サラダ坊主日記

「この味がいいね」と君が言ったのはお世辞だったねサラダ記念日

読書ノート

ジャン・ブラン「ソクラテス以前の哲学」に関する覚書 4

ジャン・ブランの『ソクラテス以前の哲学』(文庫クセジュ)に就いて書く。 古代ギリシアの思想的系譜や伝統的な世界観においては、宇宙は有限であり、万物は或る巨大な存在論的同一性の内部に包摂されている。時間でさえ、こうした観念に拘束されており、そ…

ジャン・ブラン「ソクラテス以前の哲学」に関する覚書 3

ジャン・ブランの『ソクラテス以前の哲学』(文庫クセジュ)に就いて書く。 ヘラクレイトスは一般に「生成」の哲学を語った人物であると論じられ、その思惟の方法はエレア派のパルメニデスと対照されることが多いけれども、実際にはそれほど単純な図式には還…

ジャン・ブラン「ソクラテス以前の哲学」に関する覚書 2

ジャン・ブランの『ソクラテス以前の哲学』(文庫クセジュ)に就いて書く。 ピュタゴラスを開祖とする一群の学統は、世界に内在する数理的な秩序への情熱的な信仰によって特徴付けられている。とはいえ、彼らは必ずしも世界の総てを均一な数値的基準によって…

ジャン・ブラン「ソクラテス以前の哲学」に関する覚書 1

ジャン・ブランの『ソクラテス以前の哲学』(文庫クセジュ)に就いて書く。 廣川洋一の『ソクラテス以前の哲学者』(講談社学術文庫)と同じく、古代ギリシアの思想史を扱った本書は、翻訳であることも手伝って、聊か難解な歯応えを強いられる。しかし、独特…

廣川洋一「ソクラテス以前の哲学者」に関する覚書 4

廣川洋一の『ソクラテス以前の哲学者』(講談社学術文庫)に就いて書く。 古代ギリシャの思想史において、パルメニデスを開祖とするエレア派の理論が齎した衝撃は極めて甚大なものであっただろうと推測される。タレス以来の累代の賢者たちが専ら「自然=ピュ…

廣川洋一「ソクラテス以前の哲学者」に関する覚書 3

廣川洋一の『ソクラテス以前の哲学者』(講談社学術文庫)に就いて書く。 古代ギリシャを代表する思想家であり、所謂「哲学」(philosophy)の歴史の実質的な創始者と目されるプラトンは、自らの著述(対話篇「テアイテトス」)において、ヘラクレイトスの「万…

廣川洋一「ソクラテス以前の哲学者」に関する覚書 2

廣川洋一の『ソクラテス以前の哲学者』(講談社学術文庫)に就いて書く。 一般に「哲学」(philosophy)の誕生はソクラテス=プラトンの師弟に帰せられるが、当然のことながら、彼らの思想的な独創性が、如何なる伝統的基盤とも無縁に創発されたと信じるのは素…

廣川洋一「ソクラテス以前の哲学者」に関する覚書 1

比較的容易に手に入る限りでのプラトンの対話篇を一通り読み終えたので、目下、廣川洋一の『ソクラテス以前の哲学者』(講談社学術文庫)の繙読に着手している。 極めて断片的で通俗的な思い込みとして、所謂「哲学」の歴史は、古代ギリシャの賢人ソクラテス…

プラトン「ティマイオス」に関する覚書 4

プラトンの後期対話篇「ティマイオス」(『ティマイオス/クリティアス』白澤社)に就いて書く。 「ティマイオス」の後半における物質の組成に関する聊か煩瑣な議論は、プラトンの宇宙論と自然観が極めて宗教的で合理的な性質を孕んでいることを雄弁に物語っ…

プラトン「ティマイオス」に関する覚書 3

プラトンの後期対話篇「ティマイオス」(『ティマイオス/クリティアス』白澤社)に就いて書く。 「ティマイオス」の宇宙論において、プラトンは従来の「生成/実在」の理論的区別に加えて、第三の要素を導入する。「コーラ」(chora)と呼ばれる、その第三の…

プラトン「ティマイオス」に関する覚書 2

プラトンの後期対話篇「ティマイオス」(『ティマイオス/クリティアス』白澤社)に就いて書く。 「ティマイオス」の前半において語られるのは、宇宙の成り立ちに関する神話的な思弁である。感覚的な証拠に基づかない、純然たる「ロゴス」(logos)の論証的な…

プラトン「ティマイオス」に関する覚書 1

プラトンの後期対話篇「ティマイオス」(『ティマイオス/クリティアス』白澤社)に就いて書く。 「ティマイオス」は、プラトンの遺した夥しい著作の中で最も広範且つ深甚な影響力を発揮した書物であると言われている。四世紀ギリシャの天文学者カルキディウ…

プラトン「テアイテトス」に関する覚書 4

プラトンの対話篇『テアイテトス』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 「知覚=アイステーシス」(aisthesis)は、絶えざる「生成」の裡に育まれる刹那的な現象である。知覚する主体と知覚される主体との一時的な癒合によって、その都度、人間の精神の内部…

プラトン「テアイテトス」に関する覚書 3

プラトンの対話篇『テアイテトス』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 「テアイテトス」の前半で問われるのは「知識=知覚」という公理は正しいのかどうかという論題である。それに伴って「ディアレクティケー」(dialektike)の法廷に登場するのが、ヘラク…

