サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

「天使」としての詩人、或いは「実存」の拒否 三島由紀夫「詩を書く少年」

 引き続き、三島由紀夫の自選短篇集「花ざかりの森・憂国」(新潮文庫)に就いて書く。

 生まれたばかりの赤ん坊は、世界の宏大無辺であることを知らない。嬰児にとって他者は母親と父親に限られ、しかも自己と両親の境目は限りなく曖昧模糊としている。時間の経過、着実な成長の過程、外界との絶えざる接触と応酬が、嬰児の柔らかな知見を徐々に拡張し、世界の実在は、締め切られた薄暗い寝間の外にまで及んでいるのだということを告示する。

 「詩を書く少年」という短篇に綴られた少年の相貌は、経験の夥しい不足を、知性と感性の飛翔によって超越しようと企てる青春期の心性を如実に表している。彼は表面的には如何なる感情も経験も既に知悉した積りになっていて、宏大無辺の世界の諸相を悉く掌中に収めているような錯覚に囚われている。

 彼は自瀆じとく過多のために貧血症にかかっていた。が、まだ自分の醜さは気にならなかった。詩はこういう生理的ないやな感覚とは別物である。詩はあらゆるものと別物である。彼は微妙な嘘をついていた。詩によって、微妙な嘘のつき方をおぼえた。言葉さえ美しければよいのだ。そうして、毎日、辞書を丹念に読んだ。(『花ざかりの森・憂国新潮文庫 P102)

 「言葉さえ美しければよい」という傲慢な宣言は、詩人に固有の特性であると言える。世界の実相が如何なる形態と構造を伴って日々機能し、活動しているかということは、些末な問題に過ぎない。彼にとって最も重要な認識は総て「比喩的な世界」(P102)の現前に伴う恍惚の裡に幽閉されている。彼は美しいものだけを信じて、その感覚的な歓喜の裡に自らの存在を繋留しておけば済むような境涯を生きているのだ。厳密には、それは「生きている」という形容から乖離した状態である。彼は「天使」のように世界の総てから切り離され、独善的な審美眼を以て事物の壮麗な側面だけを注視している。

 実際、世界がこういう具合に変貌するときに、彼は至福を感じた。詩が生れるとき、必ず自分がこの種の至福の状態に在ることに、少年は愕かなかった。悲しみや呪詛や絶望のなかから、孤独の只中から詩が生れるということを、頭では知っていたけれど、何かそのためには、自分自身にもっと興味をもち、自分に何らかの問題を課する必要があったであろう。自分を天才だと思い込んでいながら、ふしぎに少年は自分自身に大して興味を抱いてはいなかった。外界のほうがずっと彼を魅した。というよりも、彼が理由もなく幸福な瞬間には、外界がやすやすと彼の好むがままの形をとったというほうが適当であろう。(『花ざかりの森・憂国新潮文庫 P103)

 こうした御都合主義、丁寧に馴致された可塑的な「外界」の観念は、少年が詩人であることと不可分である。換言すれば、彼は自己の意志に反する不快で醜悪な「外界」の現前を奇蹟的に免除されているのである。その特権が未来永劫に亘って持続する「恩寵」でないことは明らかである。しかし、青春の渦中に置かれた天才的な少年の精神は、そうした「外界」の攻撃的な性質を黙殺することに聊かも躊躇を覚えない。「自分自身に大して興味を抱いてはいなかった」という一文は、彼が不本意な外界との軋轢や葛藤を免かれている為に、自己の現実を顧慮する必要に迫られずに済んでいるという幸福で繊弱な消息を露わに示していると言えるだろう。彼の認識は未熟であり、恣意的であり、自分自身の認識の枠組みを毀損するような外在性を完璧に排除している。彼の認識は「比喩的な世界」という糖衣に優しく包み込まれ、その糖衣を引き裂くような酷薄な事件や椿事は今のところ彼の身辺に到来していない。

 外界をでも、自分をでも、とにかく少年はじっと永いこと見つめているのは好きではなかった。注意を惹いた何らかの対象が即時何らかの影像に早変りするのでなければ、たとえば若葉の葉叢のかがやきが、その光っている白い部分が変貌して、五月の真昼に、まるで盛りの夜桜のように見えるのでなければ、すぐ飽きて見るのをやめた。確乎とした、少しも変貌しない無愛想な物象については、『あれは詩にならないんだ』と思い、冷淡に構えた。(『花ざかりの森・憂国新潮文庫 P104)

 こうした感受性が極めて恣意的で主観的な審美主義の虜囚として形成されていることは明瞭な事実である。言い換えれば、彼は常日頃から外界に幾度も見蕩れているにも拘らず、厳密な意味で「見る」という営為に附帯する不可避的な、暴力的な性質を痛感していないのである。「見る」という営為が倫理的な衝撃力を獲得する為には、必ず「見たくないものを見てしまう」という暴力的な経験の介入が不可欠なのだ。ところが少年は、持ち前の繊細な感受性をなかだちとして、外界を忽ち「比喩的な世界」に置換し、外界の実相そのものを芸術的な装飾によって遮蔽してしまう。

