サラダ坊主日記

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柄谷行人「哲学の起源」に関する覚書 2

 柄谷行人の『哲学の起源』(岩波現代文庫)に就いて書く。

 本書における著者の意図は、哲学の起源に関する通説を、古代のイオニアに息衝いていた自然哲学及び「イソノミア」と呼ばれる政治的理念を武器として転覆し、読み替えることに存する。それはプラトン及びアリストテレスによって構築された支配的な哲学史の観念、つまり「ソクラテス以前」の思想家たちを専ら「自然」の探究に明け暮れた人々として捉え、ソクラテスの登場によって「哲学」の歴史が開創されたと看做す堅牢な通説への叛意を露わにしている。尚且つ著者は、これらの問題を純然たる哲学史の範疇に留めず、その背後に潜在する政治的関係の強固な影響力を片時も忘れずに議論を展開しているのである。

 アテナイの「デモクラシー」(democracy)とイオニアの「イソノミア」(isonomia)との決して単純ではない背反の関係に着目し、それを古代ギリシアの思想家たちの系譜と重ね合わせて、哲学の起源に関する歴史的な認識に新たな角度から照明を与えようとする著者の意図は、極めて現代的な政治学的認識と緊密に通じている。昨今の民主主義の限界を、アテナイで発達した民主主義的政体に内在する構造的な瑕疵と照らし合わせる著者の論説の構図は、必ずしも充分な歴史的資料の裏付けを持たないイオニアの「イソノミア」の概念を、希望の象徴として称揚する方針を孕んでいる。その当否を軽々に断定することは困難である。「無支配」(no rules)に基づく政治的平等が、絶えざる移動の自由と無限の辺境を要求するものである以上、そして果てしなく均一な条件を備えた空間が地上に広がっている訳でもなく、世界の面積に物理的な限界が備わっている以上、つまり永続的な「植民」は原理的に不可能であることが明らかである以上、著者が「イソノミア」という理念に託す希望は限定的なものであることを避けられない。アテナイの「デモクラシー」が、奴隷制帝国主義的拡張を不可欠の前提としていたことに批判的な論調で言及する一方で、イオニアの「イソノミア」が外地への植民活動を不可欠の前提としていたことに就いては問責を差し控える著者の論述は、聊か牽強付会であるように思われる。

 古代ギリシア哲学史に関する読み替えも、果たして何処まで誠実な実証的解釈に基づくのか疑わしい。著者の筆致は、その比類無い論理的跳躍力の鋭さと速さで読者の知性を眩惑し、魅了する。論理を追い越すように繰り広げられる直観的な図式の先行、それが柄谷行人という著述家の尽きせぬ魅力の源泉であることは否み難い事実である。しかし、著者の提示するイオニアの自然哲学に関する要約が悉く正鵠を得ているかは曖昧である。

 アテナイの「デモクラシー」とイオニアの「イソノミア」との政治的対立という図式に符合するように、著者は「ソクラテス以前の哲学者たち」に関する従来の系譜的整理に独自の訂正を試みている。彼が古代ギリシア哲学史における最も重要な転轍点として挙げるのは、数理的且つ秘教的な思想の持ち主として知られてきたピュタゴラスである。ピュタゴラスは数学的な「関係」を「実在」と看做すことによって、プラトンの「イデア」(idea)に関する学説に帰着するような「二重世界」の観念を生み出した。それゆえに彼の特異な思想は、そのような「二重世界」を認めないイオニアの自然哲学に対する抑圧的な城砦として機能したのである。

 このようなピュタゴラスの思想に対抗する者として、ヘラクレイトスと共にパルメニデスの名が挙げられているのは、聊か奇異な構図であるように感じられるが、言い換えれば、その点にも著者の哲学史に関する視角の変更への旺盛で性急な野心が関与しているのである。パルメニデスは「存在」が不生不滅で単一的なものであることを強調し、生成や運動を感覚的な虚妄として排斥した。こうした考え方が、ピュタゴラスと共にプラトンの思想へ重要な影響を及ぼしたと看做すのが一般的な議論の風潮である。しかし著者の論述は、そのような通説に反して、イオニアの自然哲学という系譜の裡にパルメニデスやゼノンといったエレア派の思想家を繰り入れている。これはディオゲネス・ラエルティオスによる古典的な「イオニア学派(ミレトスの自然哲学)/イタリア学派(ピュタゴラスとエレア派)」の区分を改訂するものである。その当否は、即座に判定し得ない。旧弊な学説に隷属することが常に正しいとは限らず、古典的で伝統的な要約を何千年も墨守することが賢明であるとも言い切れないからである。

