サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

魂の闇、肉体の光 三島由紀夫「火山の休暇」

 三島由紀夫の短篇小説「火山の休暇」(『岬にての物語』新潮文庫)に就いて書く。

 「芸術」と「生活」との間に生じる乖離は、言い換えれば「認識」と「行為」との疎隔であり、矛盾である。この二元論的な図式は、プラトニックな意味での「実相」と「仮象」との不整合を雛型としている。もっと抽象的な表現を用いるならば「絶対」と「相対」の相違ということになるだろう。

 人が当然その年になってとおりかかる峠へ来て、彼は芸術と生活との、一種いいしれぬ乖離にぶつかった。小ざかしくも次郎は「書く人」の立場に身を置いた。表現ということは生に対する一つの特権であると共に生に於ける一つの放棄に他ならぬこと、言葉をもつことは生に対する負目ひけめのあらわれであり同時に生への復讐でもありうること、肉体の美しさに対して精神の本質的な醜さは言葉の美のみがこれを償いうること、言葉は精神の肉体への郷愁であること、肉体の美のうつろいやすさにいつか言葉の美の永遠性が打ち克とうとする欲望こそ表現の欲望であること、……こうしたさまざまな判断を次郎は事もなげに採集した。彼は肉体を鍛えるように言葉を鍛えた。文体に意をもちい、それが希臘ギリシャ彫刻の的確な線に似ることを念願とした。(「火山の休暇」『岬にての物語』新潮文庫 p.151)

 「精神=肉体」「芸術=生活」「認識=行為」「実相=仮象」といった対比は、三島の生涯を貫く基礎的な主題である。彼は絶えず超越的価値に憧れながら、一方では現象的な世界への参与を熱烈に祈願した。何れかに偏することで満足が得られるならば、人は態々「表現」という奇態な営為に手を染めようとは考えないだろう。若しも「認識」の世界に蟄居することが可能ならば、彼は感性的な現実から離陸して、壮麗な「想像」の領域を遊泳し続ける人生を営めるだろう。若しも「行為」の世界に埋没することが可能ならば、究極的な理想に振り回されず、瞬間的な現実に耽溺する生活が送れるだろう。恐らく芸術的な「表現」は本来、これら両極の媒介を担う手段であり、現象的な実存を仮構する「模倣」或いは「演技」としての性質を帯びている。尤も、それは「行為」の端的な模写を意味するものではない。

 古代彫刻の青年像に見られる額から鼻へかけてのなだらかな流線は、自然そのままの模写ではない。いわばそれは自然がわれわれにむかって約束している美の具現である。本当の意味での創造である。すべての自然のなかには創造されたいという意志、深い祈念をこめた叫びがある。これを聞きわけることは芸術家が生に対してもつ大きな任務であり、肉体の錬磨につとめた古代希臘の青年の心ばえにも通うものであるように思われた。そしてこれこそは創造と批評とが微妙に結ばれ合う一点なのである。(「火山の休暇」『岬にての物語』新潮文庫 p.152)

 作中人物の口を借りて三島が縷説する「表現」に就いての定義は、明らかにプラトニックな「超越性」の理念に支配されている。芸術的表現は、現象的な事実を超越的な理念に基づいて編輯し、再構成する手続きであると目される。芸術的な野心は、眼前の不本意な現実を理想的な現実に置換することを求める。「創造されたいという意志、深い祈念をこめた叫び」とは要するに、該当する事物の「本質」であり「実相」のことだ。この場合の「実相」という言葉は無論、プラトニックに解釈されなければならない。つまり「理想的状態」こそが「実相」であるという論理的様式を理解しておかなければならない。「身も蓋もない現実」のことを事物の「実相=本質」と看做すのは、プラトニズムではなくタブロイドの発想である。

 「表現」の源泉には「身も蓋もない現実」への絶望が滞留している。その絶望を具体的な行動によって突破しようと試みる者は、恐らく「政治」や「経済」の領域へ踏み込むだろう。しかし芸術家は、持ち前の驕慢と繊弱に妨げられて、不合理な「行為」の世界へ溺れることを望まない場合が多い。行動家である為には、彼らは余りに性急な理想家であり過ぎるのだ。不合理な現実に、自己の抱懐する「理想」の具現化を妨げられるくらいなら、芸術家は決して実現されない「理想」そのものを仮構する途を選ぶ。言い換えれば彼らは、殺到する現実に埋もれて星座を仰ぐことさえ失念した多忙な行動家たちに代わって、美しいものの姿形を精密に告示する役割を引き受けるのである。芸術家の提示する精緻な見取り図は、彼ら自身の手では実現されない。自ら描いた理想を、自らの手で生身の現実の裡へ移植し、繁茂させるのは、並大抵の苦労では済まない偉大な事業である。

 こうした消息は時に、芸術家の内面へ具体的な「行為」への情熱的な飢渇を育むだろう。

 彼は居辛くなって船室を出て、サロンへ行って煙草を喫んだ。手には読む気もない書物を携えている。ゲエテの『ヘルマンとドロテア』である。二度三度耽読して、それ以上繰り返して読む筈もない本を、旅へもって出るのは次郎の癖であった。この頃彼は野放図に明るい書物をしか愛さなくなっていた。希臘悲劇や仏蘭西古典悲劇も、ただその悲劇性の明るさに惹かれて読んだ。幼時彼は、影を悪魔に売り渡し、影のない身になって歓楽の海へ身を投ずる若い漁夫の物語を愛読した。その童話は、影が人間の魂だと説くのであった。……これを思うと、次郎は現在自分の憧れているものが途方もないものであることに思い及んだ。魂のない明るさ、取り残された肉体の明澄さ、……そんなものだけを古典悲劇やゲエテの叙事詩の魂の営みから引き出してみてどうしようというのか? 精神を否定するのはいい、しかしそこからどこへ向って歩きだすかが……。(「火山の休暇」『岬にての物語』新潮文庫 pp.159-160)

