サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

詩作 「日向へ」

光の射す場所へ

手をつないで走ろう

息を切らして

夢を見るように

僕たちは光の射す場所へ急ぐ

苦い日々が

カレンダーを端から端まで染めている

さあ つないだ手を強く握り返そう

ここは生きるには暗く寒すぎる

だから 新しい世界へ飛び立つんだ

 

終わりを迎えた絆に指先で触れる

そう 何度も何度も指先で確かめる

この物語の終幕が

ほんとうにこれで正しかったのか

確信が持てないせいで

いつまでも 息苦しい夢に囚われ続けるのだ

その夢の破れ目から

君がさしこんだ指先に

僕は光を感じた

そして光の射す場所へ歩き出すために

靴紐を結び直した

 

光の射す場所へ

もうすぐ届きそうだ

遠回りを繰り返して

ようやく辿り着いた明るい部屋

南の窓を開け放ち

世界中の風を招きいれる

ここが新たな物語のはじまりとなるように

心からの祈りをこめて

窓枠からわたしは

世界のすべてを 見定めようとする

詩作 「手当たり次第」

手を伸ばして

当たるを幸い

女を口説く

そんなあいつに

君は見蕩れるのか

金歯がいくつもはまった虫歯野郎だ

相手にするだけ時間の無駄さ

キスする度に腐臭がするぜ

だけど君は聞いちゃいない

走り出したら止まらないんだ

そういうものだからしょうがない

好きになったら理窟は死ぬさ

 

脈打つ心臓のかきならす旋律に

踊らされて生きる君

声を限りに叫び立てる

どんな快楽も明日を約束することはない

どんな幸福も明日になれば白骨と化すに決まってる

君はそれを分かっちゃいない

 

だけど

始まっちゃったもんはしょうがない

物語は常に結末を急ぐ

良くも悪くもそれがルールだ

乗り遅れた船に手を振るな

その足で大地を蹴るんだ

狂ったあいつに血道を上げるのも

若き日のアルバムの頁数を稼ぐには丁度いい

 

終わりが見え隠れするからこそ愉しいんだ

綱渡りのようなスリルで

この橋が崩れ落ちるまえに渡り切るんだ

顫える蹠に感じる大地の鼓動

終わりが見えるからこそ愛しいんだ

音楽が鳴り止むまでの短い月日を

人は誰も馬のように駆け抜ける

爆発する脈拍に急かされ

人は誰も馬のように残された時間を駆け抜ける

詩作 「はぐれる」

闇が来る前に

いろいろと蓋をする

覗き込まれないように

人間は醜く

その空洞は

覗き込めば腐臭が匂う

古びた記憶をさぐりあうのはやめておこう

聖域に触れた指は

毒を浴びたように黒く枯れる

 

封蝋が乾いて

開けてはならない扉を隠す

光のあふれる街角に

こだまする思い出

息を殺して過去に訣別を告げる

君はもうこの場所にいない

だから安心して

今宵 眠れる

 

僕たちは色々な土地を巡る

記憶が風に跨ってついてくる

虹色の景色が網膜に染みる

拭いても消えないインクのように

そして僕たちは旅路の途中で

多くの出会いと別れを重ねる

孤独なんて絵空事

本当は孤独なんてどこにもありゃしないのさ

 

君の睫毛は風を浴びて顫える

少しずつ削られていく荒々しい感情

それが悪い訳ではないのだ

孤独は罪ではないのだ

淋しさが宿る小さな胸に

痩せた二の腕に

最高の接吻を捧げよう

 

朝が来て僕たちは荷物をまとめる

出発の時刻を告げる真新しい太陽

逃げ出せない世界では

旅立つことだけが正義だ

だから何も振り返らずに

遠くまで響く嘶きに拍手する

君の眠り足りない横顔が美しい

吐く息は凍える明け方の空気に触れて

白く燃える

そう しらじらと燃える

詩作 「声が嗄れるまで」

伸び上がった背中に

指先でそっと触れた

振り返る前に

慌てて考える言い訳

どんな答えも一枚めくれば

言い訳と劣情に濡れている

なんだよと向けられた瞳に

水たまりが映っている気がした

あふれんばかりの

哀しみが鏤められた水たまり

 