 そもそも、自ら著述に手を染めることがなく、教団の外部へ知識を漏洩することに極めて厳格な制裁を以て報いたと伝承されるピュタゴラスの教説に関して、後世の人間が精密な要約を企てることは不可能であるが、私が本書におけるピュタゴラスの概説に関して興味を惹かれたのは、次のような記述である。

 イオニア派は、カオス(空虚)から天地が生成するというヘシオドスの神話を否定した。始原物質は多様な形をとるが、無から生成することはないし消滅することもない。それに対して、ピタゴラスは万物の根源に物質ではなく、数をもってきた。そして、空虚(ピタゴラスはケノンと呼ぶ)から〝一〟が生まれ、さらに空虚を吸い込んで多が生成する、と考えた。これは現代数学でいえば、数を空集合からの生成として把握することだといえよう。しかし、ギリシアの文脈において、これは、カオスからの世界の生成という神話的思考の回復を意味する。それに対して、パルメニデスは、空虚や無から世界の生成を見る考えを否定する。空虚は「有らぬ」ものである。有らぬものは有らぬ。一方、有るものは「一」なるものである。それはいわば、物質の恒存性を意味する。空虚や無からの世界の生成という考えを否定することは、前イオニア的な思考(ヘシオドス)、およびポストイオニア的な思考(ピタゴラス)への批判であり、その意味で、イオニア的な思想を回復することである。(『哲学の起源』岩波現代文庫 pp.154-155)

 恐らくアリストテレスの「自然学」に依拠して語られているピュタゴラスと「ケノン」(kenon)との関係は、重要な意味を備えている。何故なら、イオニアの自然哲学は伝統的に「存在」の連続性と同一性を信奉し、非存在としての「空虚」の実在を認めていないからである。その意味で、パルメニデスの「存在」に関する思惟が、ピュタゴラスの持ち込んだ「空虚」の概念に対する抵抗の意図を含んでいるという読解は妥当なものである。「空虚」は「存在」を分割し、数理的な秩序を生成する。若しも如何なる「空虚」の介入も認められないのであれば、始原的な「存在」は絶えず「一者」の状態に留まり続けるだろう。「一者」から個別の夥しい「数」を析出させる「空虚」のことを、ジャン・ブランは「存在論的間隔」と呼称している。「空虚」が単一的な「存在」を複数の「個体」へ分離させ、それらの「個体」の間には数理的な関係及び秩序が設定される。

 「個体」の生成と、数理的秩序の生成は同時に行われる。従って数理的な思惟に熟達することは、諸々の「個体」に関する適正な認識を獲得することと同義である。先験的に存在する厳正な数理的秩序は、諸々の「個体」同士の間に形成される関係性と完全に符合しているのである。数学と自然学との完璧な照応、或いは両者の完全な合一が、ピュタゴラス派の宇宙論及び世界観を支配する基礎的な原理なのだ。

 ここから、ピュタゴラス派の一員であるピロラオスの断片に示されている「無限者」及び「限定者」の概念に就いて、一つの翻訳を試みることは可能だろうか。つまり、ピロラオスの文脈における「無限者」を「空虚」に、そして「限定者」を「個体」に置換して把握することは可能だろうか。ここで注意すべきことは、ピュタゴラスにおける「空虚」は、実体化された「存在」の範疇に組み込まれているという点である。それは具体的な形状を持たず、アナクシマンドロスの哲学における「アペイロン」(apeiron)のように如何なる限定も蒙っていない。しかし、現にそれは存在し、具体的な限定を蒙る諸々の「個体」と併存している。それは数学における「零」(zero)の概念のように、純然たる「無限定」の性質を表示する。言い換えれば、ピュタゴラス的な「空虚」の概念は「非存在」を意味するものではなく、厳密には「無限定の存在」を指し示しているのである。

 「無限定なもの」は、如何なる固有の条件も与えられていない為に、感覚的な認識の対象から除外され、純然たる「空白」として遇されるだろう。何故なら「無限定なもの」は、如何なる固有の条件も独自の特徴も備えていないにも拘らず、確かに存在していると看做されているからだ。存在している限り、それは空白であるとしても、何らかの「場所」を占有している筈である。また、そうであることによって「無限定なもの」は、諸々の「存在論的間隔」を形成する境界の役目を担うのである。パルメニデスの学説のように「空虚」という「非存在の存在」を厳密に排除すれば、不可避的に「存在」は単一の「同一性」として集約されざるを得ない。

哲学の起源 (岩波現代文庫)

哲学の起源 (岩波現代文庫)