サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

2016-11-01から1ヶ月間の記事一覧

理解されること、記憶されること

芸術の目的、或いは「本望」は、理解されることではなく、記憶されることに存するのではないだろうか。 芸術は何かを説明する為に存在するのでもなく、何らかの論説を述べる為の代替的な手段でもない。それは何かを伝えようとするが、その伝えようとする内容…

ギフトとしてのブログ

ブログを運営し、極めて個人的な文章を世間に向かって垂れ流すことに、何の意味があるだろうか。誰に頼まれた訳でもないのに、誰が関心を寄せるかも分からない、身勝手な主題を選んで、身勝手な文章で書き綴る、というのは、腕の悪いストリート・ミュージシ…

詩を書いても何にもならない

また、思い立って詩を書いている。そういう根拠の不確かな思いつきに衝き動かされるのは、私の人生における根本的な慣習である。 詩なんか書いても仕方ない、という想いは昔からあった。そもそも、詩歌というものには、世間的な需要が殆どない。或いは、そう…

詩作 「帰り道」

秋は深まる 刻一刻 風のなかで冷えていくあなたの頬が 秋の光りに染められて 夕闇は冴え渡って 思わず手を伸ばす 芯から冷えた あなたの頬 子どものように 幼い唇 誰もいない公園に 夕陽が射す 無人のブランコが 木枯らしに揺れる 知らない間に ずいぶん遠く…

二転三転する生き物

長文の記事を書くと宣言しながら、早速その方針に飽きてしまった。 saladboze.hatenablog.com 長文の記事を書くのもいいのだが、そうやって自らのブログの方針として掲げて、自縄自縛の状態に陥ってしまうと、パソコンを開いて一つの記事を仕上げることが無…

幻覚の「金沢」 古井由吉と吉田健一をめぐって

サン=テグジュペリの「人間の土地」を読み終えたので、今度は吉田健一の「金沢・酒宴」(講談社文芸文庫)を繙くことに決めた。 朝の通勤電車で猛烈な人波に押えつけられながら、ページを捲り始めたのだが、その独特の捩れるような、揺らぐような文体に振り…

詩作 「世界の終わり」

地平線が 燃える 火柱を あげるように 夕陽が没する 壮麗な音楽のように 世界が騒ぎだす もうすぐ なにもかも終わってしまうよ なにもかも 更地に戻ってしまうよ わたしたちは 一斉に 耳をふさいだ 聞きたくない音をすべて 拒んできたわたしたちの 罪なので…

詩作 「クランベリー」

懐かしい歌が 窓辺から聞こえる 古びたラジオ 手入れの行き届いた庭 わたしは目を覚ます 朝が来る 幸福な記憶を 手帳のようにめくる 本棚に囲まれた明るい部屋 そこでは静寂だけが暮らしている 時を刻む音に 名前も知らない鳥の声がまじる わたしは歯を磨き …

詩作 「他人の財産」

触れてしまえば 罪になる その危うい境界線を見定める あなたが不意に 翳らせた横顔 その憂いに 指で触れてしまいそう あなたが帰る部屋は 寒空の下で あたたかく燃えている 月明かりは電柱を照らし 走り去るタクシーのヘッドライトが 束の間 真実を暴くよう…

「エコロジー」という神話 サン=テグジュペリ「人間の土地」に関する読書メモ 2

テレビの向こう側では、世界の色々な場所で巻き起こった、大小様々な悲劇や災害の風景が、まるで果てしなく縁遠い、対岸の火事の眺望のように入れ代わり立ち代わり映し出され、日常の雑務に追われる私たちの視界を横切っていく。シリアの内戦は泥沼化し、博…

「自由」の重圧に堪えかねて

私が生まれ育った社宅には、それなりに大きなベージュの本棚があって、それは今も両親が終の栖として定年後に購入した東松戸のマンションの和室に聳え立っている。母親の本は、料理や裁縫に関する書籍や雑誌が大半を占め、他にはフランス語の小さな辞書、そ…

サラダ坊主の施政方針演説 「長文の推進と、独創的価値の蓄積」

九月の末日から十一月も半ばを迎えた現在に至るまでの四十数日、ずっと毎日このブログの更新を続けてきた。それは最初から企図された方針ではなく、一身上の都合に由来するものだと、つまり「成り行き」に過ぎないと言える。九月の頭くらいから私は転職活動…

結局、誰もが「ドナルド・トランプ」ではないのか?

