極めて深刻な問題として檜垣を悩ましたのに、妻の死という重大な悲報は専ら「些事」として、寧ろ好都合な事態の到来として受け止められている。「些事」に関する一般的な定義が反転させられることで、檜垣という人物の内面を蚕食する虚無の怪奇な性質が一層、鮮烈に明示されているのである。この「訃音」とは要するに、極めて陰惨な諧謔に覆われた一篇の笑話なのだ。

「日常」という監獄 三島由紀夫「慈善」 2

 三島由紀夫の短篇小説「慈善」(『鍵のかかる部屋』新潮文庫)に就いて書く。

 よしこのような粗暴な決心が、朝子への思いがけない感情の傾斜度に、あとからつけた照れ隠しの理窟であったにせよ、彼はこうして行為を簡単明瞭にジャスティファイしてくれるような思考の世界へ、再びはまりこんでいたと云うべきである。青年らしい虚栄心は、しばしばこうした浮薄な動機から悪に近い行為へ導きもするが、決して悪そのもの、どうにも正当視されぬような行為へは導いてくれないのだ。悪徳の虚栄心が悪徳そのものの邪魔立てをする。「魂の純潔」なるものを保たせようとするならば、少くとも青年には、美徳の虚栄心よりも悪徳の虚栄心の方が有効なのである。(「慈善」『鍵のかかる部屋』新潮文庫 pp.121-122)

 要するに康雄は如何なる「行為」を求めているのだろうか。あらゆる思想を、自己正当化の方便として利用する恣意的なニヒリズムが、「戦争」及び「放蕩」という彼の属する二つの主要な世界において、柔軟で自在な活躍を支える重要な原動力として働いたことは既に作者によって語られている。論理は任意に組み合わされて、個人の身勝手な欲望や衝動的な蛮行を弁護する尤もらしい法律の役割を担う。所詮「思想」とは、その程度の便宜的な手段に過ぎないという康雄の「無軌道な諦観」は、そもそも「美徳=悪徳」という倫理的区分を失効させるものである。彼にとって「思想」は、諸々の具体的行為の良し悪しを裁定する最高位の審級を占めるものではなく、寧ろ行為を擁護する為に臨時で雇用され、頤使される便利な奴隷に過ぎない。それゆえに「思想」によって支配されたり悔悟に達したりする倫理的な苦闘は、彼の放縦な生活とは無縁である。敗戦という「大きな耀かしい失望」を契機として、康雄は何らかの理由に強いられて、従来の「無軌道な諦観」の限界を自覚し始める。戦時下の「破局」が約束されていた世界において、道徳的責任という理念は畢竟、無意味な御題目に過ぎなかっただろう。確実な未来を所有することの出来ない人間に、刹那的な虚無主義の廃絶を要求しても不毛である。けれども敗戦は、確実な未来に対する明朗な信頼を復活させた。それは日常生活における道徳的=社会的責任という理念の大規模な復権を示唆する。何より、それまで遵奉されてきた価値観の根源的で急激な変貌を含意する。康雄が「どうにもジャスティファイされないだろうような行動」(p.108)の探究に踏み切ったのは、従来の「無軌道な諦観」を支える根源的な「アモラリティ」(amorality)の延命を図る為である。無論、戦時下における康雄の「アモラリティ」と「無軌道な諦観」は、所謂「悪徳」とは区別されねばならない。「悪徳」は明確な倫理的標準への抵触を意味するが、アモラルであるということは、そもそも明確な倫理的基準自体が破綻して、如何なる指導力も発揮し得ない状態を指しているからである。

 こうして彼の冒険が至るところであの確実さという壁に彼を突き当らせた。それは矛盾ではなかったか。彼はまず確実さの中に冒険を求めたのではなかったか。是認されがたい行為への欲求も、この一風変った、しかし困難な冒険心だけがみたしうるものではなかったか。

 ともすると彼は方法を間違えているのかもしれなかった。どうにもジャスティファイされぬ行為というものを悪徳の中にだけ探し求めている彼は、誤っているのかもしれなかった。それを悪徳以外の場所に探しさえすれば、この確実さの壁も破れ、確実さへの冒険も可能になるのではなかろうか。(「慈善」『鍵のかかる部屋』新潮文庫 pp.123-124)

