サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

2020-02-01から1ヶ月間の記事一覧

納富信留「ソフィストとは誰か?」に関する覚書 1

納富信留の『ソフィストとは誰か?』(ちくま学芸文庫)に就いて書く。 古代ギリシアの哲学者プラトンに関して、日本を代表する高名な研究者である納富氏が、本書において展開している古代哲学史に就いての緻密な考究の方針は、柄谷行人氏が『哲学の起源』(…

地上の愛慾に身を焦がして 三島由紀夫「みのもの月」

三島由紀夫の短篇小説「みのもの月」(『ラディゲの死』新潮文庫)に就いて書く。 表題の「みのもの月」とは漢字で書けば「水面之月」であり、要するに水面に映じた不安定に揺らぐ月影を意味している。劈頭に掲げられた「往生要集」からの引用が示唆するよう…

「夭折」の再演 三島由紀夫「朝の純愛」

三島由紀夫の短篇小説「朝の純愛」(『女神』新潮文庫)に就いて書く。 昭和期の戦後文学を代表する多才な文豪であった三島由紀夫の業績を要約して、要するに彼の取り扱った最も重要な主題は「アンチエイジング」(anti-aging)であったと断定したら、何を下ら…

近親姦と死者 三島由紀夫「雛の宿」

三島由紀夫の短篇小説「雛の宿」(『女神』新潮文庫)に就いて書く。 この簡素な作品には、歴然たる霊異の彩色が盛られており、官能と禍々しさの入り混じった情景の数々は、単純な怪談とも割り切れない独特の風味を備えている。女子の成長を祈念する桃の節句…

Cahier(総てが「物語」であるのならば)

*まるで定期的な衝動が迫り上がるように、難解な古代ギリシア思想の断簡や後世の概説を啄む日々から離脱し、懐かしい風景に巡り逢うように、三島由紀夫の短篇小説を読み漁る生活に復帰している。 哲学は専ら純然たる理窟の伽藍であるように思われがちだが、…

退屈な幸福と、ロマネスクな不幸 三島由紀夫「鴛鴦」

三島由紀夫の短篇小説「鴛鴦」(『女神』新潮文庫)に就いて書く。 一般に「鴛鴦」とは仲の睦まじい夫婦や恋人の比喩に用いられる言葉である。その比喩に相応しく、この作品に登場する久一と五百子のカップルは頗る気の合う二人で、無難で保守的な処世訓の信…

「訓誡」に化身した宗教的愛慾 三島由紀夫「侍童」

三島由紀夫の短篇小説「侍童」(『女神』新潮文庫)に就いて書く。 年長者が教育や訓誡を建前として年少者を寵愛する風習は、例えば古代ギリシアにおける「少年愛」(paiderastia)などの豊富な歴史的事例を備えている。この「侍童」における伊佐子と久の迂遠…

「媚態」のニヒリズム 三島由紀夫「恋重荷」

三島由紀夫の短篇小説「恋重荷こいのおもに」(『女神』新潮文庫)に就いて書く。 この作品を一つの簡素なラベルで要約するとすれば、恐らく「三角関係の話」ということになるだろう。尤も、この短い小説の裡に詰め込まれた幾つかの場面には、一般に「三角関…

紺碧の誘惑 三島由紀夫「蝶々」

三島由紀夫の短篇小説「蝶々」(『女神』新潮文庫)に就いて書く。 この作品で扱われる主題もまた、「女神」という短篇の集成に収められている他の小説と同様に、或る男女の恋愛の様相であるが、極限まで切り詰められた簡素な略画のように見える「白鳥」や「…

「肉慾」の蔑視 三島由紀夫「哲学」

三島由紀夫の短篇小説「哲学」(『女神』新潮文庫)に就いて書く。 古今東西を問わず、人間関係の苦悩というものは地上に途絶えたことがなく、況してや複雑な欲望の混淆する性愛の紐帯に就いては、多くの人間が様々な形態の煩悶や悲劇に苦しめられ、場合によ…

重なり合う私たちの、分かち合う盲目 三島由紀夫「白鳥」

三島由紀夫の短篇小説「白鳥」(『女神』新潮文庫)に就いて書く。 この小説もまた「接吻」や「伝説」と同様に、恋愛の渦中にある男女の繊細な心理の動きを的確に捉え、省かれた筆致でさらさらと描き出す種類の小品である。例えば傑作「金閣寺」における凄絶…

偶然性の「照応/暗合」 三島由紀夫「伝説」

三島由紀夫の短篇小説「伝説」(『女神』新潮文庫)に就いて書く。 例えば「宿命」という言葉は、それを科学的な仕方で厳密に実証することは出来ないにも拘らず、いや、だからこそ、或る強力な信憑として私たちの精神を捕縛し、制約する。総ての出来事を純然…

抒情と想像の糖衣 三島由紀夫「接吻」

久々に三島由紀夫の小説に就いて書く。取り上げるのは掌編と呼んで差し支えない分量の「接吻」(『女神』新潮文庫)である。 さらさらと色鉛筆で手早く描いた簡素なスケッチのような、この泡沫のように儚い作品の裡に、大袈裟な思想的含意を探し求めたところ…

柄谷行人「哲学の起源」に関する覚書 2

柄谷行人の『哲学の起源』(岩波現代文庫)に就いて書く。 本書における著者の意図は、哲学の起源に関する通説を、古代のイオニアに息衝いていた自然哲学及び「イソノミア」と呼ばれる政治的理念を武器として転覆し、読み替えることに存する。それはプラトン…

柄谷行人「哲学の起源」に関する覚書 1

柄谷行人の『哲学の起源』(岩波現代文庫)に就いて書く。 中学生の頃、偶々父親の書棚から、カヴァーのない年季の入った『意味という病』の単行本を発掘して、何の予備知識も持たずにパラパラと頁を捲り始めたときの、あの不思議な昂揚は今でも頭の片隅に残…

ジャン・ブラン「ソクラテス以前の哲学」に関する覚書 6

ジャン・ブランの『ソクラテス以前の哲学』(文庫クセジュ)に就いて書く。 レウキッポスとデモクリトスによって創始された古代ギリシアの「原子論」(atomism)が内包する最も重要な画期性は、その宇宙論が「空虚」及び「無限」の観念を導入したという点に存…

ジャン・ブラン「ソクラテス以前の哲学」に関する覚書 5

ジャン・ブランの『ソクラテス以前の哲学』(文庫クセジュ)に就いて書く。 パルメニデスが存在の本性に就いて明確で堅牢な定義を行ない、イオニアの自然哲学が擬人化された神々の物語に依拠する伝統的な世界観の排撃を目論んで、超越的な表象によるアナロジ…

他者の不幸を歓ぶ者たち 2

社会的影響力の大きい人間であろうとも、公職に就いていない一介の私人の不法行為を、公然と摘示する行為に法律的な正当性は認められない。この前提に基づいて、不貞の当事者たちに対する苛烈な輿論に就いて考えてみたい。 多くの著名人、多くの無名の庶民が…