サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

サラダ坊主風土記 「筑波」

 今日、仕事の休憩中に妻からのメールを開いて初めて知ったのだが、茨城県つくば市にある西武百貨店が2016年度中に閉店することが決まったという。

 私は二十三歳から二十五歳にかけての時期、テナントの店長として筑波西武で働いていた。辞令が下るまで、私は筑波という土地に関して殆ど完璧と言って差し支えないほど無知であった。当時、私は松戸市に住んでいて、筑波というのが自宅からどれくらいの時間で通える立地なのかということも、全く見当がつかなかった。

 松戸から常磐線新松戸駅へ行き、武蔵野線に乗り換えて南流山駅へ行き、そこから「つくばエクスプレス」という運賃のべらぼうに高い真新しい列車に乗り込んで、終点のつくば駅まで向かうのだが、初めてその経路を辿った時、窓外の景色が見る見る牧歌的な田園地帯の様相に切り替わっていくことに、名状し難い感慨を覚えた。夏の日のことで、晴れ渡った空の下に、柏たなか駅を過ぎる辺から一挙に水田が開け、守谷駅で一旦は都市的な景観を取り戻すものの、利根川を渡れば再び辺鄙な田舎の風景が甦る。眺望の素朴さと、乗り込んだ電車の高機能な印象とは、私の中で巧く合致しなかった。

 筑波というのは、少なくとも駅の周辺に関して言えば、いかにも平坦で真っ新な空き地に人工的な都市計画を埋め込みましたというような、奇妙に近未来的な景観を備えた土地柄である。筑波大学JAXAの筑波宇宙センター、様々な製薬会社の研究所など、学園都市という旗幟の下に知的な機関が雁首を揃えていて、辺鄙な土地なのに幾らか高踏的な気風を感じる。

 筑波西武時代、店長として私が使役していたアルバイトの大半は、筑波大学に通う学生であった。筑波には物凄い数の筑波大生が蠢いていて、しかも横の繋がりがあるから、スタッフの紹介で新しいスタッフを雇い入れることが出来る。つまり、馬鹿みたいに高いタウンワークへの掲載費用を節約することが可能な立地なのである。

 彼らは総じて物覚えが良く、素朴で垢抜けず、真面目であった。勉強の対象は様々で、修論を書く為に英語で綴られた物理学の論文を読んでいますという院生の女の子もいれば、芸術学群に所属して彫刻を学んでいますという学部生の女の子もいた。或る学生のスタッフが卒論を書いていると言うので、どんな内容なのかと尋ねたら、返答が頗る抽象的で、私は全く理解することが出来なかった。そんな賢いスタッフを安い時給で使役して偉そうな顔をしていられる店長という役職は、実に優雅な御身分であると言える。