 「魂」は陰鬱な「影」に譬えられ、「肉体」は明澄な「光」に譬えられる。こうした表現は、例えば「国家」においてプラトンが論じた「太陽の比喩」のコンセプトに正面から背馳している。プラトンにとって「光」は、利発な「魂=精神」の象徴に他ならない。けれども、芸術家の内部に育まれた鬱屈は、そうした観照的な図式に抗わずにいられない。超越的な「実相」を、四囲の現実の渦中に象嵌しようとするプラトニックな表現の様式に、次郎は堪え難い倦怠と不信を覚えているのである。

『われわれの生も……』と次郎は考えた。『われわれが考えるよりはもっと壮大であり、想像と思念と行動が及ぶかぎりをこえて壮麗なものであるにちがいない。さればこそそれは現実ではないんだ。さればこそそれは表現を要求するんだ。この廻りくどい緩慢な行為を要求するんだ。表現によって、われわれは生へ還ってゆく。芸術家が死のあとまでも生きのこるのはそのためだ。しかも表現という行為は、芸術家の生活は、何という緩慢な死だろう。精神が肉体を模倣し、肉体が自然を模倣する、つまり自然を――死を模倣する。自然は死だ。そのとき芸術家は死の限りなく近くに、言いかえれば、表現された生の限りなく近くにいるのだなあ。芸術家にとっては、だから絶望は無意味だ。絶望する暇があったら、表現しなければならぬ。なぜかといって、どんな絶望も、生を前にして表現が感じなければならぬこの自己の無力感、おのれの非力を隅々まで感じるこの壮麗な歓喜と比べれば何ほどのことがあろう。……』(「火山の休暇」『岬にての物語』新潮文庫 pp.168-169)

 「生」の現実を再構成すること、それは「生」の秘められた「本質」或いは「可能性」を探究し、露わに開示することである。「表現」は「生」を超越的な価値に接続し、偶有的な夾雑物を綺麗に洗い流して除去する。だが、そうやって抽出された「生」は、実際の「時間」の裡に封じ込められた現象的な「生」とは重なり合わない。両者の合致を求めることは、三島の悲痛な芸術的宿願である。「理想」が降臨することへの期待と絶望、それが三島由紀夫という特異な個性を形作る葛藤の源泉なのだ。

岬にての物語 (新潮文庫)

岬にての物語 (新潮文庫)

 

「仮象」の舞台で、自在に踊れ 三島由紀夫「親切な機械」

 三島由紀夫の短篇小説「親切な機械」(『岬にての物語』新潮文庫)に就いて書く。

 三島由紀夫の文業は「プラトニズム」と「ニヒリズム」の双極に向かって引き裂かれている。これが近頃、私の抱懐している未成熟な見解である。プラトニズムは、世界の背後に超越的な価値を見出す精神的形式である。この衝動が挫折するとき、三島はニヒリズムの方角へ転回する。超越的価値を否定し、無意味な日常性の深淵に回帰して、最終的な破滅の期待の裡に、驚くべき軽捷な生き方を成立させるのである。その萌芽は、初期の「盗賊」や「青の時代」といった作品に窺われ、「金閣寺」に登場する忘れ難い奇人・柏木の弄する独自な理論の裡にも象嵌されている。

 三島の作品に登場する最も明確なニヒリストは恐らく「鏡子の家」の杉本清一郎であろう。彼は「世界崩壊の確信」を懐くことで、千篇一律の退屈な日常に融通無碍の適応を示す。彼の卓越した社会的有能性は、諸々の社会的価値に対する根源的な不信と蔑視に由来する。杉本清一郎という乾燥したキャラクターを通じて造形された三島的なニヒリズムは、決して到来しない「世界崩壊」への期待を護符として崇めるものである。

 若しも世界が遠からず滅び去るのならば、社会の要求する雑多な義務や責任は何の価値も持たない。若しも世界が永久に滅びないのならば、そうした要求は無限に増殖し、比喩的な「課税」の総額は堪え難い重量へ達するだろう。三島にとっての「敗戦」は、こうした「課税」の無際限な膨張を暗示する絶望的な事件であった。そのとき、現実の荷重を一挙に清算する徳政令の如き終末論的破局の不在が告示されたのである。

 プラトニズムは、生成的な現象界を「仮象」と看做す認識論的な装置である。「実相」は常に我々の感性的認識が及ばない領域に隔離されている。三島的な欲望は、こうした「実相」を「仮象」の世界へ引き摺り下ろそうとする衝迫を、自らの内部に根深く宿している。そして「破滅」は、こうした「実相」と「仮象」の奇蹟的な逢着を実現する唯一の方途として定義される。しかし、敗戦によって「破滅」の望みは絶たれ、両者の疎隔は揺るぎない秩序として厳格に樹立された。「破滅」の有り得ない世界で、薄汚れた「仮象」の群れに四方を囲繞されながら生きること、これがニヒリズムの培養される基礎的な条件である。総てが不完全な「仮象」に過ぎないのならば、如何なる行為も容認される。何れにせよ超越的な「実相」から見限られているのならば、非道な蛮行も醜悪な偽善も悉く等価である。総てが無価値であるということは、総てが等価であるということと同義なのだ。価値に階梯を設けないこと、それは要するに「価値」という概念の根源的な廃絶を意味する。ニヒリズムが齎す無軌道な自由は、こうした「価値」の蹂躙によって保障されているのである。

 木山の示す法外な自由は、明らかにニヒリズムの恩恵によって組み立てられている。彼は世界の総てを「仮象」と看做す虚無的な思想に忠誠を誓うことで、煩瑣な心理的葛藤を特別に免除されているのである。

 木山の生活はいかにも楽々と運んだ! 一寸手をうごかせば何事も成就した。金儲けがそうであり、女がそうであり、試験勉強がそうである。学生のアルバイトでは闇ブローカアが最も高級な部類に属するが、このアルバイトで木山に及ぶ者はなかった。時折姫路くんだりまで足をのばして、十万単位の取引をまとめた。サントリーウイスキイがまだ町に見られない頃のことなので、ストック品の闇売買が、戦災に会わない京都を中心にして盛んであった。(「親切な機械」『岬にての物語』新潮文庫 p.119)

