サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作 「呼び声」

黙っていてほしいのだ
何も語らず
言葉に表そうとした
その途端に
何もかもが ややこしくなるから
それは形を与えられてはならない感情なのだ
それに明確なラベルを与えてはならない
そうなった瞬間から
走り出すものがあるはずだから
ひとたび走り出してしまえば
私たちはそれに明確な名前を授けねばならない
ひとたび走り出したのならば
私たちはそれを黙殺することができない

呼び声に耳を傾けて
月明かりの下の
罅割れた路上に佇んで
私たちは幾多の試練と艱難を耐える
いくたびの
残虐な仕打ちが
この心をはげしく滅入らせたことだろうか
それでも
呼び声が鳴りやまぬ限り
私たちは足踏みを止めない
罅割れた路上の凍てついた表面を指で辿り
そして涎のような月光を一身に浴びる
私たちは歩きつづける
蹠には冷たい夜の底が触れている
太陽の時刻はまだ始まらない

それに名前を与えてしまったら
一度でも明瞭に その感情に名前を与えてしまったら
走り出す電車の軋るような警笛に
耳を塞ぐことさえ欺瞞に感じられる
私たちの途絶えがちな音楽が
そのはげしい韻律が責め立てるもの
責め立てられて朽ちていく祈りのような感情の輪郭
私は無論わきまえているのだ
その感情には如何なる出口もなく
如何なる幸福な結末もありえないと
そうだ 知っているのだ 本当は
ただ無邪気な子供の仮面をかぶって
裏返された意地の悪さで
幸福になれるだろうかと
わざとらしく訊ねているに過ぎないのだ