サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

「中央集権」を拒絶する風土 佐藤進一「日本の中世国家」 2

佐藤進一の『日本の中世国家』(岩波文庫)に就いて書く。 治承・寿永の苛烈な内乱を経て東国に誕生した鎌倉幕府は、王朝期における官職の「家職化」という傾向の新たな展開、その画期的な帰結であると言えるだろう。天皇を頂点とする日本の国政の体系は、少…

「中央集権」を拒絶する風土 佐藤進一「日本の中世国家」 1

佐藤進一の『日本の中世国家』(岩波文庫)を読了したので、感想文を認める。 一応、通読は済んだとはいえ、律令制国家から室町幕府へ至る国家権力の構造の変遷を取り扱った本書は、私の如き歴史の初学者を念頭に置いて執筆されたものではなく、日本史に関す…

サラダ坊主風土記 「銚子・犬吠埼」 其の三

銚子旅行の二日目、ホテルのビュッフェ形式の朝食を頂き(コロナの感染防止策の一環として個人別の紙製のトングが用意されていた)、チェックアウトの手続きを済ませてタクシーを呼んでもらった。ホテルの駐車場の一隅に岩礁を模した露天の水槽があり、数匹…

サラダ坊主風土記 「銚子・犬吠埼」 其の二

銚子電鉄の古めかしく老朽化した車両に揺られ、我々は終点の一つ手前、犬吠の駅に向かって出発した。娘は疲れが出たのか、私の膝に凭れて寝入ってしまった。車内には広告の代わりに、或いは広告を兼ねて、銚子の醤油醸造や漁業の歴史に関する説明が掲示され…

サラダ坊主風土記 「銚子・犬吠埼」 其の一

家族で一泊二日の銚子旅行に出掛けたので、その記録を簡潔に書き留めておく。 新型コロナウイルスの感染拡大以来、人間の移動は制限され、旅客は著しく減少し、東京駅の構内に立地する私の配属先の店舗も、売上の激減に苦しんでいる。今夏の盆休みの新幹線指…

「権威/権力」の例外的統合 森茂暁「南朝全史」

俄かに歴史の勉強を思い立って、無きに等しい知識の培養と底上げを図り、日本史に関する解説書の類を渉猟している。いきなり古典や史書に挑むのは命知らずの蛮勇なので、成る可く分かり易いもの、素人でも辛うじて読みこなせるものを探している。 学生の頃、…

Cahier(「作品」の歴史的条件)

*「事実は小説より奇なり」(Truth is stranger than fiction)と英国の詩人バイロンは言った。一般に小説家は様々な経験や伝聞や私見を混ぜ合わせて、虚構の物語を作り出す。その原料が現実の世界、我々の肉体を囲繞する世界から採取されるものであることは…

Cahier(混迷の時代)

*世界は混迷の時代を迎えている。無論、混迷というものが一切存在しない時代は古今東西を通じて一度もなかったに違いないが、新型コロナウイルスの世界的な蔓延という不測の事態に蝕まれて、従来の常識や秩序や手法が音を立てて瓦解し、未来に関する見通し…

Cahier(疫病の年の覚書)

*新型コロナウイルスの感染爆発の第二波が峠を越えたと言われているが、恐らくは冬が来るまでに第三のピークが襲来するのだろうし、経済の悪化、雇用の悪化、消費の悪化は相変わらずで、何処まで景気が没落するのか知れたものではない。緩やかな恢復の徴候…

ウイルスに殺された総理

内閣総理大臣安倍晋三氏が持病の再発の為に職を辞するという。コロナ対策は世間の評価を得られず、念願の憲法改正も東京オリンピックの立会いも道半ば、北朝鮮拉致問題も北方領土問題も進捗せず、御本人は悔しさも未練も大いに募るだろうが、それでも再発の…

