サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作 「ホテル」

雨が上がった後の

夜の駅前は

艶やかな光に満ちている

無数のタクシーが列を作り

夥しい数の人間が

好き勝手な方向へ歩いている

私たちは

手をつないで

光の隙間を狙って

忍び足で進んでいく

知り合いにみつかったら

気まずいからね

西船橋の夜は騒がしい

だから私たちの密会はそれほど目立たない

見た目には平凡な男女だけど

老け顔の私と童顔のあなたの組み合わせには

援助交際の嫌疑がかけられるリスクがある

だけど関係ないよ

恋に落ちた以上は

あらゆる規律が無効化される

始まってしまった戦いに

審判の切迫したホイッスルは届かない

ねえ愛してるでしょ?

即答する

うん愛してるよ(この会話に特筆すべき意味は含まれておりません)

 

初めてあなたと行ったときは

心臓が高鳴るのを抑えられなかった

あなたは笑っていても

緊張で全身をかたく

こわばらせていた

その瞳は潤んでいた

期待は常に不安とすれちがっている

素面の二人は目も合わせなかった

目を合わせなくても

無数の信号が

閉ざされた部屋のなかをひんぱんに行き交っていた(シャワーを浴びる適切なタイミングを測定中)

 

軈て

日没を過ぎた空に

大きな夜が舞い降りるように

私とあなたの唇が

ゆっくりと触れる

それまでの平穏な会話は

沈黙のなかに

ダストシュートのように吸い込まれる

あなたは横たわる

私は覆いかぶさる

声は言葉の形にならず

それでも多くの情報を伝える

 

過ぎ去るものばかりの交差点

私たちは手を掲げて

タクシーを捉まえようとするけれど

驟雨の降り出した金曜日の夜に

空車を見つけるのは難しい

過ぎ去るものばかりの西船橋の駅で

私は何度もあなたと待ち合わせたのだ

過去の亡霊がねむる

墓標のような改札口で

 

海浜幕張へ向かう

武蔵野線の列車が停まって(新浦安・舞浜・東京方面は御乗換えです)

乗客を吐き出すたびに

私は自然と眼で探している

列車のドアはひどく事務的に閉じられる

私の期待とも絶望ともつかない微妙な感情は

平手を食らったように静まり返る

心の表面は火傷したようにあつい

私はあきらめて総武線のホームへ向かう

私の乗るべき列車と

あなたの乗るべき列車が唯一

交錯する駅の

猛烈な雑踏のなかで

私は少しずつ

愛した記憶を削っていく

薄いチーズの皮がめくれるように

私はあなたの不在に慣れる