サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作 「霊園」

怖がりは

なおらない

昔から夜の闇に

たやすく怯えた横顔

あなたは蝋燭の焔の

揺めきを見つめる

死んだ人たちはもう帰らない

わかっていると

あなたは言う

 

月明かりが

墓標を静かに照らす

失ったものは

もう二度と

わたしたちの世界には戻らない

一瞬の愛しさのように

後悔だけが

ひきずられて

長い影を路上に投げる

死人は 帰らない

あなたの待つ家のドアを

彼の青白い手が

叩くことはもうないのだから

しかし

あなたは冷たい顔で

怒ったように答えるばかり

そんなことはわかっている

そんなことは言われなくとも知っている

 

死ねば再び

つながり合えるのかな

危うい考えを

口笛のようにこぼすあなた

やめておいた方がいいとわたしは諭す

たとえ骨を砕かれるような悲しみが

乱気流のように

束の間そっと口走らせただけだとしても

その傾きが

こわくなる

夜の闇に怯えるあまり

大事なものが見えなくなりそうだ

 

頭ではわかっている

心が頷かないだけ

その深刻な亀裂をあなたは生きている

寒い春先の海辺で

濁流に

さらわれて死んだ「あの人」は

屍も揚がらず

骨も拾えず

区切りをつけられずに唇をきつく咬んでいるあなたの

横顔を見るのはとてもつらい

波の届かなかった

高台のあなたの家の方角を

「あの人」はきっとすがるように見つめて死んだ

帰りたいと思いながら

おびただしい量の泥水を飲んで

瞼を 永久に閉じた

 

急ごしらえの

墓標の群れを

月明かりは黙って照らしている

わたしとあなたの

長い影が

光りを遮るように二つならぶ

忘れないことが供養かしら

つぶやくあなたの横顔は

光りと闇の狭間で陶磁器のように白い

春と夏と秋と冬が

ラクションも鳴らさず通り過ぎて

再びあの季節が巡る

あなたはまた

つらくなったのでしょう

まだ

呼び鈴の音を

幻と知りつつ

耳で探してしまうのでしょう

 

忘れることも

供養かもしれない

わたしは思わず

早口でこたえている

あなたの瞼がそっと開かれる

怒りとも嘆きとも驚きとも呼べるような

入り組んだ感情

それが彫像めいた横顔に

ヒトの鼓動を響かせる

悲しみだけを食べて生きる獣

わたしはあなたを見るのがつらい

悲しみだけを食べて

日ごとに痩せ細っていくあなたを見ていられない

消せない過去にすがりつく

あなたの愛の深さを知れば知るほど

わたしはあなたを見るのがつらい

 

なぜ忘れることが供養なの

わたしは自分の軽率を悔やむ

なぜ忘れることがあの人を救うの

津波に巻かれて

声もあげられず

凍え

悶え

痺れ

砕かれ

冷え切って

息を詰まらせて死んだ「あの人」のことを

忘れて

「あの人」が救われるとでも言うの

「あの人」の嘆きも

悲しみも

絶望も

無念も

すべて太平洋の彼方へ帰っていった

おびただしい海水と同じように

忘れ去ってしまえと

本気であなたはわたしに言うの

 

泣きじゃくるあなたを

見ているわたしは

ガラス玉のような

目をしているだろう

霊園の暗がりに屈みこんで

嗚咽するあなたの感情は

あの穏やかな午後を

俄かにくつがえした

劇しい津波に似ているだろう

その奔流を

押しとどめることは

わたしにはできないかもしれない

しかし

わたしの中でわたしが言い放つ

わたしは津波を追い払いたいのだ

あらゆる暴力から

すべてを防ぎ守りたいのだ

決して人間の目には映らない

放射線の雨が

降りしきっているこの大地で

罪深い色をした

放射線の雨が

刻一刻と劇しさを増していくこの霊園で

肩を丸めて

失ったものの大きさにとまどい

喘ぎつづける人の苦しみを

津波のようにさらってしまいたいのだ

あなたが奪われたものは

もう探したって見つからない

だからわたしが

真新しい

代用品でありたいのだ

外れたボタン

割れたガラス

停まった時計

壊れたラジオ

破れたシーツ

砕けたこころ

それらは人の手で繕ろわねばならない

縫い針も工具も扱えぬわたしに

なおせるものがあるとしたら

心の底から

この不器用な手で

ぬぐいたい血があるとしたら

ふさぎたい傷があるとしたら

それは

 

ものうい梅雨がやがて明けるように

おびただしいあなたの涙も

やがて涸れて

月明かりと夜風にかわく

腫れた目で

非難するようにわたしをにらむ

あなたの目を

わたしはまっすぐに

見つめ返す

忘れられないことはわかっている

同じように

わたしにも

消せない思いが

息衝いている

あなたはそれを知らないだろう

過去に目を奪われ

身も心も

壊れた時計の針がさししめす場所に

縛りつけられたままのあなたには

どんな未来も

色褪せた古い写真の中のしあわせに

かなわないように見えるのだろう

 

あなたは黙っている

夜風はやわらかく流れる

涙は尽きて

あなたのまつげに

残った雫もうごかない

乱れた化粧を

月明かりにさらして

あなたはじっと見つめている

要するに

彼女は言いかけてすぐに迷う

要するに

わたしも同じように言いかけてすぐに口をつぐむ

思わず

彼女の口もとが

悲しみの反動のように明るくほぐれて

冷えた横顔が

優しく緩む

要するにあなたは忘れてほしいんでしょう

わたしもつられて笑ってしまう

自分勝手だけど忘れてほしいね

もう一年も経つんだから

不意にあなたは唇を尖らせる

死んだ人によみがえってほしいと思う私は

周りから見れば自分勝手なのかしら

彼女の笑顔は

ほのかに苦い

わたしは答えられない

夜の時間が

軋みながら

降りつもっていく

 

愛しさは

取り消せない

遠くから闇を越えて

よみがえる一つの感情

あなたと上弦の月を見あげる

死んだ人たちは二度と帰らない

だからせめて

わたしを見つめてください

涙のかわいた眼で

わたしの心を

見つめてください