 あらゆる「価値」が「仮象」に過ぎず、根源的に等価であるならば、善行も悪事も共に同等の熱量で行われ得る。生きることも死ぬことも相互に隔たりがない。義務や責任は机上の空論であり、単なる暫時の口約束に類するものでしかない。漁色に耽ることも、ニヒリストにとっては女性に対する切実な執着を意味しない。それは無意味な遊戯であり、超越的で崇高な「愛」の理念を毀損する営為なのだ。

 「実相」への憧憬を絶って「仮象」の裡に自足すること、こうしたニヒリズムの実存的流儀は、四囲の総てを微温的に軽侮する皮肉な精神を発達させる。特定の対象に夢中になること、何らかの崇高な価値を盲信すること、束の間の幸福に執着すること、こうした人間的性質は悉く嘲笑される。ニヒリストは如何なる恣意的な対象にも自己を捧げることが出来る。如何なる対象も等しく無価値であるならば、何を選んでも、結果は同じだ。選んでも選ばなくても、共に「仮象」であるならば同じことだ。次から次へ愛する女を取り換えても、不法な売買で暴利を貪っても、それを殊更に不実であるとか背徳であるとか思い悩む理由は存在しない。何故なら、総ての行為は根源的に等価で、相互に優劣の序列を持ち得ないのだから。

 特定の価値観に呪縛されないからこそ、ニヒリストはあらゆる価値観の忠実な信徒に己を擬することが出来る。言い換えれば、それはニヒリストが空白の自己を有していることの証明である。何も信じていないからこそ、彼はあらゆる価値を信じているように見せかけることが出来る。この万能な「擬態」の能力こそ、ニヒリストの最も有益な特徴である。

 ニヒリズムは人心を荒廃させる。あらゆる事物が等しく無価値である世界で、ニヒリストに倫理や良心を求めるのは不毛である。彼らには生きている理由がない。死ぬ理由がないので、生きているに過ぎない。プラトニズムの欲望を抑圧した三島が、戦後の社会を生き延びる為に編み出したニヒリズムの作法は、恐らく彼の霊魂を充足へ導かなかった。杉本清一郎は「世界崩壊の確信」という教義に縋って有能な「仮面」を被り続けたが、彼自身の手で「破滅」の引鉄が絞られることはないだろう。ニヒリストはあらゆる種類の行為に手を染め得るが、本質的な意味では何も行動しない。何故なら、彼の行動は常に恣意的で、特定の価値を信奉するものではないからだ。彼の内部には、如何なる固有性も独創性も存在しない。自己の独創性を扼殺すること、それによって無限の自由を獲得すること、これがニヒリストの野心だが、三島が本当に求めていたものは「自由」ではなく「宿命」である。恣意的な「自由」よりも逃れ難い悲劇的な「運命」を欲することが彼の内なる欲望の姿である。

 彼は崇高な「宿命=物語」を欲して、晩年には右翼的な政治思想に傾倒した。「鏡子の家」に登場する深井峻吉のように、矯激なテロリズムの裡に霊魂の救済と解放を求めたのである。無論、それ自体がニヒリスティックな演技に過ぎないと看做すことは可能である。しかし、ニヒリズムだけでは説明し難い衝迫が、彼の末期には宿っている。

 猪口による鉄子の殺害という事件が、単なる逆恨みによるものではなく、共犯的な黙契の所産であることを、三島は適切に示唆している。猪口はニヒリストの対極に位置する人物であり、万物を等し並みに「仮象」と看做す代わりに「絶対性」への切迫した情熱を堅持している。猪口の鉄子に対する思い入れは、木山の眼には愚かしく報われない執心としか映じない。しかし、猪口と鉄子が惹起した事件によって、木山の堅牢で軽捷なニヒリズムは明らかに動揺する。彼の味わった「戦慄」は、ニヒリズムによっては救済されない秘められた欲望の存在を隠然と仄めかすものではないだろうか。無論、一切が済んでしまえば、事件は凡庸な情痴の激発として片付けられるだろう。それは「鵞鳥の盗難」と同等の重みしか持ち得ない、瑣末な悲劇に過ぎない。ニヒリストにとっては、殺人も盗難も等しく「仮象」なのだから。けれども、木山の精神は本当に万物を「仮象」と看做す人生に堪えられるだろうか? 「鏡子の家」を通り抜けた後の三島は恐らく、忍辱の限界を迎えたのである。

岬にての物語 (新潮文庫)

岬にての物語 (新潮文庫)

 
鏡子の家 (新潮文庫)

鏡子の家 (新潮文庫)

 

封鎖された未来、彼岸への跳躍 三島由紀夫「頭文字」

 三島由紀夫の短篇小説「頭文字」(『岬にての物語』新潮文庫)に就いて書く。

 この簡素な物語の構造は、直ちに読者の脳裡へ「春の雪」の有名な悲恋を甦らせるだろう。尤も、松枝清顕の綾倉聡子に対する屈折した恋情に比べれば、朝倉季信と千原渥子の関係は遥かに簡明な純粋性を宿しているように思われる。清顕が聡子に恋情を燃え上がらせるのは、二人の関係が「勅許」という至尊の命令によって必然的に禁忌と化し、その未来図を扼殺されたことに基づく。未来の欠如によって劇しい愛慾が覚醒するという心理的構造は、凡庸であると言えば凡庸だが、如何にも三島的な主題であることは論を俟たない。

 情死という事件は、三島が繰り返し取り扱った自家薬籠中の文学的主題である。その重要な特質は「未来の欠如」即ち「時間の欠如」に存する。何らかの理由で未来を絶たれた関係が、それでも性急な合一を求めて、遂には「死の共有」という選択肢を採るという成り行きは、平常な時間の秩序の外部へ飛び出すことに等しい。時間の支配する生成的な現象界を超越し、無時間=永遠の実在界へ移行するというプラトニックな欲望が、そこには鮮明に顕現している。

