サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作 「着替えましょう」

着替えた

新しい服に

君に逢わなくなったから

今まで着ていた服を着る気がしない

どの服にも想い出があり

どの服にも

君の指紋がきっと残っているだろう

鑑識にしか分からない痕跡が

見え隠れする気がするから

古い服はクローゼットに封じこめて

 

もう逢えなくても構わないと

ようやく思える日が来たので

僕は新しい服を買いました

君が知らない服を着て出かければ

想い出に躓かないで済みそうだ

君の知らない人を愛するのにも

君の名残の消えた服の方が

きっと都合が良いだろう

君の知らない人を抱きしめるときにも

君の指紋が邪魔しない

 

新しい服で青空の下を歩く

そんなに簡単に

爽快な気分になれる訳じゃない

古くなった記憶にも

美しい光沢がある

この景色は昔

君とならんで見た

初めて見るような顔をしている

新しく好きになった人の前では

想い出なんか邪魔なだけだ

雨上がりの街路で

水煙の向こうに

さわがしい車線の向こうに

君と似た後ろ姿が見えても

前みたいに驚かない

過ぎ去った景色は存在しない景色

君のために弔辞を述べよう

終わった関係は弔わねばならない

遺影は捨てよう

目に染みるほどの

晴れやかな蒼穹の下で

僕は君につながるものに死ねという

君につながる過去のすべてに

銃弾を浴びせる

そのかわいた銃声の連なりが

新しい日々の門出を寿ぐ祝砲だ

さようならという軟弱な言葉で

いつまでも終わった絆を愛撫していないで

新しい服を着て街へ出るんだ

縛られることはない

新しい朝に

新しいシャツで

君の知らない女の隣で目覚めよう

もうじゅうぶんに苦しんだ

辛いことは幾つも味わった

傷口は血を噴いたし

涙はかわいて肌をひりひりと痛めつけた

厳しい言葉にも慣れた

存在を否定されるような劇しい罵声にも

憎しみや殺意や後悔もすべて踏み越えて

それでも僕は忘れない

誰かを愛する切ない感情を

傷口からあふれる鮮血のように

僕の脊髄は愛しさを吐き出すことに余念がない

 

かつて僕を傷つけた すべての女性たち

これから僕を傷つけるであろう すべての女性たち

そして僕も同じように尖ったナイフで

相手の心に無数の傷をえぐった

愛することの悲劇は常に共犯なので

僕は誰かを本当の意味で憎むことができない

どんなに憎み合っても

好きになってしまったという事実が

二人をかならず免罪してしまうのだ

 

新しい服に着替えて

僕は交差点を通り過ぎる

新しく覚えた歌が遠くから聞こえる

新しい女の名を唇のうらで転がしてみる

空はどこまでも青い

雲はどこにも見当たらない

愛しているという言葉はむなしい

言葉じゃない何かで

僕は誰かに深くつながっていたい