審美的なデミウルゴスの肖像 三島由紀夫「女神」

三島由紀夫の小説「女神」(『女神』新潮文庫)に就いて書く。 この作品は、妻を「女神」に仕立て上げようとして中途で挫折し、今度は娘を「女神」として完成させるべく、異様な審美的情熱を燃え立たせる男の物語である。彼が「女神」という観念に充塡する感…

観照的主体への怨讐 三島由紀夫「月澹荘綺譚」

プラトンの『テアイテトス』(光文社古典新訳文庫)を繙読するのに草臥れたので、久々に三島由紀夫の小説に就いて書く。取り上げるのは「月澹荘綺譚」(『岬にての物語』新潮文庫)である。 この小説は、三島由紀夫という作家が繰り返し自作の主題に挙げてき…

プラトン「テアイテトス」に関する覚書 2

プラトンの対話篇『テアイテトス』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 「知識とは何か」という聊か抽象的な設問は、哲学という根源的思考の領域においては、安易に忌避することの出来ない難問である。「知識」という言葉自体は、我々の日常的な生活に悠然…

プラトン「テアイテトス」に関する覚書 1

プラトンの対話篇『テアイテトス』(光文社古典新訳文庫)に就いて書く。 「テアイテトス」の前半は、プロタゴラスの教説に象徴される「知識=知覚」の等式を反駁することに充てられている。この等式と、そこから導かれる「相対主義」(relativism)の言説が、…

プラトン「パイドロス」に関する覚書 2

プラトンの対話篇『パイドロス』(岩波文庫)に就いて書く。 「パイドロス」の主要な議題は所謂「弁論術」(techne rhetorike)である。前半において詳細に論じられた「エロス」(eros)に関する相互に対極的な二つの学説は、弁論術の恣意的で詭弁的な性質を露わ…

プラトン「パイドロス」に関する覚書 1

プラトンの対話篇『パイドロス』(岩波文庫)に就いて書く。 「パイドロス」の前半において熱心に追究される主題は「恋愛」(eros)である。尤も、この「恋愛」に関する精密な定義を示すことが、必ずしも当座の目的であるとは言えない。恐らくプラトンの意図は…

プラトン「国家」に関する覚書 17

プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 プラトンの考えでは、人間の「霊魂=精神」(psyche)は不滅なる「実在」として定義される。「肉体」が生成的な現象界の裡に拘束されているのに対し、人間の「精神」は本来「実相」(idea)に類する存在であ…

プラトン「国家」に関する覚書 16

プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 「国家」第十巻の前半においてプラトンは、芸術に関する議論を提示する。この議論は当然のことながら、プラトンがこれまで執拗且つ精細に展開してきた「実在」と「現象」の二元論的構図に依拠して語られ…

プラトン「国家」に関する覚書 15

プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 他者の欲望を充足させる為の奉仕を、プラトンは「迎合」という言葉で呼んで批難する。そして政治的なポピュリズム、多数決の原理に基づいたデモクラティックな社会の懐で必然的に肥育される現象としての…

プラトン「国家」に関する覚書 14

プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 「教育」に関する厖大な議論を終えた後、プラトンは「国制」と「国民」に関する精緻な考究へ移る。その成果として得られる政治的な認識は、二千年以上の時間的な隔絶にも妨げられず、現代社会の分析に転…

「実相」と「仮象」の審美的融合 三島由紀夫「金閣寺」 2

終戦によって齎された絶望を如何にして克服するか、それが溝口の実存における最大の課題となる。そこに顕れる奇矯な学友・柏木の論理は、溝口の思想に重要な影響を及ぼす。 俺は三ノ宮近郊の禅寺の息子で、生れついた内翻足だった。……さて俺がこんな風に告白…

プラトン「国家」に関する覚書 13

プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 プラトンの縷説する「教育」の本義が、単なる外在的知識の蒐集ではなく、視線の「転向」に存することに就いては既に確認を終えた。彼はその具体的なプログラムとして、幾何学や天文学の習得を挙げる。尤…

プラトン「国家」に関する覚書 12

プラトンの対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 「実在」と「生成」に関するプラトンの区別は、認識の真偽という観点においては、極めて明確に「生成」の劣位を認めている。だが、そうした前提は決して「実在」の観照への逼塞を奨励するものではない。…

「純潔」の逆説 三島由紀夫「十九歳」

三島由紀夫の短篇小説「十九歳」(『岬にての物語』新潮文庫)に就いて書く。 少年期に固有の精妙な心情を描くことは、三島が様々な作品において幾度も試みた主題である。「殉教」や「午後の曳航」に登場する陰湿な少年たちは、社会と大人に対する冷徹な憎悪…

プラトン「国家」に関する覚書 11

プラトンの長大な対話篇『国家』(岩波文庫)に就いて書く。 プラトンは「教育」という言葉に独自の含意を埋め込んでいる。彼にとっての「教育」は、単に技術的な知識の蓄積や発展を意味するものではない。彼が重視するのは「世界観」の「書き換え」である。…

「実相」と「仮象」の審美的融合 三島由紀夫「金閣寺」 1

三島の代表作である「金閣寺」は、絶対的なものと相対的なものとのプラトニックな対立の構図を重要な主題に掲げている。 私は金閣がその美をいつわって、何か別のものに化けているのではないかと思った。美が自分を護るために、人の目をたぶらかすということ…