 古代ギリシャの哲学者プラトンは、人間の学習に就いて「想起説」(アナムネーシス)という独特な理論を提示した。彼にとって「学習」とは知識の新たな獲得ではなく、霊魂が未生の段階で予め獲得していた知識の「再現=想起」を意味する。事前に完璧な知識が存在し、人間はそれを始原の記憶の裡から発掘するが、肉体的な感覚を通じた「不完全な認識」(ドクサ)が、その復刻を妨げていると看做すのが、プラトニズムに固有の論理である。生身の人間が享受する感覚的認識は総て「仮象」に過ぎず、本来の「実相」は決して肉体的な感官によっては把握されないという原則は、プラトニズムの礎石を成すものである。

 「実相」の世界は「時間」を持たない。何故なら「実相」は定義上、普遍的で恒久的な「本質」を意味するからである。時間の変化に伴って定義が改訂されるような「本質」は「実相」という観念に適格する要件を欠いている。現象的な「時間」の終焉は、プラトニストにとっては「純然たる霊魂への回帰」と「肉体からの脱却」という「恩寵」を含意している。プラトニストにとって「肉体」は、正しい智慧の獲得を阻害する悪しき条件に過ぎないからである。こうした考え方は後世、キリスト教イスラム教に決定的な影響を及ぼすこととなる。

 皇族の横恋慕によって渥子との関係を遮られた季信は、自ら志願して激戦地に赴任し、非業の死を遂げる。その訃報は、ナイフで刻まれた頭文字の傷跡を通じて渥子に届けられる。悲痛な衝撃に心を射抜かれた渥子は、終戦と共に他界する。「死の共有」が一般的に「彼岸における永遠の紐帯」を暗示することは言うまでもない。「彼岸=無時間的な実在界」への移行は、二人の関係を或る絶対的な秩序へ昇華することと同義である。若しも「未来」という時間的枠組みが存在したら、如何なる真摯な情愛も、現象界の掟に従って生滅を繰り返し、何れは無惨な腐蝕と風化に見舞われるだろう。相対的なものを絶対化すること、変化するものを不動のものへ置き換えること、こうした「絶対化への欲望」こそ、プラトニズムの論理を形成する基礎的な理念である。

 時間的な生成変化の法則を免かれ、或る現実を決して色褪せない永遠の「剝製」に置き換えようとする野心は、三島の文学を色濃く染め上げる主要な旋律である。聖痕のように浮かび上がる頭文字の不穏な暗示自体が、既に生成的な現象界の軛を超越する秘蹟の特権を含んでいる。それは同時に普遍的な実在としての「イデア」(idea)に我が身を合致させようとする法外な要求も併せ持っている。有り触れた恋愛を、絶対的な範型に高めようとする衝動は、言い換えれば「宿命」への憧れと同義であるように思われる。

岬にての物語 (新潮文庫)

岬にての物語 (新潮文庫)

 

「超越」と「虚無」の相剋 中条省平「反=近代文学史」

 引き続き、三島由紀夫に関する評論を渉猟している。今回は中条省平の『反=近代文学史』(中公文庫)に就いて書く。

 中条氏は「三島由紀夫――〈外〉をめざす肉体」と題された本書の第七章において、三島由紀夫の文学に就いて論じている。

 自己の不確かさに苦しむ三島由紀夫は、自己を空間的、時間的に確定することになみなみならぬ執着をしめした。自己を空間的に確定するもの、それはいうまでもなく肉体である。(『反=近代文学史』中公文庫 p.203)

 三島のプラトニックで知性的な傾向を、彼の稀薄な肉体的感覚の反映と看做すことは、考察の有効な補助線である。プラトニズムの特徴の一つに、肉体的感覚の軽視が挙げられる。事実、プラトンが「パイドン」や「国家」において論じた内容によれば、感官による認識からの離脱は「哲学」の本義であると明瞭に定義されている。言い換えれば、生まれつき薄弱な肉体的感覚の持ち主であるタイプの人間にとっては、プラトンの提示する「実在=生成」「本質=偶有」の二元論的な構図は、実に馴染み易い思考の形式なのである。

 「肉体」という「不治の病」(「天人五衰」)は、その避け難い衰亡の懸念も含めて、明確に「時間」という「現象」の裡に存している。従って「肉体」が「現象の超越」を図るプラトニックな哲学的探究の最も尖鋭な敵対者であることは論理的必然である。極めてプラトニックな性質に恵まれながら、生成的な現象界へ参入することに絶えざる憧憬を懐き続けるという葛藤が、三島由紀夫という人格の果てしない振幅を形成している。彼の生涯は、相互に異質な「生成」と「実在」の両極を絶えず揺れ動き、往還し続けることで成り立っているのだ。

 自分が永遠に拒まれているという「悲劇的」な感覚の特権化は、三島のなかに、理解と参与が不可能な絶対的〈外〉という観念をもたらす。そして、この絶対的〈外〉は、理解不可能であるがゆえに、思いもかけぬやりかたで自分のもとを訪れるかもしれないという期待を生みだす。(『反=近代文学史』中公文庫 p.210)

 中条氏の論じる「悲劇的な感覚」は、例えば「金閣寺」における決して開かない究竟頂の扉を想起させる。「理解と参与が不可能な絶対的〈外〉」という表現を、プラトンの語彙に置換するならば、恐らく「イデア」(idea)という観念が適切だろう。事物の「本質」そのものである「イデア」は、肉体的=現象的な存在である生身の人間には決して触れることの出来ない超越的な対象である。それは専ら「理智」或いは「想像」の力によって把握される。

 しかしながら、三島の貪婪な野望は「イデア」という形式でしか存在し得ない完璧な事物に、肉体的=現象的な認識を通じて到達したいという不可能な夢想を患っていたのではないだろうか? 彼の比類無い知性が描き出す「理念」としての完璧な美しさに、飽く迄も肉体的な感覚を通じて接触しようと試みること、この超克し難い矛盾への過度な執心が、三島由紀夫という独特な個性を形作る礎石の役目を担っているのではないか。

