2020-05-01から1ヶ月間の記事一覧
十九世紀ドイツの哲学者アルトゥール・ショーペンハウアーの『幸福について』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 私はあらゆる生きる知恵の最高原則は、アリストテレスが『ニコマコス倫理学』でさりげなく表明した文言「賢者は快楽を求めず、苦痛なきを求…
十九世紀ドイツの哲学者アルトゥール・ショーペンハウアーの『幸福について』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 ともかくここで、知力がかろうじてぎりぎり標準程度であるために「精神的欲求をもたない」人間に言及せずにはおられない。彼らは「俗物(Ph…
十九世紀ドイツの哲学者アルトゥール・ショーペンハウアーの『幸福について』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 詳しく言うと、私たちの実利的な現実生活は、激情につき動かされなければ、退屈で味気ないものだが、激情につき動かされると、たちまち苦痛…
三島由紀夫の短篇小説「旅の墓碑銘」(『ラディゲの死』新潮文庫)に就いて書く。 この春の巴里、マロニエ、赤い軍帽、女たち、小鳥、テラスの椅子、雲、…… それらは自然の春ではなくて、大ぜいの人間が寄ってたかって作り上げた春であった。マロニエにしろ…
三島由紀夫の短篇小説「旅の墓碑銘」(『ラディゲの死』新潮文庫)に就いて書く。 この物語には、作中人物である菊田次郎の作品の断片が挿入されている。同時に、菊田次郎の友人と思しき「私」を語り手に据えた異なる次元の叙述が、物語全体の地盤を成してい…
引き続き、ドイツの哲学者ショーペンハウアーの『幸福について』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 だれでも、自分にとって最良で肝心なことは、自分自身であることであり、自分にとって最良で肝心なことを成しうるのも自分自身である。自分にとって最良…
引き続き、ドイツの哲学者ショーペンハウアーの『幸福について』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 ごく大ざっぱに概観すれば、苦痛と退屈は、人間の幸福にとって二大敵手である。さらに私たちは、この二大敵手のうち、一方からうまく遠ざかっても、もう…
引き続き、ドイツの哲学者ショーペンハウアーの『幸福について』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 ショーペンハウアーは、個人の幸福にとって最も肝腎なものは「彼自身にとって彼は何者なのか」という問題だと明言している。幸福の根拠を徒らに自己の外…
甲:君は最近、頻繁に「幸福論」に類する書物を読み耽って、彼是と頭を悩ましているらしいね。冷酷で口の悪い君のような人間と、美しく道徳的な「幸福論」との取り合わせは何だか奇妙な印象を受けるが、一体どういう風の吹き回しだい。 乙:何か深刻な理由が…
引き続き、ドイツの哲学者ショーペンハウアーの『幸福について』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 ショーペンハウアーは、自らの皮肉で厭世的な幸福論(この逆説的表現自体が、既に皮肉なニュアンスを帯びている)を起筆するに当たって、アリストテレス…
十九世紀ドイツの著名な哲学者アルトゥール・ショーペンハウアーの『幸福について』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 三月の初旬に原因不明の高熱を発して二週間ほど仕事を休んだ。四十度の発熱は成人してから殆ど初めての経験で(去年インフルエンザに…
*三月の半ばに上司から人事異動の内示を受け、四年間を過ごした千葉の店舗から東京都心の店舗へ移ることが決まった。三月の下旬に東京都知事が強力な外出自粛要請のメッセージを出し、四月八日には緊急事態宣言の発令に及んで、配属先が期限の定かならぬ休…
三島由紀夫の短篇小説「旅の墓碑銘」(『ラディゲの死』新潮文庫)に就いて書く。 菊田次郎と名付けられた本作の主役は、三島の他の作品(「火山の休暇」「死の島」)にも繰り返し登場する、作者の分身と思しき人物である。彼は芸術家であり、その独白を通じ…
引き続き、古代ローマの賢者セネカ先生の有難い教えに就いて個人的な感想を認めておきたい。 セネカ先生の幸福論は明らかに、古代ギリシアに発祥した旺盛な哲学的思考の系譜に自らの濫觴を得ている。つまり、神話的な解釈に惑わされず、事物の構造や実質を万…
三島由紀夫の短篇小説「朝顔」(『ラディゲの死』新潮文庫)に就いて書く。 哀切なノスタルジーと仄白い怪談の風味を混ぜ合わせた「朝顔」という小品は、自然主義的な自伝よりも、複雑な心理と難解な観念の飛び交う作為的な物語を好んだ三島の文学的系譜にお…
引き続き、三島由紀夫の短篇小説「偉大な姉妹」(『ラディゲの死』新潮文庫)に就いて書く。 春の雪がちらほら降って来る朝、又ぞろ紋付に着かえて出かけようとする浅子の素振は、さすがに異様な感じを皆に与えた。勝子は見舞金をもって学生監の家を訪れ、こ…