 「悪徳」の内部にさえ、堪え難いほどに確実な未来への信仰が息衝き、不壊の反復が埋め込まれていることを知って、康雄は愕然とし、失望する。彼が「悪徳」を求めたのは、急速に復興を遂げつつある堅牢な日常的秩序への抵抗の根拠を構築する為である。「どうにもジャスティファイされぬ行為」とは要するに、如何なる「意味」にも「理念」にも還元されない虚無的な自由を示唆する表現であると考えられる。そうした融通無碍の自由を奪還する為には「悪徳」と呼ばれる営みを経由することが最適であると、康雄には思われたのである。しかしながら「悪徳」は必ずしも「確実性」の原理に背反しない。秀子との定期的な情事は紛れもない淪落の営為だが、それさえ平穏な世界においては持続的な習慣と化し、或る強制的な法則としての権威を帯びてしまうのである。「悪徳」は、世界の緊密な確実性を震撼するどころか、寧ろ単調な反復としての日常性に屈服し、併合され、本来の野蛮な毒性を削り取られて、陳腐で見苦しい不品行へと堕落させられてしまう。矮小な悪事の醜さは、世界の終末を齎すような壮麗な破壊とは無縁である。堅固に構築された日常性は、英雄的な功績の樹立される可能性を減殺すると共に、諸々の悪事さえも瑣末な過失の類に貶めてしまうのである。偉大なる善行が不可能な世界では、眼を覆いたくなるような非人間的な大罪もまた犯し得ない。極楽と地獄とを往還するような莫大な振幅は禁じられ、退屈な善人と卑小な悪人だけが巷間を闊歩する。「悪徳」は「美徳」との間に相互的な補完の密約を結んでいる。「美徳」に刃向かう為に「悪徳」を持ち出すのは、それ自体が退屈な誤算に過ぎない。

 戦争が道徳を失わせたというのは嘘だ。道徳はいつどこにでもころがっている。しかし運動をするものに運動神経が必要とされるように、道徳的な神経がなくては道徳はつかまらない。戦争が失わせたのは道徳的神経だ。この神経なしには人は道徳的な行為をすることができぬ。従ってまた真の意味の不徳に到達することもできぬ筈だった。

 しかし秀子が不用意に言った言葉によれば、康雄と秀子とは道徳的な神経をこれっぽちも持たずに、やすやすと不貞に到達することができたらしい。無道徳がやすやすと不徳に到達したらしい。それならば、と康雄は考えるのだった。どうしてそれがやすやすと道徳へも到達しない筈があろう。(「慈善」『鍵のかかる部屋』新潮文庫 p.133)

 アプレゲールの青年たちが抱え込む奇妙な寂寞は、戦時下の世界で養われた「無道徳」の畏怖すべき自在な境地と、戦後社会の要求する堅固な日常的秩序との矛盾に由来するものであると思われる。無論、戦時下においてさえ、軍国主義的色彩を濃密に伴った「道徳」が強制的な規範として猛威を揮っていたことは明瞭な史実である。しかし、客観的に流通する個別的な徳目と、人間に内在する「道徳的神経」の機能的な不全とは必ずしも対立しない。そして個別的な徳目を「美徳/悪徳」の何れの範疇に配置するかという問題は、時々の社会の性質や趨勢に応じて無限に変容し得る。言い換えれば、人間の「道徳的神経」とは「罪悪」に関する感受性の機能を指している。その感受性が壊れてしまえば、如何なる行為に及んでも、罪責の観念に苛まれたり、或いは正義の観念に陶酔したりすることは不可能となる。「罪悪」の徹底的な相対性に浸蝕された魂魄は、如何なる行為を選んでも、揺るぎない「美徳」や「悪徳」の称号を信奉することが出来ない。「罪悪」に対する不感症こそ「無道徳」という概念の本義である。それゆえに康雄は不貞の関係に深入りしても「悪徳」の実感を享受することが出来ないのである。彼の「無軌道な諦観」は、あらゆる行為を肯定すると同時に否定している。明瞭な「価値」の基準が存在しない世界では、彼が幾ら望んでも「善行」や「悪行」に到達することは許されない。

 絶対に無道徳な貞節というものが可能ではあるまいか。絶対に道徳を知らないで道徳に奉仕することができはすまいか。無道徳という無限定が、その無限定のために、やすやすと不徳乃至道徳という限定に包まれうるものならば。象が大きすぎるというだけの理由で鼠に負けるならば。

 ――絶対に動機のない、絶対に道徳的基準のない善行がここにあるのだ。善行の善という属性は外から与えられたもので、最後まで内部とは無関係だ。すると彼は動機において決してジャスティファイされない行為をもつわけだ。なぜならもともと正当な行為をどうしてジャスティファイすることができよう。