 例えば「心象の金閣」と「現実の金閣」との対比は、そのままプラトニックな「実在」と「生成」との対比に照応している。「心象の金閣」は、理念的な存在であるがゆえに完璧な美しさを保持している。その理念的な美しさに、感性的な現実の世界において邂逅したいと希うことが、溝口の欲望の枢要を成している。若しも溝口が純然たるプラトニストであったならば、少しも美しくない「現実の金閣」のことなど歯牙にも掛けず、徹底的に「心象の金閣」の幻像に耽溺していればよかった筈だ。本来、感覚によって捉え難い「イデア」を、肉体的な感官を通じて「現象界」の裡に見出そうとする強烈な欲望は、プラトニストの特質ではない。

 薄明の色に混濁する生と、壮麗な夕焼けの記憶。薄明のようにさだかならぬ生とは、自己の存在の不確かさを終生病みつづけた作者そのひとの生であり、「比びない壮麗な夕焼け」とは、詩篇「凶ごと」の「夕焼」と同じく、ついに実現しない絶対的〈外〉の顕現である。金閣寺の放火、炎上が、この「比びない壮麗な夕焼け」の記憶の再現の試みでなくて、いったいなんであるというのか。(『反=近代文学史』中公文庫 p.214)

 この中条氏の見解に関して、私は同意を留保する。金閣寺への放火は「比びない壮麗な夕焼け」の記憶を再現する為の蛮行ではない。金閣寺が「比びない壮麗な夕焼け」を「私」に向かって開示せず、しかも絶えず「私」の現象的な実存を妨げ、褪色させる禍々しい権威を誇示していることは、小説の全篇に亘って精細に縷説されている。溝口が柏木に向かって「美は怨敵なんだ」と口走る場面を想起すれば、金閣寺への放火が「比びない壮麗な夕焼け」の再現ではなく、寧ろその徹底的な「根絶」を意図していることは明瞭であるように思われる。

 〈外〉と〈内〉をつなぐ肉体という縁。肉体という縁を媒介にすれば、絶対的な〈外〉と精神の〈内〉をつなげることが可能かもしれない。〈外〉に属しながら〈内〉を堰きとめている表面としての肉体の発見。『金閣寺』の主人公もまた、自分の「内界と外界が吹き抜けになる」ことを夢みていたが、彼がまだ肉体を発見していない以上、それは不可能な夢だった。(『反=近代文学史』中公文庫 p.220)

 到達し難い「イデア」と不確かな自己の内面との間に「肉体」という架橋を築く為に「筋肉の形成=教養ビルドゥング」(p.220)が要請されるという論述は、余りに粗雑な見解ではないだろうか。プラトニズムの論理に照らせば、超越的実在としての「イデア」に肉体を通じて接触することは不可能である。幾ら筋肉を鍛えても、それが超越的な絶対者の到来を容易にすることは有り得ない。

 理念的な実在、つまりプラトニックな意味を賦与された不可視の「実在」に、肉体的感覚を通じて触れたいと希求するディレンマが、三島的な論理の核心であるとするならば、その最終的な到達点は、如何なる命題によって表現されるのか。言い換えれば、無時間的な「実在」に対して、時間的な「生成」は如何なる接点を持ち得るのか。端的に言って、時間的な存在が無時間的な領域へ移行する為には「死」を選ぶ以外に途がない。死者は時間を超越し、一つの超越的な「実在」に転じる。しかし、単なる物理的な死は、時間的な現象の一部に過ぎない。死者が超越的な「実在」の位相へ移行する為には、その死者を一つの超越的な「実在」として認知し、記憶する「証人」の存在が不可欠である。言い換えれば、死者は記憶されない限り、超越的な「実在」の位相に留まることが出来ないのである。

 そう考えるならば、あの大作「豊饒の海」の末尾において、正に生粋の「証人」である本多繁邦が、長い物語の涯に「記憶もなければ何もないところ」に到達する場面は、超越的な「実在」への移行が、根本的に不可能であることを暗示しているように思われる。少なくとも「不可能である」という絶望的な認識が語られているように聞こえる。その絶望は「究竟頂の拒絶」が齎したものと同型である。プラトニックな欲望の蹉跌、それが索漠たる日常への回帰というニヒリスティックな実存への転回を促す。極めて粗雑な見取り図だが、三島の抱え込んだディレンマとは要するに「プラトニズムとニヒリズムとの絶えざる相剋」ではないだろうか。

反=近代文学史 (中公文庫)

反=近代文学史 (中公文庫)

 

殉教者の欲望 澁澤龍彦「三島由紀夫おぼえがき」

 引き続き、三島由紀夫に関する批評を渉猟している。今回は澁澤龍彦の『三島由紀夫おぼえがき』(中公文庫)に就いて書く。

 大学時代に『偏愛的作家論』(河出文庫)を読んで目映い衝撃を受けて以来、私は澁澤龍彦を優れた批評家として敬愛してきた。彼の文章は観念的な事柄を扱っていても、言葉が上滑りせず、徒らに難解な表現へ堕すこともない。言い換えれば、上品なのだ。しかも、その文体における洗煉は、彼の批評的な鑑定の犀利を損なわず、寧ろその精確性を高めているように思われる。

 『三島由紀夫おぼえがき』と題された書物には、三島に関して澁澤が綴った多彩な文章が蒐集されている。生前の三島と親交の深かった澁澤の筆致には、冷厳な批評家の姦しい観念的饒舌を肉体的な感覚が程好く中和しているような、得難い滋味が宿っている。久々の再読を通じて、私は色々と蒙を啓かれる心地がした。

 三島由紀夫の時間意識は「超越」の旗幟に支配されている。この場合の「超越」という言葉は、プラトニックな含意を伴っている。プラトンにおける「実在」の観念は、あらゆる感覚的現象を超越する不可知の「実相」を指している。一般に「イデア」(idea)と称されるこの「実相」は、事物の「本質」のみで構成された純粋性として定義される。この「本質」は時間的=空間的な条件によって左右されず、現象界の制約を予め超越している。