Digital Anxiety 安部公房「第四間氷期」

安部公房の長篇小説『第四間氷期』(新潮文庫)を読了したので、感想文を認める。 荒唐無稽の奇怪な設定を案出し、それによって我々の属する社会の日常的現実を宙吊りにしてしまう実験的精神は、安部公房の作風を成す顕著な特徴の一つである。無論、作家なら…

「サラダ坊主日記」開設五周年記念の辞

過日、八月二十五日を以て「サラダ坊主日記」は、開設五周年の節目を迎えた。 一年前の今頃は何をやっていたのだろうと記事を漁ってみると、近頃は自作の小説を書くことに熱中しており、過去に投稿した創作を纏めて「カクヨム」へ移管し、このブログから削除…

「ツバメたちの黄昏」 四十五 革命家の横顔

その女の名前は、クエルザ・パトノスといった。その名前を聞いただけで、私たちは彼女が典型的なフェレーン皇国の臣民とは異質な素性の所有者であることを直ちに察知した。パトノスという苗字は、ダドリアの西部地方では頻繁に見聞きする名前だが、フェレー…

「ツバメたちの黄昏」 四十四 離島の淑女

南洋の気怠い静寂と不穏の渦中に埋もれた昔日の墓標のように、その小屋は切り払われた樹林の一隅へ佇んでいた。私たちの訪問を待ち受けていたとは思えないが、少なくとも無惨な遭難者である私たちにとっては、その人工的な建築物は一種の運命的な恩寵のよう…

「ツバメたちの黄昏」 四十三 真昼の静かな小屋

私たち護送団の一部が、砂浜から海岸線に沿って進む東西の二つの見晴らしのいい経路から除外され、何処に危険な野獣や異族が潜んでいるかも知れない不穏な叢林の中を分け入る経路へ割り当てられてしまったのは、確かに不本意な事態ではあったが、何れにせよ…

「ツバメたちの黄昏」 四十二 南蛮の潮風

冴え渡るような純白の砂浜が、飢渇に追い詰められた憐れな船乗りたちの乱暴な着岸を黙って受け容れてくれた。有難いことに、三日三晩の漂流の末に漸く遭遇することの出来た陸地へ縋るような想いで漕ぎ着けるまでの間、私たちの隠避船の行く手を妨害する不愉…

「ツバメたちの黄昏」 四十一 マロカ島の砂浜

四日目の明け方、すっかり体力の衰えた私は瞼を開く労力さえ頑迷に惜しんで、船艙の暗がりに薄汚い砂色の毛布と共に身を横たえ、懶惰な眠りの深淵を彷徨していた。 乏しい食糧と真水の備蓄は、公平な管理とは無縁の荒くれ者たちの手で恣意的に取り扱われてお…

「ツバメたちの黄昏」 四十 シュタージの尻尾に導かれて

それから、漂流は三日三晩続いた。 不機嫌極まりないマジャール・ピント氏の御託宣の通り、人力で櫂を漕いで乗り超えるには、錦繍海峡を抜けた先の海域は潮の流れが余りに劇しく手強かった。ウェルゲリア大陸南岸と、ラカテリア亜大陸東北部のセヴァン半島に…

「ツバメたちの黄昏」 三十九 漂流の引鉄

クラッツェルの度肝を抜くような爆発的な一撃を喰らってからの、フクロウたちの動顛と混迷は思わず哄笑したくなるほどに深刻で、滑稽に感じられた。自分たちは性悪な十字鉤を山ほど発射して獲物の航行の自由を奪い去ることに御執心でありながら、自分たちが…

「ツバメたちの黄昏」 三十八 銛撃ちクラッツェルの渾身の投擲

「だが、構うことはないとも言えるな。何れにせよ、フクロウどもの餌食になるのは真っ平御免だ」 ジグレル・クラッツェルの良識的な懸念に対して、小隊長クラム・バエットが導き出した答えの中身は随分と粗略で大雑把なものであった。最早、それは一つの組織…

