サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

2018-10-01から1ヶ月間の記事一覧

夭折の幻想 三島由紀夫「春の雪」 6

引き続き、三島由紀夫の『春の雪』(新潮文庫)に就いて書く。 美しく充実した人生の絶巓に自ら君臨して輝きながら、その稀少な瞬間を「永遠」の墓標の下に閉じ込めてしまいたいと願う心理の様態は、誰の心にも宿り得る普遍的な感慨であると言えるだろう。だ…

夭折の幻想 三島由紀夫「春の雪」 5

引き続き、三島由紀夫の『春の雪』(新潮文庫)に就いて書く。 「そうね。そんなことを言ってはいけないのね。私が自分のことを少しもふしだらだと思えないのに。 どうしてでしょう。清様と私は怖ろしい罪を犯しておりますのに、罪のけがれが少しも感じられ…

夭折の幻想 三島由紀夫「春の雪」 4

引き続き、三島由紀夫の『春の雪』(新潮文庫)に就いて書く。 松枝清顕という極めて複雑で繊細な情緒を持った青年(或いは少年)の精神的秩序の中枢には、如何なる手段を駆使しても到達し難い「不可能なもの」に対する強烈な欲望が息衝いている。それが彼自…

夭折の幻想 三島由紀夫「春の雪」 3

引き続き、三島由紀夫の『春の雪』(新潮文庫)に就いて書く。 恋愛の情熱は、他者との完全な合一に向けて捧げられた悲劇的な欲望の形態である。どれほど深々と親密な肉体的接触に耽溺しようとも、自己が自己であり、他者が他者であるという素朴な原理的事実…

夭折の幻想 三島由紀夫「春の雪」 2

引き続き、三島由紀夫の『春の雪』(新潮文庫)に就いて書く。 三島由紀夫という作家は、その夥しい文学的遺産の総体を通じて常に「恋愛」或いは「愛慾」に関する犀利で精密な分析のメスを揮い続けた。しかし、それは彼が例えば「潮騒」という異色の作品にお…

夭折の幻想 三島由紀夫「春の雪」 1

昨秋から延々と取り組み続けている個人的な計画、即ち三島由紀夫の主要な作品を悉く読破して自分なりの感想を纏め、見知らぬ赤の他人が振り翳したり口走ったりする「三島文学」への評価から切り離された場所で、手作りの個人的な知見を築き上げるという抽象…

死と官能の結託 三島由紀夫「音楽」 2

三島由紀夫の『音楽』(新潮文庫)を読了したので感想文を書き綴る。 性的欲望は、単なる神経的な快楽を味わう為だけの純然たる物理的な営為ではなく、そこには様々な浮薄な観念が頑固な皮脂のように纏いついているものである。性的欲望、或いは端的に「エロ…

死と官能の結託 三島由紀夫「音楽」 1

三島由紀夫の『絹と明察』(新潮文庫)を読了したので、現在は同じ作者の『音楽』(新潮文庫)を読んでいる。 或る精神分析医の手記という体裁を取り、一人称の話法で綴られたこの小説において、最も重要な役回りを演じる弓川麗子という女性に就いての描写を…

無意識の偽善者 三島由紀夫「絹と明察」 3

引き続き、三島由紀夫の『絹と明察』(新潮文庫)に就いて書く。 血栓性の脳軟化症に犯されて病床の生活を始めた駒沢善次郎は、大槻との対決を通じて危うく揺らぎかけた持ち前の「慈愛」と「善意」の論理を辛うじて守り抜き、或る澄明な境涯へ到達することと…

無意識の偽善者 三島由紀夫「絹と明察」 2

引き続き、三島由紀夫の『絹と明察』(新潮文庫)に就いて書く。 その返信は、よしんば長い時間を経ても、必ず届く。これはかなり神秘的なことだが、駒沢は自分が善意を施している相手方の反応を、あんまり当然なものと信じていたので、詳しく検証して見るこ…