 超越的な絶対者との合一、これが三島の見果てぬ野望の内実である。同時にそれは、人間が「生成」と「現象」の世界に属する限り、決して叶えられることのない不可能な欲望である。若しも絶対者との合一を本気で望むならば、俗世の肉体は棄却され、不完全な「此岸」は見捨てられなければならない。象徴的な表現を用いるならば、それは「殉教」の欲望である。超越的な絶対者との融合を求めて「此岸」を脱すること、そうした「殉教者」の精神にとって、完璧な価値は「彼岸」の領域だけに存在し、一方の「此岸」には不完全な事物の偶有的残骸だけが散乱していることになる。

 生成する現象的事物への侮蔑は「殉教者」の抱える精神的特徴の一つである。「金閣寺」の語り手である溝口の眼に「現実の金閣」が「心象の金閣」よりも色褪せて映じるように、殉教者の視野においては、可感的な対象は悉く「実在」の不完全な(偶有的な)模像として定義される。彼のメランコリーは、感性的な実存の世界が「比びない壮麗な夕焼け」(『金閣寺新潮文庫 p.290)から根源的に見限られていることの情緒的な帰結なのだ。

 このメランコリーが「生きること」への嫌悪、厳密には「衰えること」への堪え難い怨嗟を涵養する。澁澤が「絶対を垣間見んとして……」と題した文章の裡に引用している「天人五衰」の一節は、その簡明な要約として機能している。

 衰えることが病であれば、衰えることの根本原因である肉体こそ病だった。肉髄の本質は滅びに在り、肉体が時間の中に置かれていることは、衰亡の証明、滅びの証明に使われていることに他ならなかった。(『天人五衰新潮文庫 p.305)

 「生きること」は、不可避的に「衰亡」を含む。この「衰亡」が生成的な現象界の特質、即ち「時間」の特質であることは明瞭である。三島の殉教的欲望が「時間」の廃絶或いは超越を希求するのは、それが堪え難い「腐蝕」の作用を発揮して、完璧な「実在」からの疎隔を益々深めてしまうからだ。論理的必然として、生成的な現象界に属さない不朽の「実在」は「時間」による圧政を全面的に免かれている。従って殉教的な欲望は自ずと「無時間」の領域を志向する。

 絶対的な「価値」(それを「宿命」や「真理」と言い換えても差し支えない)への憧憬、こうした殉教者の精神的特質に就いて、澁澤は「道徳的マゾヒズム」という言葉を用いて説明している。絶対的価値との合一の為に「死」を含めた多彩な「苦痛」を味わうことは、殉教者にとっては紛れもない喜悦である。「受苦」への特異な執着は、殉教者におけるプラトニックなメランコリー、つまり自分が「真理」から隔てられているという憂愁から析出される。「金閣寺」を論じるに際して、こうした図式は有効な役割を担うだろう。

三島由紀夫おぼえがき (中公文庫)

三島由紀夫おぼえがき (中公文庫)

 

「理想」と「憂愁」の複合体 三浦雅士「距離の変容」

 三島由紀夫に関する評論を書こうと思い立ち、それに伴って三島の作品のみならず、高名な論客による批評的な言及に就いても眼を通しておこうという考えの下に早速、三浦雅士の「距離の変容」(『メランコリーの水脈』講談社文芸文庫)と題された三島論を読み返した。

 三浦氏は『メランコリーの水脈』という一冊に纏められた複数の作家論を、或る共通の視座によって綴り合わせている。劈頭に掲げられた「メランコリーの水脈」というプロローグのような文章において、その論述の企図は明瞭に語られている。木村敏の著作を引きながら、彼は「メランコリー」を単なる感情の類型に留めず、その特有な時間意識に就いて定義を試みている。

 木村敏は『時間と自己』においてメランコリー者にあっては「過去・現在・未来をまとめた歴史的展開の全体が『とりかえしのつかない』確定性において経験される」と述べている。未来までもがすでに終ってしまったもののように感じられるというのである。(「メランコリーの水脈」『メランコリーの水脈』講談社文芸文庫 p.9)

 三浦氏は、確定された未来の側から現在を眺めるという「追憶」の形式に拘束された精神的形態を「メランコリー」と称し、その時間意識を重要な主題、或いは補助線として用いている。「距離の変容」において、三島に対しても適用された「メランコリーの時間意識」という視点は、一定の成果を挙げているようには見えるが、それだけで三島の特性に関する本質を穿ち得ていると結論するのは拙速な判断である。

 現代文学を覆っているもっとも根本的な問題は、人間の生の根拠が失われているという漠とした不安である。むろんこのような不安はいつの時代にも病的に鋭敏な魂を侵蝕してきたが、現代文学においてそれはほとんど鮮明な恐怖というかたちをとるにいたった。この鮮明な恐怖をたとえば簡潔に核兵器による恐怖と述べることができる。核兵器は人類の終焉を、それもあまりにも無意味な終焉をたやすく想像させるものである。無意味な終焉は無意味な持続を示唆する。無意味な死が無意味な生を示唆するように。(「距離の変容」『メランコリーの水脈』講談社文芸文庫 p.39)

 核兵器が直接的な原因であるかどうかは疑わしいが、少なくとも三島由紀夫が「無意味な死」及び「無意味な生」を劇しく嫌悪していたことは事実であると言える。言い換えれば三島は「虚無」に対する克服を終生、自らの重要な実存的課題として抱懐し続けたのである。彼が様々な「物語」を創り出す人間として(小説家として、或いは劇作家として)生きることに執着した背景には、この通俗的な人生の度し難い「虚無」を、何らかの豊饒な意味で充塡しなければならないという切迫した衝動が関与していたのではないかと思われる。

