サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作 「逢瀬の歌」

耳鳴りのように
幻聴のように
あなたの声が
闇夜の底を跳梁する
わたしは何を求めているのか
手探りのまま 答えを探り当てることはない
幾度も幾度も問い返す
その感情の 精確な羅針盤について
あなたは言葉を濁すしかない
だって わたしには
帰るべき場所がある

仕事を終えた
夜の喧噪のなかで
何食わぬ顔で
わたしたちは人影の隙間を縫う
寝静まった街の
小さな暗がりに身を潜める
睦まじい栗鼠のように
すばやく
無遠慮な視線を掻い潜って
わたしたちは唇を合わせる
それは扇のように重ねられる
その先に待ち構えているものの姿を
冷静には見極められぬままに
孤独の温度計が
頻繁に上がったり下がったりする
その夜の連なりのなかで
わたしたちは仮初の関係を持つ
あらゆる関係は仮初のものだという
もっともらしい仮説を口ずさみながら

あらゆる関係が仮初のものならば
確かなものを求める
この切迫した心は矛盾している
わたしたちは自分自身の本音さえ
正しく見通す力を持たない
けれど
不確かなものを愛してはならない決まりはない
確かなものだけを愛することに退屈したせいで
こんな袋小路に
迷い込んだのだから
見え透いたものと
嘲る訳ではない
そう簡単に罵れるほど
軽いものではない
単調な日常の充溢は

だが
徐々に掠れて
擦り切れていく感情の乾燥を
いつまでも欺きつづけることは出来ないのだ
切実な情熱の価値を
遠い日々の忘れ物のように
どこかで失くした定期券のように
記憶の中心から排除する訳にはいかないのだ
もどかしくて
僅かな距離さえ奪い取らずにはおかない
あの燃え盛る愛情の旋律を
この躰に甦らせてしまったのならば
狡猾に
眠ってしまった振りは出来ない
あなたは距離を測りかねている
爪先で
境界線のありかを確認している
それは仕方のないことだ
それを飛び越えるには狂気が必要だから

だからこそ
世界は狂気を必要としているのだろう
繁華な街衢で
夜の灯りの狭間で
擦れ違うように手をつなぐ
アルコールのもたらす狂気が
わたしの観念に透明な擦過傷をきざむ
触れてはならないものに触れる指先
口に出してはならない言葉
わたしは狂気を必要としている
破れかかった垣根を
最後に踏み破るための勇気を

ネオンサインを頼りに
冷え切った夜道を歩く
わたしたちの焼けつくような鼓動
祈りにも似た心拍数の波動
越えてはならない境界線を
あやうい足取りで
踏み越えていく
わたしたちの眠れない夜
寝過ごしてはならない電車の警笛
わたしたちの重大な願い
静かに流れていく時間の
切迫した息づかい

膜が破れるように
清流が礫を押し流すように
その境界線の継ぎ目を
狙って
わたしは少し乱暴に手を伸ばした
わたしの内なる愛情が
劇しく露呈した
あなたは
恥じらいの内側に
閉じこもるふりをして
言葉では たしなめながら
無言のうちに許可を与えた
恩寵のように認められた許可が
わたしの情熱の禁令を解いた
愛しているという言い訳が
愛してはならないという倫理を殺した
殺された倫理の生温かい血糊が
床へ広がるホテルの一室で
わたしは
あなたの総てに慈愛を注いだ
いかなる警報も
濁った鼓膜を
揺さ振ることは出来ないのだ