 ――彼は今日以後確乎として崩れない慈善家の眼差を持とうと決心するのだった。さしあたっての善行は、この世にもノンセンスな貞節を成就させること、秀子と別れることなのである。(「慈善」『鍵のかかる部屋』新潮文庫 pp.133-134)

 こうした叙述は、極めて冷笑的なニヒリズムの自覚を意味するものに他ならない。一縷の「道徳的神経」さえ保持せぬままに、人間は「善行」を積み重ねたり「悪行」に手を染めたりすることが出来るという省察は、あらゆる徳目や罪過を徹底的に皮相なものとして遇するという態度と相関している。罪悪を知らぬ咎人、正義を弁えぬ聖者として生きること、これが康雄の新たな決意であり、戦後社会に対峙する為の私的な骨法である。若しも「道徳的神経」が生き延びていたら、悪事を働くにせよ、慈善を志すにせよ、一つ一つの行為や決断には絶えず煩瑣な内省が附随し、矛盾と葛藤の苦しみが派生するだろう。それゆえに彼は生粋の「善人」にも「悪人」にも徹することが出来なかっただろう。しかし「道徳的神経」の消滅は、そのような思想的格闘の発生する土壌自体の消滅を含意する。明瞭に自覚されたニヒリズムが、日常性の監獄に対する防疫の手段として康雄の内面に備わる。事物の背後に超越的な「意味」を探究する内面的な生活は棄却され、代わりに事物の「表面」だけが特権的な注目を享受するようになる。

 全く無動機の善行がこうも確実な善をいくつとなく地上にばらまいてゆくのでは、人間は救われない気持がした。善は彼の手を離れて、星のような恒久不変なものになって、金輪際彼の行為をジャスティファイしてくれる由もないのだった。今では彼の行動をどうにもジャスティファイしてくれぬ思考の正体がわかりかけた気がするのだった。それは人が「宗教」と呼ぶところのものである。彼はこのままの気持では子供を待つことができないと感じ、子供を始末するような行動から自分を救うために、何らかの宗教に帰依しなければと決心した。ところが読者もすでに見られるとおり、彼にはその重要な条件が欠如しているのだった。――それは「悔恨」である。(「慈善」『鍵のかかる部屋』新潮文庫 p.138)

 康雄の選び取った「無動機の善行」は、偶然とはいえ他人の様々な「幸福」を産み落とす。それは彼の内面的な充足を齎す揺るぎない現実であると言えるだろうか? 寧ろ予期しない善果の続発は、却って「善行」というものの価値に対する彼の虚無的な感想を深めるばかりではないだろうか。「道徳的神経」から切り離された善行、如何なる善意とも無縁の善行は、彼の行為や生活を一切庇護せず、正当化もしない。無論「悔恨」もまた「道徳的神経」の一部である。康雄の試みた欺瞞的な処世術は極めて急速に罅割れ、瓦解する。それは「道徳」が「日常」という監獄を形作る重要な骨格であることの間接的な証明であると言えるのではないだろうか。「日常」という新たな戦後的審級が、康雄の「無道徳」を断罪したのではなかろうか。

「日常」という監獄 三島由紀夫「慈善」 1

 三島由紀夫の短篇小説「慈善」(『鍵のかかる部屋』新潮文庫)に就いて書く。

 ……かくてまた、三度三度の食事がはじまるのだった。露西亜の或る詩人が書いているように、「僕の前に無限につづく食事の連鎖を見るのは」たまらない。しかし戦争からかえってみると、この無限の食事の連鎖のために働らくことが、今更らしく彼の冒険心を刺戟した。そこで復員匆々、水野康雄は、大学には籍だけ置いて、或る火災保険会社に外交員として雇われた。ひとつにはどんな危険にも馴れっこになってしまった彼だったので、彼を新鮮な刺戟でくすぐるものとては、彼がまだ馴れていない「絶対安全」とか「安全確実」とか「安全第一」とかいう類いの安全に関するモットーの他にはないように思われたからだった。(「慈善」『鍵のかかる部屋』新潮文庫 p.106)