連日、アメリカ大統領選挙の衝撃的な結末に関する報道が、ネットやテレビを賑わしている。傲慢で明け透けな「レイシスト」のドナルド・トランプに、アメリカの良識は屈したのだろうか? バラク・オバマ、ヒラリー・クリントンの描いてみせた「希望」は所詮、…

沙漠の景色、その独特な生理 サン=テグジュペリ「人間の土地」に関する読書メモ 1

サン=テグジュペリの「人間の土地」(新潮文庫・堀口大學訳)を少しずつ読んでいる。遅々として進まないが(一挙に読むには、言葉の意味を推し量るのに時間が掛かるのだ)、断片的に覚書を記しておこうと思う。 1939年にフランスで出版された、この稀有…

食べることは、どんどん抽象化されていく

私は仕事でサラダを中心とした所謂「惣菜」を取り扱っている。こういう業種は世間では「中食」と呼ばれていて、レストランなどの「外食」と、家庭で料理を作って食べる「内食」との中間に位置するものとして分類されている。 大昔ならば、家族の食事は家でお…

売上の根底には「信用」が横たわっている

小売業の店長という立場は、日々の売上予算を追い掛けることに仕事の重点が置かれる。サービスの良し悪し、商品の良し悪しは固より大事な要素だが、幾ら壮麗な経営理念を公言してみたところで、実際に数字を出せなければ販売部の任務を成し遂げたことにはな…

「儲からないことをやるのは罪である」という呪縛

私は小売業の店長で、現場で日々、収益の追求に明け暮れている。それは私の所属する組織が「企業」であるからで、この苛酷な資本主義社会においては、利潤の追求は常に至上命題である。別に銭金を儲けることだけを念頭に置いている訳ではなく、大前提として…

赤ん坊の頭の中では何が起きているのか?

相変わらず、風邪気味である。手短に書く。 もう直ぐ生後八箇月が経とうとしている私の愛娘を眺めていると、不思議な感慨に囚われることがある。彼女は生まれてから未だ一年も経っていない、つまり彼女の人生は四季の一巡さえ経験していない段階にあるという…

個性的である為には、「自分」というコンテンツを再発見するしかない

どうやら風邪を引いてしまったらしく、体調が芳しくないので、余り入り組んだ記事は書けそうにもない。思い浮かんだことを漠然と綴って、パソコンの画面に待ち針で縫い留めておきたい。 ブログでも小説でも、或いはもっと日常的な次元で、仕事や家事、諸々の…

詩作 「刺青と口紅」

あなたの顔に 刺青を彫りたい どう足掻いても 消えないように 洗っても擦っても 落ちないように 想いが 痣のようにいつまでも 残りつづけることを 願う針先 破れた皮膚の 裂け目のように あなたの嘘を 彩る口紅 真実から 見捨てられた言葉で 駆け引きにおぼ…

未知の領域に挑戦するということ

最近、サン=テグジュペリの「人間の土地」(新潮文庫)という随筆集を読んでいる。表紙の挿画は、同じ作者の「夜間飛行」(新潮文庫)も含めて、高名なアニメーション監督である宮崎駿の手になるものである。「人間の土地」の巻末には、宮崎駿が「空のいけ…

ブログは作品ではなく、コミュニケーションである

インターネットに象徴される通信技術の爆発的な進歩が、多くの無名の素人の自己表現を強力に後押しする起爆剤として作用していることは、明瞭な事実であると思う。インターネットの契約さえ結んでしまえば、それほど大きな経済的負担も背負わずに、自分の作…

ジュール・ヴェルヌの想像力と、若き日々

母方の祖父母の家は、山口県の下関市にあった。子供の頃は夏と冬に、新下関の駅からタクシーに揺られ、坂道に面した古びた一軒家に運ばれるのが慣例であった。祖父は昔、捕鯨船の機関長を務めていて、時には南氷洋まで遠出して半年以上も家を空けることもあ…

遠く掠れた記憶のなかの文学的断想 ジュンパ・ラヒリ「その名にちなんで」

ジュンパ・ラヒリの「その名にちなんで」を読んだのは、もう何年も昔の話で、細かい描写や具体的な筋書きは殆ど記憶していない。インドという国家・風土にルーツを持つ移民の息子が、アメリカという大地で自分の人生を慎重に、誠実に織り上げていく地味な物…

図書館の子供たち

私は小さな頃から読書が好きで、小学生の頃から図書館に通うことが重要な趣味の一つであった。当時は未だ、大阪府枚方市に暮らしていて、樟葉駅に程近い樟葉図書館が、私の主要な拠点であった。自転車を乗り回して出歩くことが日常になってくると、わざわざ…