サラダ坊主日記

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プラトン「パイドン」に関する覚書 2

 引き続き、プラトンの対話篇『パイドン』(岩波文庫)に就いて感想の断片を記録しておきます。

 「パイドン」という作品において、プラトンの思想は重要な飛躍を遂げています。少なくとも初期の対話篇において見られたソクラテス的な哲学の精神は、ピタゴラス派の影響の下に弱められ、霊魂の不滅に関する証明を通じて、彼は刑死した師父とは異質な神学的発想への転換に踏み切っているのです。

 プラトニズムが後世のキリスト教神学に莫大な影響を及ぼしたことは夙に知られています。実際、イエス・キリストの名が顕れないだけで、プラトンの語る神学的発想の数々は、殆ど宗教的な信憑と見紛うほどです。ソクラテスにとって「知を愛する」という行為は、既に信じられている集合的な規範や、自明の常識を転覆する為のものであり、いわば信仰の密室から理性の曠野へ人間の精神を解き放つような営為でした。プラトンの発想は、極めて執拗で厳密な論証の力を発揮しながら、師父の行なった解放と対蹠的な方角へ舵を切っていると言えます。

 プラトニズムの根底にある公理は、人間を「霊魂」と「肉体」との合成された状態と看做す二元論的な構図です。尚且つ彼は、この二つの範疇に関して明白な優劣の位階を賦与しました。彼は「霊魂」を特権的に聖化し、「肉体」を唾棄すべき穢れた罪障と捉えました。そして肉体的感覚を通じた認識は(プラトンの思想において「肉体」と「感覚」とは、概ね同義語の待遇を享けています)、理性の機能を通じて得られる「真実在」の認識を阻害する要因として排斥されるのです。

 感覚的な認識は、認識の劣化した形態に他ならないという考え方は、経験論の立場に基づく人々の眼には奇態な倒錯として映じるでしょう。例えばエピクロスは、総ての認識の根拠を感覚に置くべきであることを繰り返し強調し、感覚による確証を得られない事柄に就いては(つまり実証的な仕方で観察することの不可能な対象に就いては)、複数の仮説の成立を認め、独断的な結論を留保することを正しい態度として称讃しました。このような観点から眺めれば、プラトニズムの原理は明らかに独善的な越権の罪を犯しているということになります。如何なる認識も感覚以外の基礎的条件から出発することは出来ないと考えるエピクロスに対して、プラトンは如何なる感覚的認識も、真正な認識への到達を妨げる障碍にしかならないと断罪しているのです。

 エピクロス無神論的な思想とは対蹠的に、プラトンの思想は明瞭な神学的性質を帯びています。両者の相違は「死」に関する位置付けにおいて、一層鮮明に示されています。エピクロスにとって「死」は特権的な意味を帯びることのない、純然たる「解体」の過程に過ぎませんが、プラトンにとって「死」は「霊魂」の「肉体」からの解放という重要な「救済」を意味しています。そして哲学的な探究の営みは、肉体から霊魂を極力解放する訓練であり、従って「死」の練習に他ならないと定義されるのです。これは明らかにソクラテス的な「哲学」の定義からの決定的な逸脱です。

 エピクロスプラトンも、恐らく「死」に対する人間的な恐懼(「不死」への欲望は、総ての人間的欲望の雛型を成すものです)の感情を克服することを目指したという点に関しては共通しています。けれども、その方法論の指針は完全に対蹠的なものです。エピクロスは「死」が、人間の認識にとって不可知的なものである事実を挙げて、死ぬことへの恐懼が具体的な根拠を欠いた妄想に過ぎないことを示しました。一方、プラトンは「死」に就いて超越的な価値を賦与することで、恐懼を歓喜に切り替えるという神学的な「転轍」を唱導したのです。エピクロスの思想において「彼岸」という観念は無用の長物ですが、プラトンの思想は不可避的に「彼岸」の実在を要請します。彼岸を称揚し、此岸を侮蔑することは、感覚的な現象の世界に対する排撃を含意します。その意味で、プラトンの思想は後世の神学的発想の基底を形作っていると言えるのです。

 けれども何故、「霊魂」と「肉体」との二元論的な峻別(それは本来、便宜的な区分に過ぎない筈ですが)を行なった上で、殊更に「霊魂」を称揚し「肉体」を侮蔑するという態度を保持しなければならないのでしょうか? こうした思考の形態でさえ、厳密には肉体的な現実の内部から派生したものである筈です。換言すれば、現実における如何なる実存の条件が、このような神学的発想の構築を促進するのでしょうか。

 容易に想定され得るのは、此岸の現実における主体の不幸と悲惨が、彼岸への憧憬を培養するという思想的経路です。現実における様々な迫害や抑圧、苦難に堪えられなくなったとき、現実とは異なる位相を想像的に構築して、そこに超越的な価値を設定するという手順は、不幸に見舞われた弱者が選び得る複雑な「救済」の理論です。眼前の不幸を、未来における幸福によって精神的に減殺するという心理的機制自体は、万人の精神に内在している基礎的な機能です。プラトンの哲学は、そうした素朴な機制に精緻な論証を与え、巨大な権威を授けました。プラトニズムという一見すると抽象的で奇態な思想が、ヨーロッパの社会に広く受け容れられた背景には、夥しい此岸の不幸と悲惨が介在しているのだと考えられます。従って、現実における苦難の実際的な解消が行なわれない限り、プラトニズムに象徴される超越的思考の形態は無限の延命を維持するでしょう。そのとき、エピクロス無神論的な弾劾が持ち得る威力は限定的なものに留まるであろうと思われます。

パイドン―魂の不死について (岩波文庫)

パイドン―魂の不死について (岩波文庫)