サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

My Reading Record of “HARRY POTTER and the Order of the Phoenix” 1

 英語学習の一環として取り組んでいる J.K.Rowling,HARRY POTTER and the Order of the Phoenix について、未だ読了には至らないが感想の断片を書き遺しておきたいと思う。
 英文のペーパーバックで概ね800頁に及ぶ本書は、シリーズ全篇を通じて最大の分量を誇っている。今年の一月下旬に注文したiPadが四月下旬に漸く入荷し、念願の購入に至ったので、最近はKindleの簡便な辞書機能に頼りながら、果てしない繙読の旅路を辿っている。私の錯覚に過ぎないかも知れないが、巻数を追う毎に英文の難易度が徐々に上昇しているような印象を受ける。それは物語そのものの内容が、着実にシリアスで酷薄な、もっと言えば陰鬱な様相を強めていることと無縁ではないように思われる。主人公であるハリー・ポッター自身の学齢の上昇に比例して、彼が直面する課題の苛烈さは深刻の度合いを増しており、闇の勢力の首班であるロード・ヴォルデモートの肉体を伴った復権が、物語の全篇に亘って陰惨で不穏な雰囲気を浸潤させている。
 私の繙読の現在地は、ホグワーツの生徒有志によって秘密裡にDumbledore's Armyが結成された辺りである。この私的な盟約の成立に至った背景には、闇の勢力を率いるヴォルデモートの復活と暗躍という事実を承認しない魔法省の弾圧的政策が関与している。魔法省のトップであるコーネリウス・ファッジは、ダンブルドアを政敵と見做し、自らの地位と権威が脅かされることを怖れて、ホグワーツへの干渉を強める。ヴォルデモートの復活という事実の隠蔽に奔走するファッジの保身的で非合理的な政策が、ハリーを首魁に仰ぐ私兵の軍団を生み出す引鉄の役目を担ったのである。本来ならば互いに手を携えて、年来の宿敵であるヴォルデモートの復権を阻止する為に共闘すべき間柄であるファッジとダンブルドアとの間に生じた思わぬ分断が、前作の HARRY POTTER and the Goblet of Fire で実際にヴォルデモートの肉体的復活の瞬間の目撃者となったハリーの立場を極めて苛酷なものに仕立て上げている。魔法省は有力な新聞社である Daily Prophet を通じて、ヴォルデモートの復活を公言するダンブルドアとハリーの信用を失墜させる為の卑劣な言論攻撃を展開すると共に、アンブリッジをホグワーツへ送り込んで魔法省の方針に反する活動の弾圧を画策する。
 少なくとも私の繙読が済んだ限りの範囲においては、作者が主に力を篭めて克明に描き出しているのは「権力」というものの頽廃的な性質と、その醜悪な病弊である。例えば魔法省によるハリーの尋問の場面などは、現実の社会における検察組織の国策捜査別件逮捕を連想させる。緊迫した法廷闘争の描写を通じて作者は、強大な権力を掌握した人間が、社会的正義の名の下に極めて恣意的な判断を下し、真実を歪曲し、客観的公益よりも寧ろ私的な利益を優先して振る舞うことの醜さを、読者の鼻先に突きつけている。仮に作者がダンブルドアとファッジとの揺るぎない結束を前提として物語を書き進めていたとしたら、本書が800頁に及ぶ分量を要求することはなかっただろう。けれども、その場合にこの物語が失うであろう奥行きと密度は膨大な水準に達すると想像される。万人が巨悪と認める存在との闘争は、もっと単純な形で描くことが出来る主題であるが、作者の現実的精神は、そのような空疎な神話を、簡明な英雄譚を愛さなかったのだろう。ハリー・ポッターの物語は主として十歳前後の少年少女を読者として想定しているらしいが、作者自身は、この物語を無垢な子供たちに奉仕する御伽噺の範疇に閉じ込めておく意志を持たなかったに違いない。物語の外観が「魔法」という幻想的な扮装を纏っていることは事実だが、それは作者が、年少の読者も含めて、我々が現に暮らしている社会の真実に無関心であることを聊かも意味しない。疑いようのない現実を軽視し、矛盾に満ちた政策を濫発する権力者への不信や、社会的分断の深刻化、格差の拡大、謂れなき誹謗中傷と差別は、特に昨今の新型コロナウイルスの流行によって一層克明な仕方で、我々の日常生活の随所に浮かび上がり、既定の事実として認識されている。無論、芸術的作品が時事的な問題との間に明確な相関性を備える義務は存在せず、そもそも本書が刊行されたのは今から二十年近くも前のことである。ただ、優れた芸術家は現実の渦中で生起する色々な出来事から、夥しい材料を吸収し、その重要な本質に明快な形象を賦与する。それゆえに我々は、虚構の物語を通じて、身も蓋もない現実の生々しい感触に共振することが出来る。魔法の扮装は、苦々しい真理を幼い患者に服用させる為の糖衣のようなものである。そして、成熟した大人には子供騙しの糖衣など不要であると、心から断言することは必ずしも容易な仕業ではない。ハリーが直面する種々の困難は何れも、成熟した人間でさえ深刻な苦闘と挫折を強いられかねない、人類の普遍的懊悩の一種なのである。

Harry Potter and the Order of the Phoenix (Harry Potter 5)

Harry Potter and the Order of the Phoenix (Harry Potter 5)

  • 作者:Rowling, J.K.
  • 発売日: 2014/09/01
  • メディア: ペーパーバック