 確定した未来から現在を眺めること、それはあたかも追憶するように現在を生きることにほかならない。三島由紀夫が『美しい星』で提起した問題は、核兵器を生み出した以上は、人類の時間は追憶に似るほかなくなったという問題である。それは時間観念の変容であると同時に、現実観念の変容でもある。なぜなら、もしもそうであるとすれば、あらゆる現実は眼前でくりひろげられながらもあたかも思い出のように薄膜を経て生きられるほかなくなるからである。核兵器の登場は、あらゆる人間に疎隔感をもたらすはずだ。三島由紀夫はそう述べているに等しい。(「距離の変容」『メランコリーの水脈』講談社文芸文庫 pp.43-44)

 「確定した未来から現在を眺めること、それはあたかも追憶するように現在を生きることにほかならない」というメランコリックな時間意識は、必ずしも三島由紀夫の心性を適切に説明する概念ではないように思われる。確定した「破滅」が、三島の胸底に漆黒の「虚無」を宿す訳ではない。寧ろ彼は生きることの「無意味な持続」が齎す堪え難い絶望を打ち砕く為に「破滅」の予覚と信仰を自ら積極的に希求したのである。つまり三島にとって「破滅」は「虚無」の類義語ではなく、その源泉でもなく、相互に敵対する観念なのだ。

 むろん世界崩壊の確信と「他人の人生を生きること」という信条とは必ずしも直線的に結びつくものではない。世界崩壊の確信は容易に人を一回だけの個性的な人生へと誘うだろうし、世界崩壊の確信がなくとも、人生上の重大な蹉跌は人に他人の生を強いるであろうからだ。世界崩壊が他人の生を強いるとすれば、それはただ、世界崩壊という確定された未来が人間の現実感覚を変容させ、好むと好まざるとにかかわらず人間の生から生々しい現実感を払拭してしまうと考えられる場合だけである。三島由紀夫が、世界崩壊にはこの最後の場合しかないと考えたことは明らかである。(「距離の変容」『メランコリーの水脈』講談社文芸文庫 p.45)

 この段落における論旨の揺らぎは、三浦氏の思索の混迷を暗示しているように思われる。彼は杉本清一郎の「有能なニヒリスト」としての処世術を「世界崩壊の確信」というメランコリックな感情による強制の産物であると看做している。虚無の齎す疎隔の感覚が、彼に「他人の人生を生きること」を強いていると論じているように聞こえる。けれども、恐らく清一郎にとって「世界崩壊の確信」は「核兵器による恐怖」に象徴される「無意味な生」への絶望に抗する為の切迫した祈念であって、寧ろそれは彼の精神を庇護する大切な呪符の役目を担っているのである。滅び去ることは、清一郎にとって「虚無」の原因ではない。破滅など有り得ないという「無意味な持続」の理念こそ、彼の憎悪する最大の宿敵なのである。「世界崩壊の確信」はメランコリーの源泉ではなく、独自に編み出された風変わりな処方箋なのだ。

 プラトニズムといってよいような事態がここには描かれている。幼年時代に完璧な世界を体験した夏雄にとって、その後に展開する現実は不完全なものにすぎない。清一郎が未来から現在を追憶しているとすれば、夏雄は過去から現在を追憶している。ともに現在が追憶の対象であり、どこかしら非現実的なものであることにかわりはない。(「距離の変容」『メランコリーの水脈』講談社文芸文庫 p.46)

 若しも三島由紀夫という一個の才能に固有のメランコリーを見出すとすれば、それは「核兵器による恐怖」や「世界崩壊の確信」によって醸成されるものではなく、山形夏雄の人格的造形に織り込まれた「プラトニズム」の心理的帰結であると言うべきだろう。完璧で精緻な理想の実在を「事前に」想定するプラトニズムの時間意識は、実存的時間の全篇を「劣化した模像」として定義し、貶下する。どんなに長く生きようとも、万物の始原に想定される「イデア」(idea)と合致することも、それを超越することも不可能であると考えるプラトニックなメランコリーは、感性的に享受される「生成」と「現象」の一切を侮蔑して已まないのである。そして、こうしたプラトニックなメランコリーの齎す問題を最も精細に描き出した傑作が、かの有名な「金閣寺」であることは論を俟たない。

 人間が虚無に直面するのは外界と決定的に隔てられているからである。この虚無をかたちあるものにすることが世界を破滅させることであるとすれば、世界崩壊と外界との疎隔とは虚無の両面にほかならない。これはそのまま思想の現在を衝き動かしている危機の図式であるといってよい。(「距離の変容」『メランコリーの水脈』講談社文芸文庫 p.50)

 「虚無」の自覚を外界との疎隔に還元して要約してしまうのは、冒頭で掲げられた明快な「無意味な終焉」に関する論旨を転覆する行為であるように思われる。恐らく溝口が「美の象徴」である金閣を焼き払おうと思い立ったのは、プラトニックなメランコリーを生み出す「完璧な始原」を破壊することで、現象的な「人生」に参与する端緒を掴もうと志した為ではないか。外界との疎隔がメランコリーを生むのならば、わざわざ金閣寺を焼亡へ陥れるには及ばない。遊郭に通い詰めれば、少なくとも「女」との疎隔は具体的に改善され、何れは貪婪の涯の倦怠にまで辿り着くだろう。本来の問題は、プラトニックなメランコリーが「不能」や「吃音」の遠因であるということだ。予め存在する「完璧な実在」に比すれば、どんな感性的現象も「醜悪な生成」に過ぎないという根深い信憑を除かない限り、溝口の病理は抜本的な快癒を得ないのである。

 同じ店の同じ女を訪ねて、そのあくる日も私は行った。金が十分残ったからばかりではない。最初の行為が、想像裡の歓喜に比べていかにも貧しかったので、それをもう一度試みて、少しでも想像上の歓喜に近づける必要があったのだ。私の現実生活における行為は、人とはちがって、いつも想像の忠実な模倣に終る傾きがある。想像というのは適当ではない。むしろ私の源の記憶と云いかえるべきだ。人生でいずれ私が味わうことになるあらゆる体験は、もっとも輝やかしい形で、あらかじめ体験されているという感じを、私は拭うことができない。こうした肉の行為にしても、私は思い出せぬ時と場所で、(多分有為子と)、もっと烈しい、もっと身のしびれる官能の悦びをすでに味わっているような気がする。それがあらゆる快さの泉をなしていて、現実の快さは、そこから一掬の水を頒けてもらうにすぎないのである。