あなたは遠くへ

靴音も高らかに去っていく

追いかけるあたしの速度は

世界の変貌に間に合わない

逃げ遅れた獲物を

猟犬がつかまえる

真っ赤な牙で

急所をガブリ

 

愛しいなら抱いて

なぜ抱いてくれないの

この顫えるカラダの甘く潤った闇に

なぜ指先で乱暴に触れてくれないの

その疑問に答えない破戒僧の横顔

なんでなんでなんでもうあいしてくれないの

ねえいろんな言い訳を上手に使うのは止めて

嘘だって分かっちゃうから

嘘なんか言わないで

あなたに嘘を言わせることが

あたしの心をこんなにも深く切り裂くの

 

嘘ばかり絡まり合う

嘘ってこんなにもありふれている

ここにもあそこにも

自動販売機のように

何でも吐き出してみせる

その重なり合った優しい嘘の衝立に

あなたはどんな想いを隠しているの

答えられないのならそれでもいいの

だけどおねがい

不安にさせないで

もう傷つくのにはうんざりなの

だから

嘘をつくのはやめて

優しい嘘の向こう側に

本当の自分を片づけて涼しい顔をするのはやめて

詩作 「金木犀」

静かに壊れていくものの

息づかい

わたしたちに許された

いくつかのみじかい祈り

大きな声で

嘆く天使

その痩せた肩胛骨

自分の姿を

鏡に映して

小さく笑った

まるで現実のように

 

閉鎖された空間で

わたしたちに認められた乏しい権利

切なげに微笑む夕暮れの警官

横断歩道で立ち止まったら

何が見えるだろう

失われた断片の

その先に結ばれる過去の形

鮮やかに光る信号機の

足許でまた

きっと巡り逢えるね

詩作 「シルエット」

孤独な明け方の光

暁の街で

夜から脱け出した黒猫の影

天球儀の奥底で

二人は巡り逢いました

なにかの間違いのように

触れ合った袖口

宿命という言葉を

古びた辞書から拾い上げる

 

 

黒革の財布から

美しい新札をとりだして

窓口へ出したら

役所の人は静かに首を振りました

満月の夜に

新札は縁起が悪いからと

天球儀の奥底で

見つめ合った二人は

罪の重さを知らなかった

罰を畏れる

敬虔を欠いていた

 

夢見の悪い朝に

目覚まし時計を叩いた女の子

彼女の不機嫌な顔は

針金のようにとがって見えた

その怠惰なシルエット

明け方の街にしきつめられた

よわい霧雨

詩作 「桜貝」

海辺に

夢のかけらが

落ちていた

記憶の哀しいピースのように

私たちの暮らしの

すみずみに転がっている

煮え切らない想いのように

春が来ても

この海の冷え切った水面は融けない

そのとき彼女はつぶやいた

私の愛した人は

冬が過ぎてもまだ帰らない

 

あれから二年と六ヶ月が経ちましたが

海辺にあの人からの便りが流れ着くことはありませんでした

彼女はつぶやいて

細い指先で

涙をぬぐった

その涙は空色で

曇った街角には

静かな秋の気配が漂っている

喜ぶことも悲しむことも忘れたように

ゼンマイの壊れた時計が道端へ落ちている

 

桜貝を拾って

形見の代わりにします

帰らない人を待つ家に

金木犀の香りが届きます

桜貝がこの季節に

海辺に落ちているのか知らないけれど

昔あの人は

砂浜でよく貝殻を拾った

子供が夢を見るような横顔で

拾った貝殻に一つ一つ

想い出に似た名前をつけた

 

津波にさらわれたあの人の

仏壇に添える花が浮かばない

四十九日という言葉が

彼女の脳裡をかすめた

母親が静かに言う

あなたはまだ若いんだから

これからのことを少しは考えた方がいいわ

彼女は黙っている

からだのなかに

息衝いている

あの人の残響を探しているのだ

 

桜貝が浜辺に落ちているのを見かけたら

彼女に電話をしてあげましょう

遠くの海へ去っていった

大切な人のために

生きることを忘れた哀しい女の

眠れない夜を少しでも減らすために