サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

「世捨て」という欲望の根強さ 坂口安吾と車谷長吉の類縁性について

 以前に書いた記事の中でも触れているが、私の好きな作家の好きな小説に共通して見出せる主題に「世捨て」というのがある。文字通り、俗世間との絆を断ち切って無一物の境涯へ至りたいという欲望なのだが、私はそのような欲望が時代を隔ててそれぞれ異質な書き手の作品に結実しているということに感心した覚えがある。

 

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  具体的には坂口安吾の「風と光と二十の私と」と、先ごろ逝去された車谷長吉氏の「赤目四十八瀧心中未遂」という作品なのだが、何れも自伝的な構成の小説(無論、大いに虚構も混じっているのだろうが)ではありながら、その内容は随分違っている。坂口安吾の方は、二十歳前後の代用教員として世田谷の辺で働いていた頃の生活を振り返った随筆風の短篇であり、車谷氏の方は、かつて日本橋の広告代理店で働いていた「私」が「世捨て」への強い衝動に駆られて何もかも投げ出し、社会の下層へ落魄していた頃の生活を綴った半自伝的な回想の物語である。

 これらの物語は何れも「世捨て」への根深い憧れと欲望を稠密に描き出しながら、最終的にはその「不可能性」に想到するという共通の構造を有している。車谷氏の「赤目四十八瀧心中未遂」は直木賞を受賞し、後に映画化もされた作品なので御存知の方も多いかと思う。語り手の「私」は過剰な自意識に翻弄され、手前勝手に追い詰められて「世捨て」の道を選び取るが、その作品の結末は「世捨て」が恵まれた人間の趣味的な妄想に過ぎないことを冷然且つ残酷に告示するもので、在り来たりのようだが、私は意想外の衝撃を受けた。

 ことのはじまりは、何の当てもないのに会社勤めを辞めたことだった。その果てに、姫路岡町では旅館の下足番、京都上京西洞院丸太町上ル夷川町では料理場の下働き、神戸元町ではやくざのたまり場のお好焼き屋、西ノ宮高松町では競輪場帰りの客相手の安酒屋と、東京日本橋通一丁目の広告代理店に勤めていた時分とは、凡そかけ違った水商売の日を経て、尼ヶ崎の出屋敷へ来た。 

  この不可解な落魄と窮乏の選択は、何らかの外在的な要因によって強いられたものではなくて、あくまでも「私」自身が望んで転がり込んだ道行である。無論、その内面において個人的な苦悩の類が関与していたことは確かだとしても、それがこのような流謫の日々へ足を踏み入れなければならない理由だとは到底思われないのだ。

 併し私はその日その日、広告取りをすることの中に、私が私の中から流失して行くような不安を覚えた。別段、私に確固とした「私。」があったわけではない。これが掛け替えのない私、と思うてはいても、その私も、実は他者との関係性の中で作られ、他者が捏造した言説を呼吸して形成されて行く私、つまりは、あやふやな、どこ迄が私に固有の私なのか知れない私だった。が、そんな私ではあっても、これが流失して行くことは不安であり、併しまたその不安の裏には、さらにそういう不安を覚えることそれ自体を厭う、おぞましい「私。」がひそんでいた。私は「私が私であること。」に堪えがたいものを感じた。しかもその私が無意味に流失していた。 

 この一見すると意味の取り辛い文章は、自意識の葛藤をそのままに写し取ったかのように捻じれている。ここには「これは『本当の私』ではない」という不快と共に、「『本当の私』など存在しない」という醒めた認識が肩を寄せ合って混じり合っている。これらの相反する思念が無理に同居すれば、精神の均衡が崩壊し始めるのも当然だろう。恐らく彼は「私に固有の私」というものへの強固な執着を生きていて、その執着が徹底しているゆえに「私に固有の私」など存在しないのではないかという考えにも行き着いたのだろう。だが、結局はそのような客観的認識は彼の魂を救済しなかったし、その人生に何らの結論も授けなかった。結局、彼は「私が私であること」に堪えがたいものを感じながらも、その「私」に異常な執着を示しているのだ。

 それは世間で通り一遍に信じられているような意味での「主体的な私」とは異質な「私」である。言い換えれば、彼は「本当の私」を実現し得ていない「私」を葬りたかったのではないか。そのような「贋物の私」であることへの堪え難さが「私が私であること」への執拗な嫌悪を生み出している。「贋物の私」への憎悪と「本当の私」への欲望が混淆された結果、前述の独白に見られるような意識の捻転が惹起されるのだ。

 このままでは「中流の生活。」に落ち着いてしまうという恐怖――。併し会社の同僚たちはみな「中流の生活。」を目指していた。あんな生活のどこがよくて。ピアノの上にシクラメンの花が飾ってあって、毛のふさふさした犬がいる贋物西洋生活。ゴルフ。テニス。洋食。音楽。自家用車。虫酸が走る。あんな最低の生活。私の中の「中流の生活。」への嫌悪感。併し東京で会社勤めをしていた時分には、この嫌悪感はまだ半ば無意識の世界にひそんでいるものだった。それがこの六年余の流失生活によって、徐々に表面に洗い出されていた。と同時に、も一つ洗い出されて来たのは、かつては私も一度は、いまこの芦屋川の両岸に見るような、忌まわしい「中流の生活。」に憧れていたということではないか。私の正子への思いは、そういうものだった。正子に憧れながら、併し私はそういう自身に何か根本的に許せないものを感じていた。あれは私の原罪だ。罪悪感の源だった。 