 「見たくないものを見てしまう」という認識の不可避的な暴力性を閑却する姿勢は、同時に少年の精神を「夭折」の幻想的な充足への憧憬に誘うだろう。何故なら「夭折」は、醜悪な現実に向けて営まれる社会的な「成熟」の階梯を一挙に倒壊させ、抹消する効能を備えているからだ。

 彼は詩人の薄命に興味を抱いた。詩人は早く死ななくてはならない。夭折するにしても、十五歳の彼はまだ先が長かったから、こんな数学的な安心感から、少年は幸福な気持で夭折について考えた。

 彼はワイルドの「キイツの墓」という短詩を好んだ。「生も愛もうら若き頃を、いのちより奪われて、ここに殉教のいと青春わかきものよこたわる」……ここに殉教のいと青春わかきものよこたわる。実際不幸な災厄が、恩寵のようにこれらの詩人を襲ったことは、おどろくべきものがあった。彼は予定調和を信じた。詩人の伝記の予定調和。それを信じることと、自分の天才を信じることとは、彼には全然同じことに思われた。

 自分に対する長い悼辞だの、死後の名誉だのについて考えるのは快かった。ただ自分の死骸のことを考えると、ちょっときまりが悪かった。『花火みたいに生きよう。一瞬のうちに精一杯夜空をいろどって、すぐ消えてしまおう』と熱烈に思った。いろいろ考えてみるが、それ以外の生き方は思い当らなかった。でも自殺はいやだ。予定調和がうまい具合に彼を殺してくれるだろう。(『花ざかりの森・憂国新潮文庫 P105)

 「夭折」とは単に若くして生涯を卒えることを意味するのではない。純粋無垢の美しさを保ったまま、それを通俗的な「成熟」によって致命的に毀損される以前の時点で、一切の頽落の危険を免かれた状態で死ぬこと、そうして美しい記憶の銅版画となって永遠の幻想を保つこと、それが「夭折」の最も肝腎な要諦なのである。少年が完璧で宿命的な「夭折」を成し遂げるとき、彼の視野に映じる世界の総ては審美的な幻想の裡に閉じ込められたままで永久的に保存される。

 僕が何らかの醜さに目ざめることがあるだろうか? 少年はそういうことを考えてみもしなければ、予感してみもしなかった。たとえばゲーテがやがてそれに襲われ、久しくそれに耐えた老年というもの。そんなものが彼の上に訪れる筈はなかった。美しいものだともいい、醜いものだともいう青春もまだ彼には遠かった。自分のなかに発見する醜さはみんな忘れてしまった。(『花ざかりの森・憂国新潮文庫 P108)

 「老年」を「醜悪」と接合して忌避することは、三島的な価値観を構成する最も基礎的な原理の一つである。「老醜」に耐えること、つまり現実の醜悪な側面を直視すること、それは三島にとって倫理的な頽廃に他ならない。無論、彼は現実の醜悪な諸相を隅々まで知悉していただろう。世界が完璧な「美」によって占有されている筈もないことを理解していただろう。他人の心理に異様な精密さを以て通暁し、皮肉な諷刺を夥しく閃かせることに習熟した作家であった彼が、何時までも幼稚で詩的なロマンティシズムに耽溺していたとは思われない。だが、彼の精神の原風景に、幼時から培われた奇怪な審美的倫理が浸透し、それが彼のあらゆる人間的成熟の根幹を成していたことは、否み難い事実であると私は考える。

 美しいものを作る人間が醜いなどということはありえない、と少年は頑固に考えたが、その裏のもう一つのもっと重要な命題は、ついぞ頭に浮ばなかった。すなわち、美しい人間がその上美しいものを作ったりする必要があるか、という命題である。(『花ざかりの森・憂国新潮文庫 P108)

 晩年の三島が「美しいものを作る人間」としての芸術家という実存的形態に対して、或る抑え難い不満と焦躁を懐いていたことは、ボディビルや演劇や剣道や政治運動への熱烈な傾倒によって暗示的に傍証されている。「美しい人間がその上美しいものを作ったりする必要があるか」という命題は、芸術家として立身した三島がずっと密かに培養し続けてきた深刻な劣等感の明敏な要約のように聞こえる。言い換えれば、彼は切実な自己劇化の欲望を、つまり感性的な「美」を宿した芸術作品を創造することに汲々とする生活の代わりに、自らの実存そのものを一つの壮麗な「美」の象徴として構築することに憧れる抗い難い衝迫を終生、捨てられなかったのである。無論、人間の実存は芸術作品ではない。けれども、三島の審美的な倫理学は、実存を芸術化するという不可能な夢想を絶えず彼自身に要求していた。「美しい人間」と「美しいもの」との間に穿たれた絶対的な疎隔を巡る積年の懊悩は、後年の傑作である「金閣寺」において、極めて緊密な形態で象嵌されている。

花ざかりの森・憂国―自選短編集 (新潮文庫)

花ざかりの森・憂国―自選短編集 (新潮文庫)