サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

My Reading Record of “HARRY POTTER and the Philosopher's Stone”

 英語学習の一環として J.K.Rowling,HARRY POTTER and the Philosopher's Stone,London,2014 を読了したので感想文を認める。

 原書の初版は1997年、邦訳の初版は1999年に刊行されている。本書は世界的に爆発的流行を示し、巨費を投じて映画が製作され、現在に至ってもその盤石の知名度は衰えていない。私も十代の頃に邦訳で最初の四巻を読み、魅了された覚えがある。
 今回、語学修業の一環としてBritish Englishで綴られた原書を、半可通の英語力ながらも実際に読んでみて、邦訳との雰囲気の違いを実感した。英国の寄宿学校を舞台に、古めかしい神秘的魔術と現代的な文化との混淆を描いた本書の世界観には、alphabetの活字がよく似合う。言い換えれば、その土地に固有の言語と文化、感覚、意識との間には不可分の繋がりがあるという至極当然の認識を新たにした次第である。
 Harry Potterの数奇な物語を、堅苦しい日本語に置き換えるとすれば「貴種流離譚」の典型的な実例ということになるだろう。彼はwizarding worldにおける一種の英雄でありながら、凡俗なmuggleの家庭に引き取られ、自身の生い立ちに関する正しい知識を欠いたまま養育される。養父母から冷遇され、孤独で退屈な生活を強いられていたHarryが、その高貴な出自ゆえに或る日、俄かに運命によって救出され、偉大なphilosopherとしての才能を覚醒させるという筋書きは、自己の置かれている恵まれない境遇に何らかの慢性的な不満を有する総ての人々にとって、素晴らしく魅惑的な享楽的幻想であると言えるだろう。現代の日本で流行するweb小説の過半が、異世界に転生して卓越した栄誉に与るというtemplateによって占められているのも、こうした変身願望の強力な普遍性を示唆する有力な証拠であると言えるのではないか。
 とはいえ、本書の作者の誠実な意向は、Harryに高貴な出自を賦与する一方で、彼の無力な側面も克明に描いているという点によって傍証されている。Harryは確かに恵まれた才能を両親から受け継いでいるが、弛まぬ勉学と種々の困難な経験を伴わずに、その才能が開花することは有り得ない。仮に転生が有り得たとしても、自分自身を聊かも革新せず改善しないまま、過分の栄誉や富が授けられるという僥倖を望むのは、余りに非現実的な妄想に過ぎないのである。その意味では、奇妙で神秘的なwizarding worldの様相を緻密に描き出しながらも、本書の作者は、実際の社会における一般的な正義の称揚という選択を採用しているのである。魔術的な小道具と多様な設定を援用して、謂わばmetaphoricalな仕方で、少年少女の成長の過程を興味深い虚構に結実させているのである。
 その意味で、確かに本書は児童文学の範疇に帰せられるべきものであろうかと思う。しかし、児童文学であるからと言って、清廉潔白な美辞麗句が羅列してある訳ではない。The DursleysやDraco Malfoyたちの陰湿で狡猾な言動、或いはThe Weasley twinsの陽気な悪童ぶりなどの描写は、本書の作者が、年少の読者に対する教化的な正義を無条件に振り翳そうとは考えていないことを示しているだろう。意地の悪い級友に対する接し方、という題目で、小学校の教師が適切な作法を教室で講義することは恐らく一般的には見られないだろう。場合によっては規則に抵触してでも勇気を奮って目的を遂げねばならないこともある、とは、普通の教師ならば決して表立って口にはしないだろう。事実、Hogwartsの教師たちもまた、遵法精神の堅持に就いては頗る厳格である。けれども、そういった「明示されない正しさ」が、つまりpublicな仕方では主張されない機敏で融通無碍の「正しさ」が重要な価値を帯びていることを、本書の読者たちは自然と学び取るに違いない。何時如何なる時も明示された規則を遵守することが正義であるとは言い切れないし、他方、規則に反して自らの行動を処決することが常に適切な勇気の証明であるとも言い切れない。こうした両義的矛盾を理解する為には、物語という媒体は有用な装置である。それは一つの論説を語る代わりに、解釈を待つ事実の効果的な構成を試みる。こうした特性は必ずしも児童文学に限られたものではないが、少なくともHarry Potterの物語は、優れた文学の不可欠な条件であるambiguityを豊富に含んだ実例であると私は思う。

Harry Potter and the Philosopher's Stone (Harry Potter 1)

Harry Potter and the Philosopher's Stone (Harry Potter 1)

  • 作者:Rowling, J.K.
  • 発売日: 2014/09/01
  • メディア: ペーパーバック