  これらは所謂「俗臭」への嫌悪であり、言い換えれば「世間の論理」の否定であって、彼はその「世間の論理」によって致命的に損なわれてしまう自分自身の固有性に重要な意義を認めているのだ。彼は恐らく「本来あるべき姿」の自分に固執しているし、そのような「理想」が「現実」によって妨げられていることへの怨嗟を捨て去ることが出来ないのである。無論、そのような「現実」への怨嗟と適度に折り合いをつけていかない限り、俗世間の枠組みへ挺身することは出来ない。だからこそ、彼は「世捨て」を選び、敢えて「無一物」であろうとして、それまでの安定した生活を自らの手で崩壊へ導いたのである。そのような主張の方向性は、坂口安吾の若き日の肖像にも看取し得る。代用教員時代の記憶を巡って綴られる「麦畑を渡る風と光の香気の中で、私は至高の歓喜を感じていた」という一文は、彼が俗世を離れて無機的な「自然」への想像的な没入から満足を引き出していたことを露骨に示している。何れの場合にも共通して言えることは、彼らが「人間」を嫌っていたということである。それは「人間」というものが様々な虚飾を媒介として「私」の固有性を損なうからなのだ。

 だが、更に重要なポイントは、この二つの作品の語り手が共に「挫折した作家」という面影を有していることに存する。それは彼らにとっては「正しい希望」であり、その希望を投げ捨てることが「世捨て」への衝動を駆り立てる要因となっている。このような理解の仕方は単純に過ぎるかもしれないが、彼らが「人間の世界」を忌み嫌うのは、それが「私」に固有の「正しい希望」の成就を阻害するからである。しかし、彼らはそこから一段進んで或る「成熟した境涯」に到達することになる。

 

「満足はいけないのか」

「ああ、いけない。苦しまなければならぬ。できるだけ自分を苦しめなければならぬ」

「なんのために?」

「それはただ苦しむこと自身がその解答を示すだろうさ。人間の尊さは自分を苦しめるところにあるのさ。満足は誰でも好むよ。けだものでもね」

 本当だろうかと私は思った。私はともかくたしかに満足には淫していた。

 

 これは「風と光と二十の私と」の一節だが、こうして比較してみると、坂口安吾の方が遥かに楽観的な境地へ留まっていたのだと言えるかも知れない。或いは、こうも言い換えられるだろう。「満足は誰でも好むよ。けだものでもね」という「認識」から、「赤目四十八瀧心中未遂」の生島は出発したのだと。そして、その「認識」は「中流の生活」への抑え難い嫌悪と根本的なところで繋がっているのだと。そういった観点に立脚するならば、車谷長吉の「赤目四十八瀧心中未遂」は、坂口安吾の「風と光と二十の私と」において見られたエシックスの現代的な発展、或いは進化だと看做すことが出来る。「満足は誰でも好むよ。けだものでもね」という倫理的な要諦から踏み出して、生島は安定した生活を捨て去り、いわば主体的に「苦しむこと」を目指していく。だが、その「苦しむこと」は最終的に「本当に苦しんでいる人々」によって、その欺瞞性を痛烈に暴露され、突き放されてしまう。「苦しむこと」の究極に「心中」が見据えられたのだとしても、それは結局「未遂」に過ぎないのだ。

 坂口安吾は「不幸と苦しみが人間の魂のふるさとなのだ」と書き綴った。そして車谷長吉氏の造形した「私」は、そのような「不幸と苦しみ」へ自ら身を乗り出すものの、結果的にその「ふるさと」から振り払われてしまう。言い換えれば「人間の魂のふるさと」というのは、決して近づくことの出来ない倫理的な「理想」のようなものであって、極めて峻烈な信仰のようなものではないのか。それは決して「自然との交歓」による歓喜を容認しないし、だからと言って「中流の生活」を奨励する訳でもない。もっと言えば、それは「社会」と「自然」という二元論的な対立の構図そのものを転覆させるような倫理的基軸なのだ。俗世によって満たされることも、自然に溺れてしまうことも、煎じ詰めれば「自己の否定」に他ならず、従ってそれは「生きること」の否定に他ならない。いや、こんな言い方は粗雑過ぎる。「ふるさと」は自ら進んで求めるものではなく、否応なしに巻き込まれ、引き摺り込まれる剣呑な領域だ。それは自ら押し開こうとしても閉ざされたまま、決して動かない。だが、そこを潜り抜け、経由しない限り、人間の霊性が成熟することは有り得ない。この二律背反を巡って、坂口安吾車谷長吉も悪戦苦闘を重ねたのではないか。

 訳の分からない文章のままだが、この辺で今夜は切り上げることにする。