サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

2017-01-01から1年間の記事一覧

詩作 「悪意」

黄昏の校庭に 人影は乏しい 見捨てられた景色 見捨てられた時間 そして 見捨てられた私へ 熱いシャワーのように 降りそそぐ悪意 カッターナイフは スカートを切り裂く為のものではありません 絵の具は ブラウスを汚す為のものではありません 携帯のカメラは …

詩作 「苦しさの涯で」

テールランプが 紅くにじむ 喫茶店のガラスが 曇っている 待ち合わせの時刻の 少し前に プラットホームへ滑りこんだ電車の音が 天井を隔てて 伝わってくる わたしの胸は 予感にふるえる あなたの笑顔を 真新しいキャンバスに 美しく描きだす 逢いたいのは 虚…

詩作 「グレーゾーン」

夕闇は 音を立てない 無言で 一日の終わりの 疲弊のなかに 人々を佇ませる 昨夜 交わした約束は たちまち裏切られる 灰色の関係 灰色の距離 あなたは指折り数えている 幸福な未来が その小さな掌に 触れる瞬間までの 時間の長さ わたしは 一日の終わりの 疲…

詩作 「駅」

電車が 風を巻いてはしりこむ 線路からホームへ 舞い上がる冬の風と 人々のざわめき 夜は一目散に 闇へ溶けていく まだ帰りたくない まだ離したくない つないだ手を からめた指を まだ今は ほどきたくない 秒針が回る 黙々と 残酷に それまで他愛のない会話…

詩作 「しらない世界」

海原は 最果てをしらなかった どこまで 突き進んでも 終着駅は見つからない 明け方まで 浜辺で火を焚いて 酒を浴びていた 車座の男たちも 不意に遠い眼差しで 夜空を見上げた 北極星を 確かめるために あなたの本心が どの波間に揺れているのか 誰もしらない…

詩作 「秘密」

夜の闇に まぎれて すべて隠してしまいましょう 深夜の駅前の道を わたしもあなたも 靴音を殺して歩く 野良猫が 無数の敵意に身構えるように 露見することを おそれて わたしたちは綱渡りのように 夜の暗がりに爪先立つ 秘められた 感情が 少しずつ ビーカー…

詩作 「所有」

長雨に煙る空 遠くに光る ビルの赤いランプ 十一月の街は少しずつ冷えていく こころが少しずつ冷えるように 愛することと 支配することの間に 見いだせなくなった距離を 探し求めて 動く指先 誰かを所有すること 愛しいあなたを所有すること 所有することで …

詩作 「いいえ」

いいえ、それは星ではありません それは夏草の葉叢で生まれた若い蛍火 いいえ、それは風ではありません それは夕暮れの家路を歩くあなたが 一日の労働を終えた溜息の音 いいえ、それは答えではありません それは連綿と続く暮らしのなかで あなたへの関心をか…

根源的性質としての「弱さ」

以前、長谷川豊という人物が自身のブログに、人工透析患者に対する誹謗中傷の記事を投稿し、社会的な問題に発展したことがあった。彼の言い分は、医者の勧告を無視し、節制を怠って発病し、揚句の涯に人工透析を受けることになるのは患者としての罪悪だ、と…

Cahier(悪夢・離婚・未熟・カフカ)

*先ほど、寝つきの悪い子供に寄り添って眼を閉じていたら、疲れに誘われるように知らぬ間に眠りに落ちていた。そして、久々に悪夢を見た。妻から別れを告げられる夢だった。理由は分からない。詳しい経緯も、具体的な科白も、早くも記憶の彼方に霞み始めて…

Cahier(夏・花火大会・ファミレス・交通事故)

*八月に入ってから仕事が忙しく、なかなかブログの更新に着手する余裕を確保することが出来なかった。カミュの「ペスト」を読み終えたら、纏まった感想記事を認めたいと考えているのだが、未だ300ページにも達していない。なので、断片的な雑録を書き記…

Cahier(アルベール・カミュ、ミラン・クンデラ、新入社員、ドラゴンクエスト)

*フランスの作家アルベール・カミュの小説「ペスト」(新潮文庫)を読んでいる。未だ200ページ弱の段階なので、纏まった感想を綴れる状態ではない。翻訳が、日本語として熟していなくて、意味を追うのに難儀するが、余りに滑らかな日本語であっても、却…

「断片化」としての小説(カフカの「中断」、メルヴィルの「集積」) 2

前回の記事の続きを書く。 「ロゴスの単一性」を重要な特質として帯びる「物語」=「ロマンティシズム」の堅牢な秩序に対して、様々な手段を駆使して叛逆と簒奪を試み、単一的なロゴスの彼方に「世界の本質的な多様性」を見出そうとするのが、小説的なリアリ…

「断片化」としての小説(カフカの「中断」、メルヴィルの「集積」) 1

池内紀の編輯した「カフカ短篇集」(岩波文庫)を読了した。覚書を認めておきたい。 フランツ・カフカの小説を読むとき、読者は必然的に作品の「完結」に就いての思索に導き入れられることになる。単に彼の遺した三つの長篇小説(「失踪者」「審判」「城」)…

夢に似た捩れ 「カフカ短篇集」を巡る雑録

最近、ドイツ文学者の池内紀氏が翻訳と編纂を担った「カフカ短篇集」(岩波文庫)を少しずつ読んでいる。淡々とした筆致で、波瀾万丈の壮大な物語とは程遠い、素描のような掌編が並んでいる。どれも独特の味わいがあり、不気味さと諧謔とシニカルな省察が緊…