 敗戦から七十余年を経た現代では最早、耳慣れない死語の眷属と化してしまった「アプレゲール」(「戦後派」を意味するフランスの語彙)という言葉の特殊な音色が、三島の遺した幾つかの作品の内奥に殷々たる反響を閉じ込めている。三島の文業の本格的な出発が遂げられた昭和二十年代は、敗戦によって生じた甚大な精神的空白と社会の急激な変貌に伴う混乱によって、無軌道で破滅的な青年たちの犯罪が世間の耳目を騒がせた時代である。実際、三島は「光クラブ事件」や「金閣寺放火事件」など、アプレゲールによる奇態な犯罪の典型と目される事件に取材して「青の時代」や「金閣寺」を書き上げている。敗戦による社会の激変が齎した虚無的な心情に対する三島の持続的な関心は、彼自身が紛れもないアプレゲールの青年の一人に他ならなかった為に醸成されたものであろうと推察される。

 戦時下の生活において、人間の精神は「死」及び「終末」との類例のない親密な関与を強いられる。明日焼夷弾が降り注げば、それで今生の幕切れと相成るかも知れない生活の持続は、日常的な秩序の依拠する「反復」への信頼を致命的に瓦解させる。言い換えれば、戦時下の生活は「生活」という概念が本来内蔵している安定的な未来への信頼を欠いているがゆえに尋常な「生活」の規範から逸脱しているのである。三島の「滅亡」に対する奇矯な願望は、彼個人の局限された特性に留まらず、この時代を蚕食した癒やし難い宿痾の産物である。そして、俄かに下賜された厖大な未来への希望が、滅亡の到来に対する確信を自らの実存的基礎に据えていた人々の精神に適応の失調を齎すのは、構造的な必然であるように思われる。

 しかし康雄の中には青年時代のはじめに人を襲うあの精神的な欲求も夙く目ざめた。その結果、行為をジャスティファイすることが思想の実用的価値だという生意気な諦観も人に先んじて得られたわけだが、さて戦争がはじまってみると、青年が進んで戦争へととび込むためにこの若々しく無軌道な諦観ほどお誂え向きなものは一寸見当らなかった。なぜならこの種の諦観のみが、放蕩と戦争を同一線上に置きうるからだ。彼は学徒出陣で海軍へ入り、勇敢であった。

 ――戦争が終った。大きな耀かしい失望だ。それが彼に彼自身の行動をどうにもジャスティファイしてくれぬような新らしい思考の必要をはじめて切実に感じさせた。その前提として彼はどうにもジャスティファイされないだろうような行動をさがす必要があった。つまりそんな行動から逆にそういう思考への探りを入れようとして。――たとえばその叔父さんが本当に怒りん坊であるかどうかを試すために、叔父さんの鞄から大事な中味を盗み出しておく子供のようにして。(「慈善」『鍵のかかる部屋』新潮文庫 pp.108-109)

 敗戦が「大きな耀かしい失望」を意味するという表現は逆説めいて聞こえる。しかし、アプレゲールの虚無的な青年たちの心情は、正に「大きな耀かしい失望」の急激な誕生と共に育まれたのである。彼らは敗戦を契機として猛烈な速度で始まった復興期の社会において、賢明な適応から疎外された人々であった。平穏な日常の恢復を何よりも有難い至上の幸福として万人が享受し得るとは限らない。寧ろ約束された滅亡の宿命によって、不条理な現実の荒廃から自己の魂を保護していた人々にとっては、敗戦による恒久的な平和の再建は、不透明な監獄への幽閉を意味したのである。戦争と軍国主義こそ堪え難い陰惨な監獄であったと信じる人々は、アプレゲールの青年たちの虚無的な心情を不可解な悪徳として批難し、排斥しただろう。純金のように貴重な平穏を愛さない背徳的な種族への無理解は、戦時下の記憶が薄れるほどに強まり、彼らを窮迫させただろう。「若々しく無軌道な諦観」に支配された若者たちは、戦争の惨禍さえアナーキーな愉楽の源泉のように遇したのである。避け難い全的な破滅の約定は、人々の精神を道徳的な責任の意識から解放する。未来の消滅が不可避であるならば、未来との間に如何なる倫理的関係も結びようがない。それゆえのニヒリスティックな自由が氾濫する戦時下の世界では、気高いヒロイズムと自堕落な蛮行が一体的な理念を形成していたのである。

