サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

「生活」と「事件」の相剋 三島由紀夫「新聞紙」

 引き続き、三島由紀夫の自選短篇集『花ざかりの森・憂国』(新潮文庫)に就いて書く。

 「新聞紙」(「しんぶんし」ではなく「しんぶんがみ」と読む)と題された短篇を読み終えたとき、その静謐な掉尾の修辞から、私は夏目漱石の「夢十夜」を連想した。

 敏子は、どうしたことか少しも怖くなかった。その繊細な手首をあずけたまま、咄嗟のあいだに、

『おや、もう二十年たったのだわ』

 と敏子は思った。……

 皇居の森は真黒に静まり返っている。(『花ざかりの森・憂国新潮文庫 p.142)

 この作品に充塡された意味を、性急な言葉に置き換えることに、それほど豊かな意義があるとも思われない。作者にとって最も切実な主題が象嵌された作品、例えば「憂国」や「海と夕焼」に比べれば、この「新聞紙」という短篇は、明瞭な主題へ緊密に結び付けられた構造を有していない。だが、それを以て「芸術的な瑕疵」だと騒ぎ立てる意図も、私には欠けている。寧ろ明瞭な主題を欠いているからこそ、我々読者は歴史的に形成された仰々しい文学論の制約を免かれた状態で、様々な個人的憶測を自在に組み立て、伸びやかに飛翔させる権利を密かに獲得し得るのだと、強弁することも決して不可能ではない。

 敏子という女性が何らかの索漠たる虚無を抱え込んでいるように見えるのは、私の個人的な偏見であろうか。多忙で社交的な映画俳優と結婚した彼女の結婚生活に対する不満が、作中で明瞭に示されている訳ではない。だから、こうした感想は極めて型通りの一般論に類するものでしかないだろう。社交に溺れて一向に家に帰らない伴侶を持つ女性は不幸であるという一般論に基づいた感想に過ぎないと言えるだろう。

 だが、彼女が家の中で起きた奇矯で滑稽な椿事(即ち、子供の為に雇った看護婦が何の前触れもなく産気づいて、広間で自分の赤ん坊を産み落として絨毯を血塗れにしたという呆れるような「事件」)に異様な執着を示す背景には、彼女自身の営んでいる倦怠と寂寥の入り混じった「生活」の齎す不満が関わっているように、私には感じられるのだ。

 三島由紀夫の作品において「生活」とは「倦怠」の同義語である。そして彼にとっての「希望」は、常に「事件」に対する「期待」の情念として構成されている。こうした発想の形態が頗る「生き辛い」ものであることは誰にでも想像のつく話だろう。「生活」と「事件」とを必ず対比させ、平俗な「生活」の破局に禍々しい絶望の仮面を被った「希望」を見出そうとする三島的な理路は、学習院から東大を経て大蔵省へ入った生粋の「優等生」であった彼の頗る体制的な経歴と余りに乖離していて、思わず眩暈を誘われる。恐らく彼の人格に宿っていた「振幅」の大きさは凄まじいもので、その両極を統合しながら生きていくことは、相当に苛酷な負担を彼の心身に強いていたのではないかと推察される。

 彼にとって「戦時下の青春」が特別な意味を持っていたのは、それが「確実な破滅」という逆説的な「希望」の赫奕たる光に絶えず照らされていた時代であった為だろう。「金閣寺」において、三島は語り手である溝口という僧侶の口を借りて「敗戦の齎した絶望」に就いて語り、来るべき「確実な破滅」という運命を共有することで「金閣」の象徴する「美」と無際限に睦み合うことの出来た幸福な時代の体感に就いて熱っぽい口調で語っている。「戦時下」という特異な歴史的条件は、人間の実存を悉く強制的に「破滅」へと結び付ける権能を有しており、そこでは「事件」の勃発の絶えざる予兆が、単調な「生活」に固有の堪え難い「倦怠」を次々に解毒しているのである。「生活」の有毒な「倦怠」は、確乎たる無限の「未来」という観念、或いは「終末の欠如」という観念を培地として増殖する。その放縦な増殖を食い止めるのが劇的な「事件」の持つ衝撃力なのである。

 そうであるならば、この「新聞紙」という些細な短篇においても、敏子が示す「事件」とその余韻に対する過剰な執着(或いは「特別な」執着)には、三島的な主題の片鱗が着実に混入されているということになるのかも知れない。一般論としての幸福、その社会において支配的な価値観が羅針盤のように指し示すものとしての幸福の鋳型、その鋳型に嵌め込まれた通俗的な「生活」の表層に走る亀裂、その亀裂への執着が「事件」に対する欲望と同根であることは確実だと思われる。

花ざかりの森・憂国―自選短編集 (新潮文庫)

花ざかりの森・憂国―自選短編集 (新潮文庫)