虚実の迷宮 ウンベルト・エーコ「バウドリーノ」に就いて

ウンベルト・エーコの『バウドリーノ』(岩波文庫)は、ヨーロッパの歴史や思想に関する該博な知識を素材として組み立てられた奇想天外な冒険活劇である。この小説の奥深い含蓄を、西洋の文化に余り馴染んでいるとは言い難い私のような人間が精確に理解する…

「意味」からの遁走 中上健次に就いて 4

「枯木灘」という作品が、主観的な抒情性の閉域を打破する為の企てを含んでいると考えられることに就いては既に述べたが、その目論見が十全に成功しているとは言い難い。少なくとも作者は「枯木灘」の緊密な出来栄えに最終的な結論を見出したとは考えていな…

「意味」からの遁走 中上健次に就いて 3

「枯木灘」において試みられた「固有名の導入」という措置は、絶えず「秋幸」との関係性の内部において表出されていた世界の諸相を、主観的な抒情性の閉域から解放する働きを担っている。無論、単に登場人物に「名前」を授けるだけで、主観的な抒情性の閉域…

「意味」からの遁走 中上健次に就いて 2

だが、自分の母親を「母」ではなく、一個の独立した人格として客観的に把握するような認識と思索の形式が、或る抽象的な努力を要するのだとしても、つまり「母親」を「母親」として捉えることの方が遙かに個人の体感としては「リアル」なのだとしても、そう…

「意味」からの遁走 中上健次に就いて 1

中上健次の出世作である「岬」の世界は、土俗的な湿り気に満ちている。その湿り気が作中に充満する「情緒」の派生的な効果であることは論を俟たない。中上健次が「岬」において描き出す光景は、或る一族の閉鎖的な側面であり、その描写が及ぶ領域は極めて限…

批評は常に出遅れている(無論、それは罪ではない)

批評というものは、必ず何らかの対象の存在を必要とする。あらゆる批評的言説は常に、批評を受ける対象の現前を要請する。それは意識が常に「何かに就いての意識」であることに似通った消息である。 だが一方で、批評もまた自立した作品として存在することが…

サラダ坊主風土記 「両国」

先日、妻と二人で久々に外出した。幼い娘は、義母が一日預かって面倒を見てくれた。有難いことである。そういう協力がなければ、小さな子供を抱えた夫婦が二人きりで外出する機会を得ることは、とても難しい。 そういう貴重な機会であるのに、事前に綿密な計…

ラッダイトの断末魔(Singularityの問題)

人工知能(artificial intelligence、AI)の急激な発達に伴い、様々な労働の現場において、機械が人間の代役を務めるようになるだろうという予測が、昨今の世間を賑わせている。代表的な事例としては、米グーグルによる自動運転技術の積極的な開発が筆頭に挙…

批評と創造(或いは、その「融合」)

考えることは、所謂「創造性」とは無縁なのだろうか。 そんなことはない、寧ろ考えることこそ、真の創造性が成り立つ為には不可欠の条件なのだと、直ちに反駁してもらえるだろうか。だが、この問題は入り組んだ観念によって構成されていて、厳密に検討を始め…

改憲ラディカリズムの葬送曲

詳しいことは知らないが、先日、安倍総理が今秋の臨時国会において、憲法第九条を巡る改憲草案を提出すると明言し、物議を醸しているらしい。今年の憲法記念日にも、2020年度までに改憲を実現すると息巻いて、総理は世間を騒然とさせた。改憲に関する論…

文学的形式の多様性(「スタイル」と「ジャンル」の問題)

文学という抽象的で観念的な言葉によって指し示される形式は、果てしない多様性を備えている。例えば「詩歌」という大雑把なジャンルに限っても、日本固有の短歌・俳句から、中国における絶句や律詩などの漢詩、ヨーロッパのソネットやバラッドなど、その形…

街衢十句

一 春の雪 生まれ変わりは どの赤児 二 夕暮れに 燃え立つ祈り 金閣寺 三 淡墨の 空染み渡る 蝉の庭 四 記録から 貴女の名前 除かれる 五 殷々と 弔鐘の打つ 港町 六 鎹の 積りで生まれ 父なし子 七 親不知 抜き差しならぬ 血の因果 八 空騒ぎ 繰り返しつつ …

ロゴスの不協和音(小説における「調和」)

小説は、単一の論理的な体系による支配に叛逆し、それを巧妙に突き崩す。それは、或る一つのイデオロギーに、別様のイデオロギーを対峙させるという、通常の論駁とは異質な方法意識に基づいている。 或るロゴス(logos)と別のロゴスとの相剋、これは小説に…

「意味」を求めない散文

「小説」とは「意味」を求めない散文であるという妄説を思いついたので、書き留めておく。書き留めておくとは言っても、この妄説の全貌が既に予見されている訳ではない。漠然たる想念の束が、意識の内部を浮遊しているというだけの話である。 小説とは基本的…

暗夜十句

一 野良犬が 虹を眺めて 溝攫い 二 年の差の 数だけ鳩を 撃ち殺す 三 虫の声 眠る私の 膝枕 四 卒塔婆に 似て束ねられ 蛍光管 五 風の坂 駆け下りゆく 夏至の街 六 静けさの 内側に降る 火矢と雪 七 興醒めの 途中で気づく 雪月花 八 お前には 何も言わない …