サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作 「SOMEWHERE」

始まりはただ

秋の平凡な一日で

夕映えは

ふだんと変わらぬ壮麗な茜色

坂道をくだる自転車の軋みが

二人の時間の

伴奏でした

あのころ

いわゆる青春と呼ばれる時代を過ぎたあとでも

働くことが日常のまんなかを貫くようになったあとでも

私たちはきっと

自由な世界に憧れていた

 

苦い煙を吸ったり吐いたり

夜の二十三時に待ち合わせてみたり

情熱をなによりも重んじてみたり

不自由な日常の狡猾な罠から

いつも逃れたがっていた気短な二人

 

台風がくればいい

大きな暴風雨が

私たちをつなぐ諸々の留め金を

ふきとばしてくれたなら

下らないけど笑いとばせない

様々なシガラミを叩き潰してくれたなら

ときどき思います

台風のニュースが流れる

たとえば休憩室の無責任な雑談のなかで

そのニュースに接する

トタンを叩く重い雨音

少し眠そうな

あなたの横顔

汗で薄まるチーク

昨夜あれから一睡もできなかったの

台風がうるさくて雷も鳴るから

私たちは少しずつ混ざり始めている

恋することは

自分を失うことに似ている

あなたの笑顔が

私の笑顔と重なり合う

不思議な仕方で

 

別れの電話を切ったあとで

私はカレンダーを眺める

おおむね十カ月ほどの蜜月が

私の人格に様々な影響を及ぼした

その影響は

これから汐がひくように消えていくだろう

平凡な晩夏の一日に

あなたは私を捨てて別の扉を開けた

合鍵をつくることは

私には許されていなかったので

ただ黙って見送るしかなかった

晩夏

私はひとりの愛する女を永遠に失った