サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作 「そしてまた春が訪れる」

凍りつくような冬の風が

寝静まった車道を走りぬける

終わってしまった関係を

いつまでも語り続けるのは愚かだと

酔った友人はグラス片手に諭す

終わりとは何か

始まりとは何か

永遠とは何か

壊れやすいこころで

生きていくためには何が必要か

 

春が来るまで

翼は畳まれたまま

消えてしまった笑顔と

私との間に築かれていた幸福なつながり

忘れてしまえるなら

魂の裂け目にナイフをいれて

痛みを呼吸に変えて

呼ばれない名前

鳴らない電話

夜の底で

ピアノが哀切な旋律を奏でる

終わってしまったものに

いつまでもこころを縛られないで

 

柔らかく笑って

凩のなかで揺れていた

あなたの後ろ髪

束ねられた

繊細な想い出

ときおり怖くなるね

人を愛することが報われない苦しみを指差すのなら

だけど私は離れられない

誰かを愛しく想いうかべる歓びから

 

冬は深まり

限界を突き抜けて

そしてまた

春が訪れるのでしょう

こころない言葉で

抉られた傷口にも

一すじの陽光が射すのでしょう

啀み合うことが日課であるような

歳月から遠ざかり

冷え切ったカラダにも

血の通う音が聴こえ始める

脈々と流れる感情の歌が

いのちの

叫びが

 

地球上に存在する無数の恋人たちの群像

まるで細胞の盛んな増殖のように

広がり続ける愛しさの輪廻

やがて私たちは長引いていく関係の狭間で

愛することの意味や理由を見失う

忘れっぽい生き物だから

私たちは

尊い絆にさえ冷たい視線を

ときおり投げかけて恥じないのだ

ココロとココロのつながりは常にもろい

互いのココロしか

頼るものを持たない危ういつながりを

私たちのなかの怠慢がときおり

どうしようもなく傷つけてしまう

すべてが過ぎ去ったあとで

ようやく自分たちの愚かさに気づく

得難い想いを置き忘れた列車の網棚

遠ざかる車両を

呼び止める力は

あたえられていないのに

 

まるでひとつの人身事故のように

互いのココロが不意にぶつかって

私たちは恋に落ちた

唇と唇が

不思議な因果で触れ合ったために

二人のココロは

糊付けされたように離れなくなった

ココロの愛しさを

カラダで伝え合いながら過ごす歳月

冬が終わり春が来て夏になり秋が始まる

もう一度

あの日の記憶を指先で確かめても

解読のむずかしい暗号だけが

私の視界で明滅する

 

そしてまた

春が訪れるのでしょう

あらゆる困難や

やっかいな問題を押し流すように

柔らかい桜色の陽射しが

静かな街並に彩りを与えるのでしょう

見慣れた電車に乗り換えて

あなたの住む町へ行きたいけれど

自動改札は私の通行を倫理的に阻むのです

後ろ髪をひかれてはならないと駅員がたしなめる

あなたの定期券は有効期限切れです

更新は認められません

穏やかな顔の駅員に行く手を遮られて

私は深呼吸する

感情の水面をなめらかに整えてみる

おおきな喪失の哀しみ

あなたの住む町へ

行くことはもうない

やがて春が過ぎ去るころには

私の住む町を

夏の鮮やかな光が覆っているだろう