サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作 「秘密」

夜の闇に

まぎれて

すべて隠してしまいましょう

深夜の駅前の道を

わたしもあなたも

靴音を殺して歩く

野良猫が

無数の敵意に身構えるように

露見することを

おそれて

わたしたちは綱渡りのように

夜の暗がりに爪先立つ

 

秘められた

感情が

少しずつ

ビーカーの縁まで

届きそうに

溜まる

わたしは

指折り数える

あなたとこうして過ごした夜の数

交わした言葉の数

積み重なった

秘密の数

 

あなたは

こころを隠して

わたしの腕を

掴んで

引き寄せた

あなたの胸もとに

抱かれたわたしの腕は

静かな律動にあわせて

顫えている

わたしはわたし自身と

たたかう

理性や

建前や

欲望や

約束と

繰り返したたかう

ねえ

あなたはすがるような

眼で

わたしを見る

その眼差しが

この秘密をいっそう

深淵へ追い込むのだ

 

奪った唇の

感触は懐かしかった

もうずっと長い間

隔てられていたのだ

この掌はずっと

愛しさの名残をもとめて

彷徨をかさねていた

あなたの名を呼ぶたびに

一つずつ秘密が重量を増していく

引き返せないほどに深く

水底へ沈み込む

大きな錨

 

ねえ

寒さがあなたを苦しめる

それは日没の街の

秋風のせいではない

伸ばした腕から

腕へ

からみあい

あなたもわたしも

次第にじぶんの輪郭を見失っていく

ほぐれていく秩序

正義では括れないこころ

そうだった

論理では縛ることのできない感情を

誰かが愛と名づけた

爾来

世界には歓びと苦しみが

洪水のように

満ちて

あふれた

 

ねえ

あなたには別の

誰かがいるけれど

それは二人の

感情の傾斜を

せきとめる理由には

なりそうもない

いずれ傷つけ合い

憎み合い

別れ話に

長い夜を費やす二人に

なるのだとしても

この瞬間の

感情はハンドリングできない

目覚めたときにはもう手遅れだったのだ

目が合った瞬間から

既になにもかも

あやつれなくなっていたのだ

 

秘密の数だけ

愛が重みを増していく

帰れない部屋の

合鍵は投げ捨てよう

もう構ってなんかいられない

体面

外聞

名誉

罪悪

自責

鬱屈

息苦しい沈黙

それらを代償として

わたしはあなたの唇を見つめる

あなたはわたしに身を任せる