詩作 「新世界より」
壊れものをあつかうように
優しく指先に神経をそそいで
大事に守って
今日まで辛うじて
綱渡りには失敗せずに
来たつもりでした
けれど
やはり運命には逆らえないのでしょうか
掌中の珠
という表現があります
そうやって大切に慈しんだとしても
FRAGILEというラベルを貼られた品物は
かならず長旅の途上で
ひびわれてしまうのかもしれませんね
空港で
税関で
港で
埠頭で
あるいは
あの曲がりくねった首都高のどこかで
遠くへ運ばれていくうちに
梱包材のなかで
絆はもろく弱り始める
最初はあんなにも確固たる
輪郭をそなえていたものが
突然走り出したトロッコのように
速度を増すばかりで
後ろを振り返りもしなかった一つの純粋な感情が
こんなにも哀しく
枯れてしまう日が来ることを
愚かな私は知らずにいました
夢見がちだったと嗤われるでしょう
だけど夢がある限り
私の日々は幸福だった
見える景色が一夜にして様変わりした
長い孤独が
トンネルを抜けたように終わりを告げ
雪融けの清らかな水の流れが
私の胸にそそぎこまれた
情熱は私たちの体温を限りなく上げた
沸点の高い二人の時間に
夜の長さも
霞んで見えた
だけど
映画が定められた時刻に上映を終えるように
冬に始まった恋は
晩夏の光のなかで俄かに息絶えた
夕立が足早に引き上げていくように
あなたの俤が
彼方へ連れ去られていく
帰ってきてください
虚しい呼びかけが
下がり始めた街路の気温のなかで
宛先を見失って立ちどまる
その背中を押すように
去年の歌が哀しく覆いかぶさるのだ
今までありがとうと顫える声で言った
あなたのまえで泣いたことなんかない
あなたのまえで
こんな答えを口にする夜が来るなんて思わなかった
鈍感な私には
あなたの本当の声が聴こえていなかったのだろう
いまさら
慌てて耳を澄ませたところで
呼出音は留守電につながるばかり
やがて遠くない未来に
あなたは電波の届かないところへ永遠に去ってしまうだろう
(電源が入っていないか、電波の届かないところにいるため、かかりません)
鼓膜が今にも泣きだしそうだ
ほんとうにさようなら
新しい世界へ駆け出すために
真っ白な帆を
空へ大きく掲げるために