サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作 「想い重ねて」

隔てられた距離が

こんなにも果てしないせいで

僕たちはうまく

呼吸することさえ難しい

いろいろなことが

障碍になって

いつまでも繋がれずにいる

結び目が手荒くほどかれて

息がかかるほど傍にいた君が

無限に遠退きはじめる

一度は重ねられた掌

重ねられた二つのからだ

重ねられた唇

重ねることは常に

愛することの象徴的な身振りだ

急激に悪化した遠視のように

僕は手に入らぬものばかりに憧れて

この泥炭のような夜に囚われてしまう

 

いろいろな出来事を踏み越えて

不思議なさだめに導かれて

奇蹟のように

重なり合った想いが

知らぬ間に渇いて

ある日

哀しい音を立てて落ちた

花びらが重力に負けて

こと切れるように

愛しさが枯れていく嘆きが聞こえる

耳を澄ましてごらん

黄昏と夜のあいだで

想いが朽ち果て 縊れる鈍い物音

 

べつべつの方角へ

転がり始めた二つの魂を

呼び戻すのはひどく難しい

あの夜

重ねられた唇の動きに添って

確かに想いは重なり合った

君の閉ざした瞼と

押しあてられた唇との対比

そのときの真実まで

遡って取り消すことはできない

だけど君はきっと言うだろう

そんなこともう覚えてないって

何もかも噛み合わずに

悲劇的な方角へひきのばされていく

暗闇のなかで

確かめ合った想いが

この夜の一本の電話のなかで

絶望の光をはなつ

 

ほどけた絆を

再び縒り合せようと

努力するには

僕たちは多くの傷を知りすぎている

典型的なパターンだと諦めて

次の風を浴びるために夕暮れのドアを開ける

駆けだせるほど強くないけど

シニカルに笑えるほど大人でもない

だから今度こそ絶対

忘れ得ぬ古傷のような確実さで

知らない誰かと

想いを重ねてみせるよ

まだ顔も知らない

声も知らない

性格も趣味も

生まれ育った土地の名も知らない

そんな誰かと

つよくふかく

想いを重ねてみるよ

 

君のいない日常が

君のいる日常よりも親密なものに変わり始める

重ならない想いが

冷たい秋風に吹かれている

その想いの残骸を

懐かしむことにも飽きたんだ

永遠に上がらない踏切の向こうに

君の伸ばした黒髪が揺れている

君の小さな背中が

鳴り止まない警笛の彼方で

誰かと手を繋いでいる

不安定な絆に

誰もが凭れながら毎日を突っ切る

過呼吸の切なさで

手を伸ばして

縋ったとしても

僕の想いの形と

今の君の想いの形は重ならない

そのズレに苛立つばかりの将来なら欲しくないのは

きっと互いに同じだね

ここが違ってる

ここが合ってない

そんなつまらない諍いが

丘陵地のように続いていく風景を

僕たちはきっと愛することができない

 

だけど

絶望するには若すぎる僕たちは

互いに隔てられた場所で

新しい誰かと想いを重ねることに

たぶん夢中になるだろう

怒り哀しみ嫉妬淋しさ疑心暗鬼情欲後悔眠れない夜愛しさ切なさ慕情焦躁

胸の奥でとぐろをまく様々な感情の奔流

その苦しさを弁えずにいられるほど

純朴にはなれない二人だけど

だからって諦められる訳がないんだ

いつか誰かと完璧な描線で

秘めていた想いを重ね合わせたいよ

そのときの安らぎを

あの夜の二人は確かに感じていた

あらゆる出来事が運命の輪転機に吸い込まれて

理想的な形に整えられた秋の夜半

別れ話の電話からちょうど一年前に

美しい相似形を描いた二人の想い

 

いつか

想い

重ねたままで

斎場の焔に

焼かれて死にたい