 しめったきらびやかな毛織物のような感覚を皮膚に与える五月の明るすぎる日光が、その朝、康雄には何故か重たく感じられた。S駅で下りて保険会社の建物へと歩く道すがら街路を明快に区切っている日ざしからも、彼は的確さが与える不安に似たものを感じた。それは何だろうかと彼は考えた。そして保険会社の痩せたコリント式円柱のそばをとおって二三段の石段に足をかけたとき、それが紛う方もない『今日もまたあの雨戸の信号どおりに彼女の家へ行けば、そこには間違いなく例の行為が待っている』という事実の確実さ、その確実さが今朝から心に与えていた鬱陶しさであることを彼は理解した。本当の喜びは最初の一日にしか味われなかった。この戦争時代の子は、日曜日以外は外出禁止という生活に馴れて、日常生活を失くしてしまった。さればこそ戦後の日常生活が彼の冒険心を誘ったわけだったが、悪徳にさえ日常生活のあることを発見しては今更ながら興褪める思いだった。ゆめジャスティファイされないような行動への決心も、どうやらこの発見のおかげで鈍った。毎朝勤めへ出ると同じ殺風景な机が彼を待っているように、あの信号に応じてゆくと同じ御馳走が彼を待ちかまえているのではたまらない。行けば必ずそこにそれが在る、こういう定理のやりきれなさに彼は弱いのだった。(「慈善」『鍵のかかる部屋』新潮文庫 p.116)

 「日常生活の喪失」という精神的な特徴は、戦時下の破滅的な生活に染め抜かれた人々に共通する危険な痼疾である。確実な未来を所有することが「日常生活」を営む上では最も肝腎な基盤として機能するのだが、絶えず滅亡の予兆に駆り立てられながら無軌道な青春を過ごした人々にとっては、そのような所有は寧ろ抑圧的な手枷となる。本来ならば平穏な日常を毀損する逸脱の行為であるべき不貞の悪徳でさえ、やがて単調な反復の秩序の裡に組み込まれ、如何なる破滅的な屍臭とも無縁の事務的な関係へ変異してしまう。こうした現実は、日常生活という枠組みの畏怖すべき堅牢な構造を、アプレゲールの青年たちに思い知らせ、絶望させる効果を宿している。潰滅的な破局が訪れる見込みは刻々と縮減され、如何なる悪徳も毒気を抜かれた単純な過失に貶められ、英雄的な浪漫主義や悲劇的な栄光は遼遠たる過去の朽ちた遺物と化す。偶発的な「事件」の勃発を期待する心情は悉く挫折を命じられる。こうしたアプレゲールニヒリズムという主題は作者によって繰り返し取り上げられ、否定的な世評に葬られた大作「鏡子の家」へと発展していくことになる。

綺語の伽藍 三島由紀夫「祈りの日記」

 三島由紀夫の短篇小説「祈りの日記」(『鍵のかかる部屋』新潮文庫)に就いて書く。

 平仮名を潤沢に含んだ女性の一人称による語りは、同じく三島の最初期の作品である「みのもの月」にも共通する特徴的な様式である。フランスの心理小説の伝統と共に、三島の深い文学的教養の重要な地盤を成す王朝期の古典の影響が窺われる。後年の硬質で理智的な文体とは対蹠的に、流麗な和語の纏綿たる蠕動が、息の長い律動を伴って独自の境涯を築いている。筋書き自体は、それほど複雑なものではないし、そもそも重大な価値を作者によって認められているようにも思えない。「花ざかりの森」も「みのもの月」も、或る何らかの客観的な事実や、堅牢な物語の構築に対する野心とは無縁の衝迫によって綴られた作品であるように感じられる。言い換えれば、この時期の三島の主要な関心は「物語」よりも「詩歌」に向けて捧げられていたのではないかと推測される。言葉を通じて何を描き出すかという戦略的な意図よりも先ず、言葉そのものの美しさや、燦然たる感覚的跳躍そのものを玩味することが重視されているのである。

 一つ一つの感覚的表象を束ねて首尾一貫した構造物を建設する為には、理智的な統御の力を行使する必要がある。目紛しく移り変わる主観的な印象の断片に見蕩れている限り、そうした大仰な工事を最後まで貫徹することは困難である。詩人は事物の構造や関係を明晰に語るのではなく、言葉そのものの配列や色調や変遷に尽きせぬ関心を懐き、それらを楽譜のように列ねることに自らの本分を見出す。詩人は言葉の美しさを何よりも強く劇しく珍重するが、小説家にとっては、一つ一つの単語の粒立った美しさや、単語の群れが織り成す絢爛たる紋様の輝きは、寧ろ食い破るべき欺瞞として顕れる。抒情的な綺語の裏面に封じられた諸々の酷薄たる現実を剔抉しない限り、小説に固有の衝撃力は賦活されない。言葉としての美しさが、小説の価値を判定する基準として用いられるのではない。それゆえ、却って詩人の方が四囲の現実に対する冷淡な虚無主義を持していると考えられる。彼らは現実的な美しさを黙殺してでも、言葉としての美しさを優先し、その超越的な韻律の錬成に心を砕くのである。