「ツバメたちの黄昏」 三十七 「風花号」の悪戦苦闘

純情だが余り頭の回らない部下を抱えて業務に精励するということは、数多くの艱難を抱え込むことに他ならない。無論、部下やバエットの前で己の小さな器を悟られたくないという一心から安易な感情の虚飾に走った私の浅薄な考え方が、真っ先に批判されるべき…

「ツバメたちの黄昏」 三十六 パドマ・ルヘラン氏の分不相応な矜持

当時も今も、フェレーン皇国の界隈では帆船が主流で、崇高なフェレノ王家の威光と版図を護衛する為に国庫から潤沢な支援を受けている軍艦に限っては、油を燃やして外輪を回す最新鋭の機構が据え付けられているものもあるが、それも海軍においてさえ主流派と…

「ツバメたちの黄昏」 三十五 暗い海原を渡る「フクロウ」たち

誰でも承知していることだろうが、広大な海洋は彼方此方に人目の行き届かない未知の領域を宿しているもので、深い森や猛々しく険阻な山岳と同じく、或いはそれ以上に、公権力の緻密な支配というものから無限に解き放たれている。それは一面では政治的な圧力…

「ツバメたちの黄昏」 三十四 洋上の夜襲、艱難の調べ

遽しい出立の準備の涯に乗り出したヘルガンタの沖合の海原には、月明かりと星屑の照り返しが美しく繊細な綾を描き、吹き抜ける潮風に総身を嬲られながら、私は自分がすっかり海の男の同胞へ転身したような気がして、慣れ親しんだ凡庸な現実との隔絶に眩暈を…

「ツバメたちの黄昏」 三十三 遽しい船出

頑迷であることと、信念に忠実であること、見た目は同じようでも、実際の働きようは随分と異なる訳で、一概に良いとも悪いとも決めかねるのが、私たちの暮らす浮世の厄介な側面である。クラム・バエットが、己の信念と決断に対して頗る忠実であり、その精神…

「ツバメたちの黄昏」 三十二 狐色の頭巾の男

「結論から言えば、船は用立ててくれるんだな?」 痺れを切らしたバエットの眉間には三日月のような皺が幾つも縦に列なって見えた。頑迷極まりない性格のアルガフェラと向かい合って彼是と不毛な議論に時を費やすのは、彼の主義にも方針にも反する選択であっ…

「ツバメたちの黄昏」 三十一 アルガフェラ氏の談話

背丈が余り高くなく、髭や体毛が濃く密生していて、がっしりと逞しい骨格を有するのは、昔ながらのビアール人たちの肉体的な特徴であり、私たちの眼前で偉そうに紙巻の莨を燃やし続ける密航屋メージェン・アルガフェラ氏の風貌も、その古き良き伝統に真直ぐ…

「ツバメたちの黄昏」 三十 黄昏の密会

昼間訪れたときとは百八十度異なり、花街の場末に溝鼠のように息を潜めていた海猫亭の軒先には、鮮やかな燈光が閃いていた。中へ入ると、狭苦しい店内には肩を寄せ合って男たちが鈴生りに並び、縁の欠けた器で芳醇な醸造酒や火傷しそうな蒸留酒を次々と呷り…

「ツバメたちの黄昏」 二十九 伝統と軋轢

黄昏までの長過ぎる時間、その緊張と退屈の絶えざる繰り返しのような時間の経過の中で、私は自分が流れ着いた国境の街の風物に、虚無的な眼差しを注ぎながら過ごした。ヘルガンタは私が商館員として長く暮らしてきたスファーノ湾の港町ジャルーアと、様々な…

「ツバメたちの黄昏」 二十八 「ヤミツバメ」の穴倉

今になって思い返せば、海猫亭での一幕が、私にとっては初めて「ヤミツバメ」と称される人々の存在に触れた記念すべき瞬間であったということになる。無論、国法から逸脱して海原を秘密裡に横切ろうと試みる一種の悪党たち(それが極端に強調された表現であ…