 たしかに遠い過去に、私はどこかで、比びない壮麗な夕焼けを見てしまったような気がする。その後に見る夕焼けが、多かれ少なかれ色褪せて見えるのは私の罪だろうか?(『金閣寺新潮文庫 p.290)

 プラトンの有名な「想起説」を連想させるこれらの文章は、三島由紀夫プラトニックな心性を極めて鮮明に告示している。彼にとって現実の行為は、幾ら繰り返しても絶対に「比びない壮麗な夕焼け」へ到達することの出来ない無益な労役と同義である。そして「金閣寺」という作品は、こうした救い難いメランコリーを打破する為の危険な格闘によって構成されているのである。若しも溝口が究竟頂の扉を開け放って「金閣」と共に焼け死んだとすれば、彼は「比びない壮麗な夕焼け」との合致に生命という賭け金を残らず投じたものとして扱われただろう。しかし彼は「イデア」(idea)との融合の不可能を悟って「生成」と「現象」の世界に帰還することを辛うじて選択した。こうした問題は「金閣寺」以後も、絶えず三島の精神を呪縛する重要な課題として働き続けたように思われる。

 三島由紀夫が結果的にその文学そしてその文体で示したことは、核兵器という世界崩壊の象徴が、人間にメランコリーの時間性を、あるいはそれに酷似した時間性を強いるということであり、また現実との疎隔感を強いるということである。(「距離の変容」『メランコリーの水脈』講談社文芸文庫 p.68)

 三浦氏の導き出した結論は、少なくとも私の眼には強引な論理的工事のように映じる。三島におけるメランコリーは「世界崩壊の確信」ではなく、寧ろ「世界崩壊の欠如」によって齎される。彼にとって最も堪え難い事態は「確定的な破滅」ではなく「無意味な持続」の永遠性である。「破滅」は「恩寵」と同義なのだ。尤も彼は「無意味な生」と同様に「無意味な死」も望んでいなかった。「核兵器」の暗示する「匿名の戦死」は、彼にとって承服し難い「破滅」の形態だった筈だ。恐らく三島は晩年に臨んで、人類から永久に追憶され、無限に参照される「イデア」(idea)のような存在として死ぬことを希求するようになったのではないだろうか。

メランコリーの水脈 (講談社文芸文庫)

メランコリーの水脈 (講談社文芸文庫)

 
金閣寺 (新潮文庫)

金閣寺 (新潮文庫)

 

Cahier(半端者の感慨)

*小説を書いたり、読書感想文を書いたり、日々曖昧に道筋の揺れ動く暮らしである。小説を書き出すと、直ぐに自分の才能の乏しさに思い当って匙を投げたくなるし、読書感想文ばかり綴っていても、無益な抽象的遊戯に溺れているようで、気が滅入る。気に入らないなら全部止してしまえば良さそうなものだが、それでも文章を書く習慣そのものを放擲する心境には至らない。

 書くことが救いに繋がるのか、という問いに、正面切って断定的な答えを返す自信はない。何も現実が変わる訳ではない、と言えば確かにそうだが、才能に恵まれた人間にとっては、書くことは紛れもない現実変革の特別な手段だろう。要するに才能が足りないのだと心から思い切れるならばいいが、何処かで自惚れもあるし、そもそも努力の絶対値が不足しているのではないかという殊勝な不安もある。半端者の自分がもどかしい。もどかしいが、半端者ならば、素直にその半端者の境遇から一歩ずつ踏み出して、往ける限り往くしか方法はない。

三島由紀夫の作品を読む計画が済んだら、何か一篇、切れ切れのブログ記事とは異なる評論紛いの文章を草して、群像の新人賞にでも送ってみようかという考えが近頃、藪蚊のように意識の裡を飛び交っている。まともな文章が書けるか心許ない。だが、折角の取り組みの成果を、何らかの形で纏めておくのも一興だ。数多の論客によって言及されてきた偉大な作家の文業に就いて、何かしら目新しい言葉が吐けるだろうか。その為には、他人の書いた批評にも眼を通しておく必要があるだろう。

 三島由紀夫という作家は非常に巨大な人物で、その文学的主題は若年の頃から一貫しているように見えるけれども、現に書き遺されたものの内容は振幅が大きく、その全貌を完璧に見通すことは至難の業である。だから、三島由紀夫に関して何か評論を書くにしても、作家の総括のようなことは、私には荷が重い。例えば「金閣寺」一篇に絞って何事かを論ずるにしても、全くの素手でいきなり掴みかかるだけでは、恐らく取りこぼすものが余りに多いだろう。

 曲がりなりにも批評というものを書いて、それを巷間に提出して価値の鑑定を仰ごうと考えるならば、他人の意見や感想も徴した上で行わなければ、体裁が整わないのではないか。私と作者との純然たる一騎打ちの結果だけを書くのは、単なる読書家の私的なノートに類することで、それならば過去に散々、そうした類の文章をこのブログに投じている。若しも本当に批評を志すならば、他者の意見を渉猟した上で、自説を述べるのが公平な流儀だろう。他人の意見を歯牙にも掛けないのは勇ましいが、その蛮勇が独善的な無智の所産に過ぎないのならば、気負った論説も総て駄犬の遠吠えとして嘲られるに相違ない。良くも悪くも、批評は思考の交易でなければならない。無論、思考の蓄積は私的なノートの累積によって養われるべきだが、それを公共の回路に向かって開こうと考えるならば、世間を広く見渡して自説の位置付けを確かめる必要があるだろう。そうした準備を、今後は進めていきたいと思う。何れ報われない作業であるにしても、思い立ったことならば何でも臆せず試みるべきである。