 煌びやかな綺語の集積に耽溺し、退屈で見苦しい現実を蔑視する態度に就いては、他ならぬ三島自身の手で、例えば「詩を書く少年」と題された短篇において分析されている。

 彼は自瀆過多のために貧血症にかかっていた。が、まだ自分の醜さは気にならなかった。詩はこういう生理的ないやな感覚とは別物である。詩はあらゆるものと別物である。彼は微妙な嘘をついていた。詩によって、微妙な嘘のつき方をおぼえた。言葉さえ美しければよいのだ。そうして、毎日、辞書を丹念に読んだ。(「詩を書く少年」『花ざかりの森・憂国新潮文庫 p.102)

 「言葉さえ美しければよい」と断言して躊躇いも恥じらいもせずにいられることが、若年ゆえの倨傲な特権であるならば、確かに詩歌という様式は、青年に固有の表白の手段であると言えるだろう。美しい言葉に備わる魔術的な効能を確信し、美しくない不愉快な現実を露骨に軽侮していられるのは、坂口安吾の表現を借りるならば「老成の実際の空虚」に由来する暫定的な廉潔に過ぎないのではなかろうか。「詩はあらゆるものと別物である」という信条は、現実の実質的な克服に根拠を有するものではなく、飽く迄も現実から独立した詩語の閉鎖的な性質に対する依存に基づいている。本当に追い詰められたとき、単なる煌びやかな修辞の羅列は聊かも人間の精神を慰藉しない。仮に言葉が魂を慰藉し得るとすれば、それは言葉が単なる空疎な綺語に留まらず、言葉だけの規則や体系の裡に逼塞することもなく、不合理な現実との間に有機的な聯関を架橋している場合に限られる。

 少年の書く詩には、だんだんに恋愛の素材がふえた。恋をしたことはない。しかし詩が自然物の変貌にばかり托して作られることは彼を飽かせ、心の刻々の変貌を歌うことに、気が移って行ったのである。自分のまだ経験しない事柄を歌うについて、少年は何のやましさをも感じなかった。彼には芸術とはそういうものだとはじめから確信しているようなところがあった。未経験を少しも嘆かなかった。事実彼のまだ体験しない世界の現実と彼の内的世界との間には、対立も緊張も見られなかったので、強いて自分の内的世界の優位を信じる必要もなく、或る不条理な確信によって、彼がこの世にいまだに体験していない感情は一つもないと考えることさえできた。なぜかというと、彼の心のような鋭敏な感受性にとっては、この世のあらゆる感情の原形が、ある場合は単に予感としてであっても、とらえられ復習されていて、爾余の体験はみなこれらの感情の元素の適当な組合せによって、成立すると考えられたからであった。感情の元素とは? 彼は独断的に定義づけた。「それが言葉なんだ」(「詩を書く少年」『花ざかりの森・憂国新潮文庫 p.110)

 総ての元素を掌中に収めていれば、如何なる化学式も自在に諳んじることが出来るという聊か驕慢な信念は、総ての事象を数学的証明によって定義しようと試みるプラトニックな思惟の様式を想起させる。少年は「新しい体験」というものの実在を信用していない。無論、あらゆる芸術が常に具体的な現実の精密な反映や模写でなければならないという偏狭なリアリズムは批判される必要がある。しかし同時に、森羅万象を「言葉」という体系の内部に幽閉し、完結させる態度も論難されるべきであろう。少年にとって四囲の現実は、無菌室に保管されたプレパラートの中の僅少な標本に過ぎない。顕微鏡で覗き込んだ些細な検体だけを頼りに、彼は世界の総てを把握し、理解したという大仰な確信の裡に憩っている。そのとき、芸術の本質は純然たる物質的技術の問題に還元され、生得的な感受性の水準だけが、作品の価値を直截に規定する唯一の根拠として崇拝されることになる。それならば、芸術は感性の遊戯に過ぎないのだろうか。私は別に、芸術の倫理的な意義を声高に強調しようと試みているのではない。詩歌の価値を独断的に貶下する意図もない。辞書に記された言葉の暗誦に長ずることが詩人の才能であるならば、それは退屈な趣味に過ぎない。しかし、辞書を編輯する人々にとっては、一つ一つの語釈の執筆が不合理な現実との絶えざる交錯の所産である筈だ。言葉の彼方に存在するものを把握せずに、言葉だけで優れた生を形作ることは不可能である。